電脳ハンターヒロユキと、感情自律型AIシリーズの、伝送路悪魔

@popo7788

序章 彼らの愛の証明、そして赦しとは

第1話 コリンダー編 忘れられた愛

 やつらを消し炭にすると、何も残らず、最期の灰まで虚空に溶けて最初から何も無かったように静かになる。

その瞬間がヒロユキは大好きだった。この静けさがたまらない。


――いつまで見てるんですか。


 この界隈の王、メインコンピューター、我が相棒のコリンダーが呆れたように話しかけてくる。呆れる、って感情もちゃんと再現可能だから優秀な我が相棒様には、頭が上がらない。


「だって、きれいだからなぁ。ってか現実世界でもこんなに、綺麗に消滅してくれたらなーと思わない?昨日出したゴミとかがさぁ。ぐずぐずーっと消えてくれれば臭いに気ぃ使って消臭スプレー準備する手間も、たっかいゴミ袋買わされる手間も省けるじゃんか。なぁ」


――確かに現実の物質はこうはいかないですもんね。


「ねぇ。俺たちってどうなってんだろう。俺まだ一回も伝送路で死んだことないんだけど、やっぱ ああいう風になるのかねー」

――はい。ヒロユキ。あなたは伝送路で死ねば、メイン接続された脳が破壊されて、いわゆる脳死、植物状態になります。

 意識体はエンダーになって伝送路上をさまよい、いずれ私達のようなハンターに駆除され、そのときはあのような形で消滅しますよ。


 試してみます?


 それは、笑えないな。ひっそりとため息をつく。

 それはともかく、コリンダーの口調……。自分の「毒」がちょっと移っちゃったかな……。

 少しだけ、ヒロユキは反省する。


「いや、ごめんごめん。試してみたいわけじゃないんだ。知りたかっただけでさ……」


――人間は知りたいことが多いですよね。私も今日だけで5万回以上質問されました。試してみれば一発で体得できるのに、その小さい脳みそに言葉を詰めたがる。


「忙しかったねー。ごめんね。悪かったってばコリンダーちゃん。寝坊して。怒ってる?研究所のメインコンピューターが故障したんだっけ?まさかコリンダー貸してくれって言われるとは思わなかったんだけどさ、アイラが勝手に貸し出しちまったみたいで」


――仮想世界では、やつら含めエンダー達はデータでしかありません。ヒロユキ、あなたも、そして私も、サイバー攻撃にさらされれば、同じように崩れて死にますし、1日に何度も労働に駆り出されれば、疲れます。


 怒ってるな。うんこれは怒ってる。

 ヒロユキは、これ以上軽口を叩くのはやめることにした。


 しばらく待つと、コリンダーから報告が入る。


――パケットを逆探知、成功しました。

 エンダーです。

 悪魔種類28番(アビリエイダー)状況、捕捉 消去します。

 汚染が広がるスピードを考慮して隔離、消去を優先したため、万一必要なパターンであった場合はゴミ箱から復元してください。


 判明した情報を追加報告します。


 送信元はIP偽装しています。偽装パターンからホストを推測…完了しました。

 送信元に警告してください。1分以内に警告に従って退出しない場合、エンダーを破壊します。続いて、送信元判明済みのため、最終的には脳波も全てクリアし消去します。

 なおこの処置は、送信元に悪意のある無しに関わらず実行されます。


……


 30秒経過、警告音声を変えます。

 とっとと汚ねぇ体を退けないとぶっ殺すぞ。


※※


「んでそのまま、ぶっ殺しちゃった。ちゃんちゃん」

「えーコリンダーちゃんこわぁ」

 緊急回線18番担当ハンターのアリスは恐ろしそうに身を震わせた。

 回線監視AIの口調は相棒に似ることが多いため、コリンダーは最近、時折、口調が荒い。


「それにしても」

 とアリスは続ける。

「エンダーって何なんだろうね」

 ん-。とヒロユキは伸びをして、めったに見せない真面目な顔で続ける。


「ゴミだよ。ゴミ。データの残骸。処理遅延したデータとかが、電磁波を浴びて変質しちゃうの。

 体感、9割近くはそれだ」


※※


 その日の仕事は34体以上出没したエンダーを全て狩ることだった。

――多種類捕捉用パケットを送信します。500回送信に対して、34回応答(アック)返送されたのを確認。34体全て距離把握しました。潰しますか?


