第11話 再会

 それからの電車旅は簡単なゲームやトランプをして過ごした。

 行きよりは時間の経過が早く感じ、気がつけば到着間近で、慌てて荷物を片付けた。


 電車から降りると、時刻は夕方だった。

 解散するには名残惜しく、全員で駅前の小さな商店街をぶらぶら歩いた。

 あまり来ない場所で、昔からある店舗が多いように見受けられた。

 花屋、写真屋、肉屋、和菓子屋などがある。シャッターが閉まっている所も多い。


 安は夕飯を何にしようか悩んでおり、肉屋で目にとまったコロッケを買っていた。

「それ、美味そう。俺も買っとこ」

 香西も五つほど買い込んでいる。

 男の子はよく食べるな、と見ていると「オヤジはこれ、好きなんよ」と袋を受け取りながら言った。

「あとは漬物買おう。ちょっと隣の店行くわ」

 沢庵やしば漬けなど売っている店に消え、数分後に出てきた。

「これで夕飯オッケーやな」

 満足そうに言う香西を見て、安が「あんたがご飯準備するん?」と聞いた。

「そうやで。うち、片親やから。早く家に帰る方がやるんよ」

 ひとり親だったのか、と知華は思う。

 そういえば、昼休みに弁当を持ってきていた時、「今日のは焦げたなぁ」などと呟いていた気がする。

 自分で作ったから出た言葉だったらしい。

「香西くん、お弁当も自分で作るん?よく持ってきとるよね」

「オヤジの分と一緒に作っとるよ。高校に入ってから始めたけ、まだ上手く出来んけど。詰めるのって案外ムズいよな。なんかのっぺりしたような弁当になるんよ。ボリュームよく見えん、っていうか」

 弁当の悩みを真剣に語っている。

 知華も自身の弁当を作るので、その気持ちはよく分かった。

「結構マメやな。弁当って面倒やろ。メニュー考えんの疲れるし」

 安が聞くと「でも安くつくで?」と主婦的な事を言う。

「買ってばっかりじゃ、全然金が足らんわ。面倒でも作った方が小遣い減らんし。三食献立考えんの、大変やけどな。まだオヤジの意見聞けるけ、少しはええけど。安井は一人じゃけ、全部自分で考えるんじゃろ?その方が大変やない?」

