第2話 三本の矢
そこから私は、他のクラスメイトに聞かれないように、もか、ゆなの二人にだけ聞こえるようにヒソヒソ話した。自分の家族のこと、特に父親のこと、そして自分の今までの思い……。話す時の小さな声とは裏腹に、私の心の中は完全に高揚していた。それは何か、水が表面張力で張っているけどこぼれて外には出ないようになっているみたいだ。もちろん張っているのは私の気持ちだ。
「なるほど……」
もかが神妙な面持ちでそう言えば、
「私たち、何も気づいてなかった。ごめんね、いろは」
ゆなはそう優しく声をかけてくれる。
やっぱり持つべきものは友達だな、と私は思う。もちろん私にも邪な気持ちはある。もか、ゆなの二人とつるんで私たちが三人でいる時は、当然スクールカーストの上位。いじめられはしないし学校生活を謳歌できる。そっちの方がいわゆる「二軍」より断然楽しい。
ただ、私たちはそれだけではない。本物の絆で繋がっている、今回の語りで私はそう強く感じる。昔聞いたことがあるんだけど、「三本の矢」と言う逸話があるらしい。何でも矢は一本では簡単に折れてしまうが、三本まとめて折ろうとすると、強度が増して簡単には折れないそうだ。まあ、私たちを折ろうとする人はいないと思うけれど。
「ありがとう、もか、ゆな。二人に相談できて、本当に良かった!」
私は心の声、心から上がってくる声をそのまま二人に届けた。
日曜日。この日は当然、学校は休みだ。私ともか、ゆなの三人は最近できたカフェにいる。
「このカフェオレ、本当に甘い!」
「こっちのココアも負けてないよ!」
私たちはそんな女子高生の会話に花を咲かせていた。
私たちが高校を卒業しても、こんな会話が続くのだろうか?一応三人とも大学への進学を予定している。三人が別々の大学へ進むことになっても、こんなひと時は保てるのだろうか?そうだったら良いなあ……。
私がそんなことをボーっと考えていると、ゆなから提案があった。
「あのさいろは、これは他人の家族に関わることだから、言いにくいんだけど……」
「何!?ゆな」
「前に話してくれたいろはのお父さん、マジで最悪だよね」
「うん……」
「だから……、三人で懲らしめない?」
その瞬間を言葉で表すと……、「時が止まった」と言う感じだろうか?三人が座っている空間以外がスローモーションになり、やがて時計の針が一方向を指す。その時計がもう一度進み出すまで、私の中ではしばらく時間がかかってしまうと言うイメージ。
「それ、良いかも……!」
私がそう言うと、もかも乗ってきた。
「いろはの家族のことを口出しするのはあれだけど、面白いかもしれないね!」
「オッケー!じゃあ早速、作戦立てる?」
そのゆなの言葉と同時に、カフェが討議の場となった。
懲らしめると言っても、そんな簡単に案が出てくるものではない。まず私の頭の中に出てきた、ハニートラップ?は即座に、口に出す前に却下する。それはさすがに二人には申し訳ないし事件になりそう。
「どんな罠が良いかな……?例えば、公園に落とし穴を作るとか?」
もかがそう言うと、
「いやいや公園なんてお父さんは寄らないでしょ。それに力仕事は嫌」
ゆながそう返す。私はそのゆなのコメントを聞いて、噴き出してしまう。
「……本気で公園に落とし穴掘る気だったの?」
「冗談だよ冗談!」
このタイミングでみんなが一斉に笑う。私は「三本の矢」が健在だと思い、心の中が安心感で満たされる。何かリラックスできる……みたいな?ちょうど半身浴をしているように。
ただ、なかなか父親を陥れる良い案が見つからない。「会社に押しかける」「イタズラ電話を会社にかける」など考えたが、妙案ではないし下手をすれば警察沙汰になってしまう。まあ、私たちは未成年なので守られているとは思うけれど、犯罪行為に近いことはNGだろう。
そこでゆなが口を開く。
「じゃあさ、とりあえずお父さんのこと、尾行しない?」
その後、私たちは計画の続きを立てる。うちの父親は日曜日も家を空けて出かけることがほとんどだ。なのでその日曜日にもか、ゆなと待ち合わせをして尾行する。まあ、一週間後にはなるけれど。お母さんには「三人で出かける」と伝えれば、いつものことなので疑われない。
それで、父親が休みの日にはどこに行っているか突き止める。変な場所だったら写真を撮ってお母さんに渡してやる。その後のことは……、知らない。
「何か私……、楽しみになってきた!」
「私もゆなも……、楽しんで良いのかな?」
もかがそう口にする。多分もかの優しさから出た台詞だと思うが、今はその中途半端な距離感がもどかしい。
「良いに決まってるでしょ!」
「分かった。じゃあ楽しみにするね!」
「ありがとう!」
気づけば外は少し雨が降っているようだった。これは追いつめられる私の父親の心境を表している?いやまあそれは考え過ぎか。でも私の心の中は、そんな天気に反比例して晴れやかだった。もちろんまだ何も確定したわけではない。うまく尾行できるのかどうかも未知数だ。ただ、今までやられてばっかだった父親に復讐できる……。私はその思いでいっぱいだった。そういう意味では、雨の天気は私のどす黒い欲望を表しているのかもしれなかった。
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