第22話 次の婚約は
太古の昔は獣化した王侯貴族もいたが、千年以上みられなくなった特異体質だ。
先祖返りした彼を気味悪く思った王妃により、エドゥアールは獣化した六歳から一年間、地下洞窟に閉じ込められた。
だが王妃と、三歳年上の兄王子が亡くなったため、七歳のとき地下から出され、王太子となったのである。
「やはり知っているのか……!?」
エドゥアールはシャルロットの肩を掴み、鬼の形相となる。
シャルロットは至極慌て、すっとぼけた。
「知っているって、何をでしょう?」
「今、獣化と言っただろう」
「太古の昔、獣化した王侯貴族がいらっしゃったと本で読んだことがあって。それならば人間が狼に変身することもありえ、願いの叶う指輪もあると思ったのですわ」
エドゥアールはシャルロットから手を離した。
「……獣化も架空の話だ。実際にあったわけではない……」
彼自身、獣化できるのに。
しかしエドゥアールは縁起が悪いと言われ、地下に閉じ込められた。
それが幼かった彼の心を深く傷つけた。獣化することを恥だと彼は思っている。
ゲームでそうだったし、今エドゥアールの双眸に、幼少時に受けた傷が色濃く広がるのを垣間見た。
シャルロットは気の毒に感じた。
「……確かに架空の物語かもしれませんわね。獣化できるって、すごい能力ですもの。願いの叶う指輪と同じように、きっと天からの祝福です」
ゲームのヒロインはエドゥアールの獣化については特に語っていなかった。だがシャルロットは彼の心の傷が気になった。少しでも癒えればいいのだが。
彼は虚を衝かれたようにシャルロットを見つめた。
「……天からの祝福……?」
シャルロットは頷く。
「はい。素晴らしい力ですし、わたくし獣化の能力が欲しいです」
そうすれば、もし断罪されても変身して逃げ切れる。非常に優れた能力だ。
「人間が獣に変ずるなど、薄気味悪くはないか?」
「この世界には魔法が存在しているんです。人が獣になることが何だというんですの?」
シャルロットが本心を告げれば、彼はふっと笑った。
「貴様は変わった娘だな。なぜ願いの叶う指輪を探している。大貴族の令嬢で美貌も持ち合わせているのに。何を望む?」
「わたくし、幸せになりたいのですわ」
悲惨な目に遭わないように、平穏を手に入れたかった。
彼は頬を緩める。
「幸せに、か。別に指輪がなくても叶うだろう」
ゲームみたいにならないよう備えているが、指輪があれば保険になると思うのだ。
「俺が貴様を幸せにしてやってもいいぞ。ラヴォワ家の令嬢である貴様は妃候補の筆頭に挙がっているしな」
「え?」
独り言つ彼に、シャルロットは首を傾げる。
「このあと、俺は再度地方に視察に行くことになっている。今日のところは帰っていい。俺が戻るまで待っていろ」
帰っていいという言葉に、シャルロットはほっとした。
立ち上がってお辞儀する。
「では失礼いたします、エドゥアール様」
「ああ」
処罰されることなく、無事にすんでよかった。
と、シャルロットは安堵したのだが──。
それからすぐ、クロヴィス・デュティユーとの婚約が決まり、シャルロットは卒倒した。
(なぜ悪役令嬢を惨殺した殺人鬼と……!?)
魔法学院を卒業したあとに結婚の運びとなるらしいが、それまでにクロヴィスに殺されるかもしれない。
ゲームでの王太子の婚約より危険なのではないか。
縁談を断ってほしいと父に嘆願した。
「デュティユー侯爵家は名家で資産家だ。クロヴィス君はレオンスの友人で人柄も確かだし、見目も良い。ぜひにと強く望まれているし断れん。おまえはなぜそんなことを言う」
ゲームで無惨に殺されたからだ。しかし説明できない。
結局婚約が決まり、ばたっと倒れて寝込んだシャルロットの元に、レオンスがやってきた。
「シャルロット」
「お兄様……」
寝台脇の椅子に座り、兄はシャルロットを見つめる。
「クロヴィスとの結婚が嫌で、臥せってしまったのか」
そうである。
けれどクロヴィスはレオンスの友人だ。事実を伝えられない。
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