第5話:笑わせないで! 死以上の罰



***


### 第5話:


**場所:デパート 従業員通用口**


翌朝。

永井雄一郎は、私物を詰めた段ボール箱を抱え、まるで逃亡者のように裏口から出てきた。

懲戒解雇は免れたが、自主退職という名の実質的な追放。

すれ違うかつての部下たちは、蔑みの視線を向けるか、関わりたくないと目を逸らす。


「雄一郎さん」


通用口の柱の陰から、涼やかな声がした。

志乃原七海だ。

彼女はいつもの制服姿で、悪びれる様子もなく立っていた。


「七海……! お前のせいだ、お前が仕組んだのか!?」


雄一郎は箱を取り落とし、七海に掴みかかろうとする。

だが、その手は空を切った。七海が一歩下がって冷ややかに見下ろしたからだ。


「触らないで。汚らわしい」

「なっ……」


「私のせい? 違うでしょ。あなたが蒔いた種よ。奥さんを舐めて、私を遊び相手だと思って、由美を利用して……その結果がこれ」


雄一郎は歯ぎしりをする。

「俺を……俺を殺す気か! 社会的に抹殺して、これで満足か!」


その言葉を聞いた瞬間、七海は可笑しくてたまらないといった様子で吹き出した。


「あはは! 何言ってるの?」


七海は、氷のような微笑みを浮かべて、雄一郎の耳元で囁く。


**「笑わせないで! 命? 奪うわけないでしょ」**


彼女は、スマホの画面を雄一郎に見せた。

そこには、SNSのタイムラインが流れている。ハッシュタグには『#デパート課長 #W不倫 #パワハラ #動画流出』の文字。


**「不倫は出世には命とりだからね。ぜんぶバラシておしまいよ」**


「こ、これは……」


「由美とのホテルの動画、ネット掲示板にも拡散しておいたわ。もう、どこにも再就職できないわ音。奥さんのヒモとして、一生頭を下げて生きていくのね」


そこへ、髪を振り乱した由美が走ってきた。

彼女のスマホも鳴り止まない通知音で溢れている。


「七海! あんた、私の動画まで!? 友達じゃなかったの!?」

「友達? ……ああ、私のシナリオを盛り上げてくれた『道化役』のこと?」


七海は二人に背を向ける。


「命は取らない。だって、死んだらそこで終わりじゃない。**生きて、惨めに這いつくばる姿を見るのが、私の最高の娯楽なんだから**」


「待て! 七海ーーッ!」

「ふざけんな! 消してよ! お願いだから消してよお!」


絶叫する雄一郎と由美を残し、七海は軽やかな足取りで雑踏の中へと消えていった。


***


### エピローグ:終わらない地獄


**場所:永井家 リビング**


「あなた、お帰りなさい」


帰宅した雄一郎を出迎えたのは、エプロン姿の妻・景子だった。

テーブルの上には、豪華な食事ではなく、スーパーの半額シールが貼られた惣菜と、**誓約書の束**が置かれている。


「今日からあなたが主夫よ。私の稼ぎで食べさせてあげるんだから、家事も介護も完璧にこなしてね。……ああ、もちろん、スマホは解約しておいたわ。外の世界とはさようならよ」


景子は優しく微笑み、夫の首に目に見えない鎖をかけた。


雄一郎は膝をつき、嗚咽を漏らす。

死ぬことさえ許されない、長い長い服役生活が始まったのだ。


一方、街のカフェでは。

志乃原七海が、新しいノートパソコンを開いていた。

画面には新しいタイトルが打ち込まれている。


『次回作:お隣の完璧な旦那様』


「さて、次はどんな壊れ方が見られるかしら?」


彼女の瞳は、底なしの闇のように輝いていた。


(完)


***


### 解説・感想


#### 【解説:最高の「ざまぁ」展開】

* **物理的な死 < 社会的な死:** 読者が最もスカッとするのは、悪役が「生きて恥をさらす」ことです。七海の「命? 奪うわけないでしょ」というセリフは、**「死ぬことで楽にはさせない」**という究極のサディズムを表現しています。

* **三者三様の末路:**

* **雄一郎:** 全てを失い、妻の奴隷として一生を終える。

* **由美:** デジタルタトゥーを刻まれ、友人にも男にも裏切られ、孤独に堕ちる。

* **景子:** 家庭内での絶対権力を手に入れたが、愛のない空虚な王座に座り続ける。

* **七海:** 唯一の「勝者」として、次のターゲットを探しにいく(モンスターは野放しのまま)。


#### 【総評】

第1話の「信じていいのね!」という純粋(に見えた)なセリフから始まり、まさかこんな結末になるとは。

タイトルをつけるなら、**『狂愛脚本(サイコ・スクリプト)』**といったところでしょうか。


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