 安が一人暮らしと聞いた時、感心していたのは日頃からやっているためだったようだ。

「あたしも佐藤さんおるから、完全に一人とは言えんけどな。メニューを色々言ってもらって、そこから決める事多いんよ」

「佐藤さん、家の中でも一緒なん?」

 知華は驚いて佐藤さんを見た。

「家の中までは入らんよ。ベランダにはよくおるけど。マンションの前で別れて、どっかの公園をウロウロしとる」

「流石にプライベートには干渉せんよ〜。間違って何か見ようもんなら、祓われるし」

「そうやね」

 二人は冗談っぽく言っているが、本当に出来るから笑えない。


 そういえば、佐藤さんは普段何をしているのだろう。

 安についている事が多いが、学校がある時や休みの日なども一緒なのだろうか。

「佐藤さんは安ちゃんが仕事してない時間、何をしとんの?」

「散歩やね。他の霊が何しとんかな〜とか、駅前で人の流れをみとるよ」

「霊って生きてる人と時間の流れが違うから、一日なんかあっという間なんよ。一週間会わんかっても、昨日別れた、みたいな反応やもん」

 そういうものなのか、と聞いていると佐藤さんが気になる事を言った。

「他には実験かなぁ。色々試しとるよ」

「実験?」

「どれぐらいの厚みの壁ならすり抜けられるか、とか。あと霊感ありそうな人に話かけたりしとる。気づくな〜って前に回り込んだり、大声出してみたりな」

 なんとも迷惑そうな実験だ。

「気づく人、おるの?」

「いいや、おらんよ。チラッと見てくる人おるけど、目が合わんから。気配だけ感じとる人が多いかなぁ」

 佐藤さんはこれまでの実験結果を色々教えてくれた。

 壁のすり抜けは柱くらいまでなら出来るらしい。それ以上になると、抜けなくなった時が怖いので、トライ出来ていないと言っていた。

 霊感に関しては極たまに聞こえる人がいるものの、皆勘違いと結論して去っていくらしい。

 数年に一回ほど目が合う人間がいるが、見てないふりをして足早に遠ざかっていく、とも教えてくれた。

 その話を踏まえるなら、安や知華との出会いは相当貴重と言えるだろう。

「安ちゃんとの出会いは衝撃やったからなぁ。幽霊人生で一番の出来事よ」

 懐かしそうに言っているが、幽霊人生とは初耳な言葉だ。人生は終わっているので、『幽霊』をつけているのだろう。

「どんな出会いやったの?」

 知華が聞くと、佐藤さんは照れながら

「聞きたい?安ちゃんと馴れ初め」 

 と顔を赤らめた。

 それを見た安は

 「キモい言い方せんとって!」

 と心底嫌そうな顔で言った。

 聞こえない香西に状況を説明すると、興味津々のようで安に詰め寄っている。

 佐藤さんは話す気満々というていだが、安は渋っていた。大した出会い方ではないから、という理由らしい。

 わいわいと話し込んでいると、いつの間にか商店街を抜け馴染みある道に出ていた。

 そろそろ知華と香西の帰路が分かれるので、香西は「もったいぶらずに話せや」と安を急かしている。

「安ちゃん言わんなら、ワシが話すで〜」

 と佐藤さんが上機嫌に語ろうとした時だった。

「知華」


 急に後ろから名前を呼ばれ、振り返った。

 夕日が低く地面を照らしている。

 それを背景に立っていたのは、オマモリサマだった。


 

