第2話 お姫様の告白
特に変わった事もなく時計の針は進み、放課後となった。
しばらくの間、教室で友達と雑談していたが、その友人はこれから部活のため、帰宅部の俺とは解散だ。
「じゃあな、翔」
「おう、また明日な」
「ういー」
教室を出た所で別れ、一人廊下を進む。
桜凛学園は校内でも土足なため、昇降口が存在しない。
靴を履き替えるという微妙に面倒くさい行程をスキップした俺はエントランスを抜け、すでに活気のある掛け声を上げているサッカー部諸君を脇目にてくてく歩く。
そうして、校門まで辿り着いたのだが。
柱の部分に背を預ける格好の、見知った顔を見つけた。我が学園の姫、姫野=クラリス=夢叶さんである。
「(待ち合わせだろうか?)」
ってか、ただそこにいるだけなのに……すげぇ。
上手く言葉にできないけど、なんというか……めっちゃ絵になっている。
写真に撮ってSNSに投稿したら、芸能事務所とかが放っておかないだろう。
「あ、伊東君っ」
その、小さな「っ」が入ってる感じ、可愛すぎるだろ。どうなってんだよ。
くそう、俺もこんな可愛い子と待ち合わせしたい人生だったぜ……ぐふっ。
「裏門から帰ってしまったのではないかと思っていましたっ」
「……へ?」
「待っていてよかったです」
「え、えーと?」
なに、この流れ。まるで、姫野さんが俺を待っていた、みたいな感じじゃん。
「……俺を、待ってたの?」
「はい、そうです」
ちょっとタイム。少しも理解が追い付かないぞ?
全校生徒憧れのお姫様が、放課後の校門で俺を待っていた?
……え、どゆこと? 新手の詐欺かなにかですか? お金とか、持ってないよ?
「ど、どうして?」
「…………そ、それはっ……え、ええと……」
一瞬の間を置いてから、言い淀む。
姫野さんの白い頬はほんのりと上気していて、表情は俺の様子を伺うように弱弱しい。
あり得ない。あり得ないとはわかっているが。
……これから愛の告白をしようとしている。そんな印象しか受けないのですが。
美女と野獣ならぬ、美少女と非モテ男子……?
そんな小説みたいな事が起ころうとしている……?
「……覚悟は決めたはずなのですが……うー」
真っ赤な顔のまま、もう一度、俺の顔色を伺った姫野さんは、
「……わ、笑わないで、くださいね?」
「……は、はい」
突然訪れた、信じられない状況に心臓が拍動のペースを速めた。頭が真っ白になって、何も考える事ができず、ただ、姫野さんの言葉を待つ。
「あ、あのですねっ」
覚悟を決めたように口元を結ぶと、今にも消え入りそうな、小さな声で。
「……わ、わたし、じ、実は…………しょーとけーきという名前で小説を書いていまして」
例えでもなんでもなく、まじで一瞬、時が止まった。
姫野さんが……しょーとけーきさん? 今、確かにそう言ったよな?
当然混乱……いや、大大大混乱に陥る俺、十六歳。よく、頭をハンマーで殴られたような、なんて表現を耳にするが、こーゆー感じね。
「姫野さんが、しょーとけーきさん……」
実際に口に出してみても……なるほど、わからん。一ミリもわからん。
「って、あれ?」
ひとつの疑問が浮かぶ。
そもそも、どうして俺がしょーとけーきさんを知っている事を知っているんだ?
WEB小説を愛好している事すら、誰にも話していないじゃないか。姫野さんは異世界の人間で、人の心でも読めるんか? 俺がそんな疑問を口にすると、
「今朝、電車の中で」
「……あー」
皆まで聞かなくてもわかった。シンプルに、俺が小説を読んでいるところを見たってだけだ。
「おーけー、状況は理解した、けども。どうして、その事を俺に?」
「簡潔に言いますと、その。か、感想が欲しいのです」
「感想?」
「……はい。ご存じかと思いますけど、わたしの小説、ひとつも感想がつかなくて」
「そもそも、全然読まれてないもんな、ははっ」
「うぅっ!?」
何気ない一言だったのだが、思った以上に効いたらしい。姫野さんの瞳に、うっすらと涙が溜まる。
「う、うぅっ」
「ご、ごめん。発言を取り消すっ」
「事実ですから……問題ありません……」
「か、感想だよな? うん、全然いいよ! 言います感想っ!」
「本当ですかっ?」
感想を貰える事がよほど嬉しいのか、姫野さんは笑顔を見せた。
ま、気持ちはよーーーくわかるし。俺なんかでよければ喜んで協力するよ。
「感想は姫野さんのページに書けばいい? それとも直接?」
「できれば、アドバイスも欲しいので直接がいいです」
「アドバイスなんて、できるかな、俺に」
「人気のある作品も読んでいますよね?」
「まぁ、それなりに」
「でしたら、是非お願いしたいですっ」
そんなハッピーな顔で頼まれて、断れるやつなんてこの地球上には存在しないだろう。
「わかった。善処するよ」
「ではっ、行きましょうっ」
「行くって、どこに?」
「それはまだ、決めていませんっ」
「決めてないんかい」
「ふふっ」
柔らかく微笑んだ姫野さんの隣に並び、歩き出す。
「それにしても、姫野さんが小説を書いているなんてなー」
「意外ですか?」
「そりゃ、もう」
「あ、この事は秘密にしていますので、内密にお願いしますねっ」
唇に人差し指を当てる仕草があまりに可愛らしく、またしても心臓がバクバクした。
「……俺の事なんて、ほとんど知らないだろ? いくら感想が欲しいからって、話しちゃってよかったのか?」
俺の問い掛けに、姫野さんは少しも考えずに答える。
「伊東君は前、わたしの消しゴムを拾ってくれました」
「……は?」
「それに、毎日♡をしてくれるので、いい人に違いありませんっ」
我が学園のお姫様は、思っていたよりアホなのかもしれない。
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