第4話:初級魔法《マジックアロー》? いいえ、それは自動追尾(ホーミング)レーザーです。

 王都から少し離れた岩山地帯、「竜のあぎと」。


 そこは、空の支配者であるワイバーンたちの巣窟だった。


「……これは、予想以上ね」

 岩陰に身を隠しながら、アイリスが険しい表情で空を見上げる。


 上空を旋回しているワイバーンの数は、ざっと数えても50体以上。

 さらに岩肌の巣穴には、その倍以上の個体が潜んでいるだろう。

 空を埋め尽くす「死の翼」。それが現実だ。


「普通のパーティなら、この数を見た瞬間に回れ右して逃げるわ。剣が届かない空からのブレス一斉射撃なんて、防ぎようがないもの」


 アイリスが剣の柄に手をかけ、真剣な眼差しで俺を見る。


「私が囮になって、低空に降りてきたところを斬るわ。ディーン様はその隙に……」

「いや、その必要はないよ」


 俺は隠れていた岩陰から、堂々と歩み出た。


「えっ、ディーン様!?」

「ギャオオオオオッ!!」


 獲物が現れたことに気づき、上空のワイバーンたちが一斉に鳴き声を上げる。

 十数体が翼を折りたたみ、弾丸のような速度で急降下してきた。


 速い。


 これでは狙いを定めて撃つ単発の魔法など、まず当たらない。

 だが、今の俺には「狙う」必要なんてない。

 ――必要なのは、「数」だけだ。


「俺が使うのはこれだ。《マジックアロー》」


 それは、魔力で小さな矢を作り出し、敵に飛ばすだけの最も初歩的な攻撃魔法。

 威力は低い。速度もそこそこ。

 唯一の利点は「弱いながらも、敵を自動追尾する」ことだ。


 通常なら、牽制くらいにしか使えない豆鉄砲。

 だが……。


「クールタイムゼロで撃てば、話は変わる」


 俺は空に向かって右手を掲げた。

 イメージするのは、空を覆い尽くす流星群。


「展開(オープン)。《マジックアロー》・無限射出(アンリミテッド)」


 ヒュバババババババババババババババッ!!


 空気が裂ける音が重なり合い、轟音となる。

 俺の頭上に展開された無数の魔法陣から、白銀の光矢が次々と吐き出された。

 その数、毎秒200発。


「ギャッ!? ギギッ!?」


 急降下してきたワイバーンたちが、慌てて回避行動をとる。

 だが、無駄だ。

 俺が放った数千本の矢は、生き物のように空中で軌道を変え、執拗に獲物を追いかける。

 右に逃げても、左に旋回しても、光の矢は背後から食らいつく。

 それは魔法というより、最新鋭の誘導ミサイルだった。


「落ちろ」


 俺が指を鳴らすと同時。

 空中で無数の爆散が起きた。

 ドパン! バチュン! ズドドドドドッ!!

 威力不足?

 関係ない。一匹につき百発当てれば、ドラゴンの鱗だって貫通する。

 蜂の巣にされたワイバーンたちが、ボロ雑巾のようになってバラバラと墜落してくる。


「次、巣穴の連中」


 俺は手を岩山の方へ向け、射角を変える。

 空中に待機していた残りの矢――約五千本が、一斉にうなりを上げて殺到した。

 それはまさに、神の裁き(ジャッジメント)だった。


 岩山全体が光に包まれ、巣穴から飛び出そうとしたワイバーンたちが、悲鳴を上げる間もなく光の奔流に飲み込まれていく。


 数分後。

 そこには、静寂だけが残っていた。


「……終わったな」


 俺は軽く肩を回し、振り返る。

 アイリスは、またしてもぽかんと口を開けて空を見上げていた。


「嘘……でしょ……?」

「ん? 撃ち漏らしがあったか?」

「そうじゃなくて! あんなの魔法じゃないわよ! 軍隊の砲撃でも、あんなことできないわ!」


 アイリスが駆け寄ってきて、俺の服をわしづかみにする。

 興奮しているのか、瞳が潤んでキラキラしている。


「すごい……すごすぎるわディーン様! あんな速いワイバーンを、一歩も動かずに全滅させるなんて!」


「相性が良かっただけだよ。向こうは逃げ場のない空だったし」

「謙遜しないで! ああ、やっぱり私の目に狂いはなかった……! あなたは最強の魔法使いよ!」


 ガバッ!

 感極まったアイリスに、また抱きつかれた。

 今度は勢い余って、そのまま二人で地面に倒れ込む形になる。


「わっ、ちょっとアイリス!?」

「ねえディーン様、今の魔法、私にも当たったりしない?」

「味方には当たらないように設定してるから大丈夫だ」

「そう……つまり、あなたの魔法は私を守ってくれるのね……♡」


 アイリスが俺の上に乗り、熱っぽい吐息をこぼす。

 上空には突き抜けるような青空。

 地面にはワイバーンの死骸の山。

 そして目の前には、頬を紅潮させたS級美女。

 

 ……戦闘より、こっちの対処の方がハードルが高い気がする。

「さ、さあ! 素材を回収して帰ろうか! ギルドが閉まっちゃう!」

「むぅ……ディーン様のいけず」

 俺は慌てて体を起こした。

 

 この大量の素材をギルドに持ち込んだら、一体どんな騒ぎになるのか。

 そして、俺を「無能」と呼んだ連中がどんな顔をするのか。

 

 少しだけ、帰るのが楽しみになってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る