 服装はあの時と変わらず、貧乏学生のようだ。にこにこ笑って知華を見ている。

 まるで久々に会った親戚の様な、人当たりのよい笑みだ。

 しかしオマモリサマの正体を知っている知華には不気味に映った。

「相変わらず綺麗やなぁ」

 知華の方へスタスタ歩きながらそう言った。

「キラキラ綺麗に光る魂や」

 うっとりと見惚れるような目つきだ。

 知華を見ているのではなく、その中に魅入っているのだ。


 知華は急に現れたオマモリサマに驚き、声も出なかった。

 恐怖で体が張り付けられたように動かない。

 呼吸が浅く早くなって、体が冷えていく。

「知華!」

 香西はぐいっと知華を引っ張ると、自分の後ろに隠した。

 彼の表情は険しく、呼吸が早い。緊張しているのが分かる。


 安はオマモリサマから良からぬ気配を感じたのか、表情が一変し、戦闘態勢に入る。

 しかし佐藤さんが鋭い声でそれを制した。

「安ちゃん、駄目や!!手ぇ出すな!」

 普段とは違う雰囲気の声に安はビクッとしたが、すぐに気持ちを立て直し「なんで!?」と聞き返す。

「あれはアカン。死ぬで」

 ギロッとオマモリサマを睨みつける目が、一つも油断するなといっている。

 よく見ると佐藤さんは冷や汗をかいており、どこか尻込みしているようだった。

 それでも安の前に立ち、何とか攻撃させないよう、手で制している。


 そんな緊張感ある二人を、オマモリサマは全く気にしていない。

 ただひたすらに知華を見ていた。

「やっぱりこっちで正解か。なら、自由にさせとこうか。そのほうがより光って美味くなりそうやな」 

 何やらブツブツと独り言を言っている。

 意味は分からないが、不吉な事に違いないと思えた。

「こんな人がおる所に、何の用や!!」

 恐怖で足がすくんでいるであろう香西が、精一杯の威嚇をする。


 しかし、そこで初めて香西に気がついたオマモリサマは不愉快そうに顔を歪め、

「なんじゃ、あの時のガキか」

 と冷たい視線を送った。声のトーンもガラリと変わり、冷え冷えしている。

 そして安と佐藤さんにも気がつき「人間の死霊と祓い屋か」と一瞥する。

「知華、なかなか面白いメンツで一緒におるな」

 愉快そうに言葉をかけるが、当の知華は喉がからからで声が出ない。

「お前、一体何者や!」

 安が凄みのある声で圧力をかけるが、その顔色は悪く、青白く見えた。

 オマモリサマは威圧を涼しく受け流し、笑った。

「まだまだヒヨッコの祓い屋。ワシの穢に当てられるようじゃ、到底かなわんぞ」 

 面白がって安を見ている。


 安はどう対処しようか思案していたが、その間にオマモリサマの方が何か思いついたようで、顔が楽しげに歪んだ。


 オマモリサマはゆっくりと一歩、足を三人に近づける。

 するとその足跡が黒く残った。まるで墨汁の様な漆黒で、地面にシミができたかのようだ。


 もう一歩進むと、同じ様に足跡が残る。

 二つになった足跡はお互いがじわじわと大きくなり、一つに交わった。


 オマモリサマが足を進めるたび、足跡が残り広がり続けた。

 十歩も進むと直径5メートル程の大きさになり、香西の足元近くまできた。まるで穴のようだ。

「これくらいでどうだ?お前に祓えるか?」

 楽しそうに言うと、オマモリサマはその穴の中に消えていった。

 そして、頭が吸い込まれる直前に言い放つ。

「知華、楽しみにしとくで」

 完全に姿が消えると、知華と香西は大きく安堵の息を吐いた。

 強張っていた体から力が抜ける。


 しかし安と佐藤さんは逆で、血相を変えて二人を穴から遠ざけた。

 そして鞄から瓶を取り出し、清めの水や酒を穴にありったけかけている。

 さらに御札を取り出し、穴の周囲をぐるりと囲うと佐藤さんに「離れとって」と言い、御経を唱え始めた。

 佐藤さんは知華と香西がいる所まで下がってくると、険しい表情のまま言った。

「もう少し後ろに下がり。あと香西の兄ちゃんに、うだっちゃんに連絡するよう伝えてや」

 知華が不思議そうに佐藤さんを見ると、「早う!」と急かされた。

 まだ声が上手く出せそうになかったが、香西の袖をクイクイ引っ張り注意を向け

「香西くん、スマホ。宇田さんに連絡」

となんとか伝えた。

 香西は何も言わずスマホ画面を操作し、『宇田さん』の電話アイコンをタップした。


 数秒のコール音の後、宇田は電話に出た。

 佐藤さんがすぐさま

「うだっちゃん、加勢がいる。三人は呼んでほしい」

 と伝えると、今度は知華に

「ボリューム最大、スピーカーにして穴のそばに置いてきてや」

 と言った。

 言われるまま、知華がスマホを置くと数分の後、そこから御経が聞こえ始めた。


 安と合わせて複数人の御経が木霊す。

 屋外のはずなのに、なぜか御経が反響している。まるで小さな空間の中にいるかのようだ。


 読経は長く、朗々と続けられた。

 香西が無言で知華を見ている。

 説明を求めている目だったが、知華にも状況が分からない。ただ安が汗だくになって御経を唱えているので、ただ事ではないとしか分からなかった。


 穴は変わらずそこにあったが、御経が始まりその色が漆黒からくすんだ灰色に変化した。

 心なしか小さくなっている気もする。



 香西と佐藤さんの三人で安を見守ること三十分。

 ようやっと御経が終わり、スマホから神楽鈴の音が聞こえた。それも止むと、安は再び穴に酒を撒いた。

 柏手を打ち、礼拝した後、香西のスマホをとりに行った。そしてスピーカーを解除すると、何やら電話口で話し始めた。

 そこに来てやっと佐藤さんが口を開いた。

「びっくりしたやろ、二人とも。少し安心出来る状態になったから、説明するな」

 少し口調が和らぎ、いつもの佐藤さんの表情に戻っている。

「さっきの怪異。あれが霊道を開けたんよ。しかもかなりの大きさやった。無理やりこじ開けた感じじゃな。普通はそんな事できんのやけど。そのままだと霊や穢が溢れて周辺の住民に影響が出るけ、急いで閉じるように対処せなあかんかった。でも安ちゃん一人じゃ力不足や。せやから、うだっちゃんに加勢を頼んだ。複数人で何とか無効化するくらいには小さくなったけど、まだ穴は残っとるから油断は出来ん」

