わがままだったかな




 結局、速度にばらつきはあれど私たちは夕暮れまで歩き続けてしまった。ポツポツ言葉を交わしながら、でも足は止めずに。足の痛さに悩まされながらも結局何もしていない事実に、私は自分にほとほと呆れ果ててしまった。


「ごめん、休日一日潰れちゃったね。」


「潰れてはいないよ。お喋りもできたし楽しかったでしょ?」


「うん、…楽しかった」


「ね、無駄だったわけじゃないよ」


 繋がれていた手をもう一方の手で握り込んで、百合さんはいたって優しい声でそう言った。それには思わず素直に頷いてしまうような不思議な魔力があった。

 彼女の綺麗な黒髪がさらりと揺れて、耳にギリギリかかっていた髪の毛が滑り落ちた。華奢で細く長く伸びたまつ毛が、夕焼けじみてきた陽光を反射して輝いている。瞳に浮かんだハイライトはすっかりオレンジで、潤んでいるのかのような錯覚さえ覚えた。しかしそれでいて眉は凛と鋭く、鼻筋もびっくりするほどまっすぐすとんと落ちていた。

 百合さんって、すごく美しい人なんだな、と私はここで改めて自覚した。とても、とても、美しいひとだ。憧れのお姉様だ、と女の子がみんな色めき立ってしまうような美しいひと。


「ほら、純連。帰ろ?もう暗くなっちゃう、」


「……うん。」


 帰ろうと言われるとなんだか今日はもうお別れだよと告げられてるみたいで、私はいつももやりとした何かを胸の中に抱える羽目になる。


 ほんとは、もう少しと引き留めてしまいたい。


 休日はお泊りをして、夜明けまで喋ったり、映画を見たりして過ごして、睡眠不足に歳月を自覚したりして過ごしたい。起き抜けに二日酔いのひどい顔を見て笑い合ってみたい。そうやって過ごして、そして……。


 私、ほんとはね、本当はあなたの一番の友達になりたい。なんでもかんでも一番最初に共有して、一緒に怒って笑って、たまに泣いて。そうして、あなたの一番になりたいんだ。


 私の手を引いて歩いていく百合さんの背中に、私はそんな言葉を視線だけで投げかけた。彼女が振り返ることはない。駅に着いて、改札を潜って、同じ方面に乗る。


 家は近い、降りる駅も同じだ。会社も同じだし、会社の近くを選んで住んでるから。でも、でも…。遊びに行くことはあっても、旅行に行くことはあっても、お泊まりだけはしてくれない。家で飲んでも、あなたは私が寝こけてすぐ帰ってしまう。オートロックが閉まる音でアルコールの眠りから目が覚めた時、私はたまらない気持ちになったよ。


 ああ、また、って。歯ブラシだって用意したのに、あなたは泊まってくれない。何か、嫌な思い出があるのかな。それとも、私がまだ、あなたの一番になれてないから?…わかんないや。


「ほら、ついたよ。」


 気がつけば、私はもう自分のマンションの前に立っていた。百合さんが考え込む私をずっと引っ張ってきてくれたみたいだ。そういえば、改札を通った記憶がある。


「……」


「ん?どうしたの、純連」


 黙りこくった私に、百合さんは声をかけた。そして、声をかけられた私は決めた。


「…わがまま言っていい?」


 一つ、賭けに出てみることに。普段の私であれば、こんな勇気に溢れたことはできなかっただろう。でも、今日無駄な散歩に付き合ってくれたからには少なからず私は好意的に思われているはずで、その変な高揚と自身が私を後押ししていた。


「我儘?どんなの、聞くから言ってみて」


 百合さんは、何の疑問も抱かない顔で私の言葉を促した。


「あのね」


 私、あなたにお願いがあるの。










____

次話は《明日22:00》に更新予定です。

ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。

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