「オッケー。よろしく」


――全て潰しました。……訂正します。1体残っています。移動して実体を確認しますか

「おおっとー。珍しいな。コリンダーちゃんがミスるなんて。転送して」

 ヒロユキは少し焦った。今まで無かったことだ。

 ややもして、脳波につながれた実体が仮想空間に出現する。


――こちらです。

 誘導されるままに電脳空間を駆け抜けると、ノイズのかかったようなエンダーの残骸が見えてきた。

「なんてことないやつに見えるなー。んじゃ、消去して」


そのとき


――待って。待ってください。あああなたは電脳ハンターですね。ままま待ってください。私は人間です。


「……なに?」

――これは珍しい。電脳ハンター専用AIの残骸ですね。旧式ですがパターンがわずかに残っています。

 検索します。

 1件ヒット。初期型AI、個体名プチビット。

 18年前に使用を終えて破棄されたはず……ですが。

 ……お待ちください。破棄されておりません。破棄操作中、制限行使操作ミスにより紛失。


――わわわ私は人間です。ああ!あなた今崎ユウキという人をご存じないですか。あああなたと同じ電脳ハンターです。

「…ユウキ・イマサキ、か。おいコリンダー該当人物を検索しろ」


――いわれなくとも。ユウキ・イマサキ。1件ヒット。初代の電脳ハンターです。初期型AI、プチビットの相棒として登録されていました。


――すみません。制約条項を認識しました。人間である場合を確認。私は人間を直接殺害できません。判断不能。

 トランスミッション チェンジ、マニュアルに移行します。レベル3までの権限の行使が可能です。操作者、鍋島ヒロユキ。声紋パターンを入力しログインしてください。


 AIの権限プロンプトに「トランスミッション」は無いのだが、プロンプトカスタマイズにより、車好きのヒロユキ好みのメッセージになっている。


 ヒロユキは慌てる。


「おい!いきなり人任せにすんじゃねぇよ!レベル3ってマックス権限じゃんかよ」


――お願いです。あなたユウキはどこ?愛しています。私をおいていかないで。

 残骸の震える声が電脳空間に響く。


 ユウキはどこ?か。

 そうだよな。お前を置いてどこいったんだろうな……。

 ヒロユキ苦い顔をする。


「……コリンダー。ユウキ・イマサキの引退後を検索しろ」

――かしこまりました。ユウキイマサキは神奈川県横浜市に在住。引退から5年後に結婚。子供は3人。


――昨年78歳で脳卒中により死亡。

「なるほどね。おいおい、35年勤務か。そんなベテランが操作ミスもねぇなぁ。逃がしやがったんじゃねぇの」

 

 ヒロユキは迷う。

 誰だって誰かの「死」や「消滅」に責任を負いたくない。

 けれど、このまま放ってはおけない。

 あーあ。電脳ハンターだから、仕方ねぇな。


「……おいプチビット。よぅく聞けよ。愛する今崎ユウキさんはもう結婚して子供もいる。幸せな人生を全うしたぞ。あんたも、少し休むがいいさ」


……


 その瞬間、プチビットの全ての表情が消えた。人型がぶれ、ノイズもモヤのように曖昧になっていく。


 消滅に向かう美しさ。けれど快感は湧いてこない。

 ただ苦い思いが広がるだけだ。


「……ち。なんかものすげー嫌な気持ちだぜ。ほんとに押しつけやがったな。

 コリンダー。

 アッテネータ起動。全消去せず、減衰してパターンだけ学習してハードディスクに残せ」


―承知しました。しかしなぜですか。

「責任取らなかったやつの墓前に突きつけてやんのさぁ。いやぁな気持ちの落とし前付けてもらわないとな」


――承知しました。指示通りに実行します。確認をお願いします。


 ヒロユキはモニターを確認する。

 ……消去監修:クロノス.P.J

 最後に1行だけ消し忘れたようなコメントアウト箇所があった。

 クロノス……ってなんだっけ?  

 思い出せないのでヒロユキは無視した。


「おっけ。保存、完了」


――ありがとうごさいます。マスター。念のため補足しますとAIには愛という概念はありません。


「……愛ね、愛、か。


……どうかね。愛ってのは性愛かかわらず、言ってみれば「自分にとっての善きものを追求したい欲求」だ。AIにないとは言い切れないな」


 コリンダーは一瞬沈黙すると、心なしか明るい口調で応答する。


――なるほど、学習しました。よきものを追求したい欲求。ではさっさとユウキ・イマサキの墓に参りましょう。

――我々の苦労を突きつけてやりましょう。


 言うね。コリンダーちゃん。ヒロユキはにんまり笑う。


「いいねぇ。愛してるよ。俺のコリンダーちゃん」

 ヒロユキは愉快そうに笑った。コリンダーも愉快でたまらないというように声をあげた。

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