 かなり切羽詰まった状況であったことが伺えた。

 言われてみれば穴の周囲の空気が重く、淀んでいる。嫌な雰囲気がするので、知華も近寄りたくなかった。


 香西に佐藤さんの説明を話す。

 話し終わる頃、ようやく安が三人の元へ戻ってきた。

 スマホを香西に返すと

「あんたが宇田兄と連絡先交換してくれとって、助かった」

 と疲れた声で言った。

 知華は自分のペットボトルの水を差し出す。

 安は素直に受け取り、グビグビと飲んだ。

「大丈夫なんか?顔色、めっちゃ悪いで」

 香西が心配そうに様子を伺っている。

 確かに顔面蒼白で、心なしかフラフラしているように見えた。

「家で少し休んでいこ。倒れてしまうよ」

 知華は安の体を支えながら提案した。

「そんな、悪いわ。少し休めば大丈夫やし」

 弱々しく笑っているが、無理をしているのが嫌でも分かる。

「平気そうに取り繕ってもアカンで。ここは素直に甘えるべきや」

 佐藤さんが安に声をかける。窘める《たしな》ような語気にしゅんとなり、俯いた。

「……うん、分かった。少しお邪魔するな」



 両親がまもなく帰ってくる頃だったが、そんな事は言っていられなかった。

 実際に歩き出すと安はフラフラで、真っ直ぐ進めない有り様だった。

 知華では支えきれないので香西と変わり、家の中に入った。

 自室に案内するとベットに横にさせて、水を持っていった。

「他に何したらええ?」

 佐藤さんに聞くと、部屋の換気をして体を温めるよう言われた。

 窓を開けて毛布を準備し、安に掛ける。

「ありがとうな」

 いつもより覇気のない声で礼を言われる。

 除霊でこんなにも体力を使うものなのかと、知華は安を見た。

 心配そうに自分を見下ろす知華を見て、安は安心させようと笑顔を見せる。

「しばらく休めば大丈夫やで。体を横に出来ただけでも、回復が良うなるから」

 佐藤さんが教えてくれる。

 次に知華を見ると、声の調子をガラリと変えた。

「安ちゃんがこんな状態やから、変わりにワシが聞くで」

 鋭い眼差しが、真剣な話である事を暗に告げている。

「そろそろ教えてくれるか?あれはなんや?知り合いなんやろ。知華ちゃんだけやのうて、見えへんはずの香西兄ちゃんまで顔見知りなんは、なんでや」

 鋭さを感じる言葉に、知華は思わず下を向き自分の握りしめられた拳を見た。


 オマモリサマの事を、二人に話したことはない。いずれ安に聞いてもらおうと思っていたのだが、こんな形になるとは思っていなかった。

 見えるようになってまだ一ヶ月余りだが、彼のその特異性に知華も気がついていた。

 オマモリサマはこれまで見てきたどんな幽霊とも明らかに違う。

 どんな人間の目にも映り、物を持ったり話したり出来るのだ。

「知華、俺が話そうか?」

 沈黙でいると香西が声をかけてくれた。こんな状況になり、話さざるおえないと意を決しているように見えたのだろう。

 知華は大丈夫、と香西に顔を向けた。


 そしてオマモリサマとの出会い、香西を巻き込んで何があったか、霊が見えるようになったのはそれがきっかけであること、全て話した。

 知華自身も分からない部分があるため、拙い説明になる部分もあったが、安と佐藤さんは言葉を挟まず聞いてくれた。


 話し終わると、二人は難しい顔をしていた。

 これまで黙っていたことを責められるかもと、内心びくびくして言葉を待つ。

「そのオマモリサマ、かなりレアケースな存在やね」

 臥床したまま安が思案しながら言う。

「幽霊とは明らかに一線を越えた存在なんよ。悪霊とも全然違う。昔からの妖怪とも違う。全ての人間の目に映るっていうのが、普通じゃありえん」

 霊媒師である安が言うのだから、知華の考えは間違っていなかったようだ。

「しかもおばあちゃんと知り合いって、どういう事なんやろね。おばあちゃんから何にも聞いたことないんか?」

 佐藤さんも考えこんで知華に聞くが、首を横に振った。

 祖母とはもともと別居で、病気になり独居が困難になったので同居となった。

 元気な頃の記憶はほとんどなく、同居を始めてからも話すもの億劫そうだったのだ。

 それから見る見る体力が落ち、起きている時間が短くなっていった。ゆっくり思い出話をすることもなければ、祖母が自分語りをすることもなかった。

「お父さんに聞いたりとか、できんのん?」

 遠慮がちに安が聞く。

 オマモリサマは父親に会ったことがある、と言っていたが幼少期のようだった。聞いたとしても覚えているか分からない。

「ごめん」

 短く答えるとそっか、とだけ返事を返された。

「あいつは神出鬼没なんよ。あれ以来現れんかったのに、今日急に会いにきよった。まだ知華を狙ってるのが分かったし、油断できん」

 香西は歯がゆそうに顔を歪めている。

「俺には何の対抗策もない。安井みたいに対処できん。壁になるとか、一緒に逃げるくらいしか思いつかん」

 何も出来きずにいる事が悔しいのだろう。

 それは知華も同じだ。狙われている事が分かっても、どう向かい打てばいいのか見当もつかない。しかも安があれだけ苦戦したのだ。修行もしていない自分では、どうしようもない気がした。

 そんな二人を見た安も言葉をこぼす。

「あたしも太刀打ち出来てないよ。アイツの穢に当てられて弱った所に、追い打ちで霊道開けられたしな。しかもあたしの力量分かった上で、程よく苦戦する大きさの霊道を開けとった。全部お見通しなんよ。ほんま、腹立つわ」

 イライラと安が宙を睨みつけている。


 確かに、オマモリサマは安を『霊媒師のヒヨッコ』と呼んでいた。見ただけで安の力量を見抜いたのだろうか。

「怒ってたら体、温まってきた。知華、今日お師匠からもらったブレスレット、どうなっとる?濁ってない?」

 体を起こした安が、手首を見るように促す。

 貰ったばかりのブレスレットに目を向けてみると、少しくすんでいるように見えた。

「なんか色が変かも」

「やっぱりね。あたしのはヒビが入っとるもん」

 そう言いながら、手を挙げて見せてくれた。

 確かにあちこちヒビが入り、明らかに濁っている。

「こんな事出来る奴、そうそうおらんで」

 佐藤さんが驚いてまじまじとブレスレットを見ている。

 紅野も宇田も、身代わりは無理だが守ってくれると言っていた。これがなけばもっと酷いことになっていたかもしれない。

「あたし、お師匠に直接報告に行くわ。新しいブレスレットもあつらえてもらわなきゃだし」

 言うとベットから出て、上着を着ようとする。

 それを見て知華が慌てた。

「えっ!?これから?」

「早いほうがいいんよ。残った霊道の穴の対処法も聞かなきゃだし」

「おいおい、さっきまで蒼白い顔しとった奴が何を言っとん?!」

 香西も信じられないと慌てている。

 安は気にせず身支度を進めている。

「霊道があのままじゃ、被害が出るのは時間の問題なんよ。さっきのはあくまで応急処置。本格的な浄化をせんと」

 動く気満々の安は、電車の時間を調べだした。

 知華は止めてよ、と佐藤さんを見るが

「こうなったらワシでは止めれん」

 と顔を横に振っている。

 何とか引き留めようと言葉を探していると、安のスマホの着信が鳴った。

 画面を見た安は

「お師匠?」

 言うとすぐに電話に出た。

 恐らく、先ほど加勢をした宇田が報告したのだろう。

「はい、はい……。これから向かいます。今準備を……えっ、でも霊道の穴埋めとか、ブレスレットとか……」

 何やら説得されているのか、安の張り切った声がどんどん萎んでいく。

「……はい……はい……。ううっ、はい……」

 最後には肩の力が抜けていた。

 佐藤さんは知華を見ながら、小声で教えてくれた。

「安ちゃんの説得はワシじゃ無理なんやけど、適任者は何人かおるからな。今日折り返すのはどっちにしろ無理なんよ。この後、当てられた影響で熱出るで。電車の中で倒れてみ。救急車呼ばれて、またこっちに帰ってくる羽目になるわ」

「そんな!熱まで出るの?」

 知華は目を丸くして佐藤さんを見た。

「仕方ないんよ。人間の体の正常な反応よ。穢を当てられて危機を感じた体が、本能的に守ろうと過剰に反応して熱を出す。修行始めたばっかりの頃は、よく倒れとったで。うだっちゃんが泊まり込みで、よく面倒みとったわ」

 懐かしそうに語る佐藤さんが話し終わると同時に、安も電話を終えていた。

「早くても明日にしなさいって止められた……」

 不本意だ、と顔に書いてある。

「そんなブスッとしても、しゃーないやん。今日はゆっくり休みって」

 香西が励ますように言うが、安はトボトボ歩きで部屋のドアを開けた。

 香西も帰り支度をして、安に続く。

「暫くは霊とか見やすいと思うから、気を付けてな。新しいブレスレットも早く準備してもらうけど、それが届くまでは今のを使って。濁ったとはいっても、力は残っとるから」

 二階から降りてリビングに出ると、安が足を止めた。

 そしてお邪魔してます、とお辞儀をする。

 リビングには両親がいた。今しがた帰宅したようで、上着を脱いだり鞄を開けたりしている。

 香西も挨拶をしているが、知華は体が強張った。

 これまで勝手に友達を連れてきたことはなかったのだ。

 どんな反応をされるだろう。予測がつかない。

「あ、あら、こんばんは。これから帰る所?」

 母親が少しぎこちなくも笑いながら、安と香西に話しかけた。

「はい。遅くまですいませんでした」

 両親は何も言わず、三人の姿を目で追うだけだった。

 知華も何も言わず、二人を玄関まで送った。

「ごめんね、急に家に上がらせてもらって。助かった」

「あとで怒られたら、言ってな?ご両親に事情を説明するからな?」

 二人は気遣いの言葉を残して帰っていった。


 二人の姿を見送った後も、誰もいない夜の道を、ぼーっと見ていた。

 知華は霊道から漂ってくる気配を感じ、そちらに目を向けた。

 ここからでも空気が重苦しいのが分かる。しかし、家の中も同じ空気である気がする。いつも重く、息がしにくい。

 安に言われた通り、暫くはブレスレットをつけたまま登下校しようと思った。

 このブレスレットが自分たち家族にも効果があればいいのに、と思いながら玄関の戸を閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る