番外編その2 『神木の華麗なる休日』

第EX2-1話 最高なモーニングメニューと土地の神



神木不動産、定休日。


それは俺にとって単なる休息ではない。

一週間の仕事で摩耗した精神と肉体を最小のコストで最大効率まで回復させるための「メンテナンスDAY」とも言える。


これは俺の「癒し」を賭けた戦いの記録である。


午前8時。

俺の休日は、駅前の喫茶店『ルノアール』から始まる。


「神木さん、いらっしゃいませ。いつもの喫煙席でいいですよね?」

「うん。いつもの角席が空いていれば、そこがいい」


私は馴染みの店員に案内され、ふかふかの布張りソファに腰を下ろした。

注文するのは決まっている。


モーニング・サービスAセット。

飲み物はホットコーヒー。価格は場所代込みで800円前後。


「……ふむ。やはりここは落ち着くな」


運ばれてきた厚切りのトースト、ゆで卵、そして香り高いコーヒー。

俺は心の中で、素早く電卓を叩く。


(原価計算。

 パンと卵とコーヒー豆で、おそらくは約150円。

 だが、ここには「おしぼり」と「熱いお茶」のサービス

 そして何よりこのゆったりとした「空間占有権」が含まれている。

 駅前の一等地で、これだけのスペース。

 1時間借りれば、本来なら数千円のコストがかかるはず

 ……それを800円で享受できる。……圧倒的な俺の勝利だ)


 満足げにトーストを齧った。

 バターの塩気が、疲れた脳に染み渡る。

 これぞ、大人の賢い休日の過ごし方だ。


「……ほう。朝から美味そうに食うのう」


 ふと、向かいの席から声をかけられた。


 顔を上げると、いつの間にか一人の老人が座っていた。

 白髪を綺麗に撫で付け、古風だが仕立ての良い着物を着ている。

 妙に存在感が希薄というか、背景に溶け込んでいるような老人だ。


 「……ええ。早起きは三文の徳と言いますからね。最高の朝食です」

 私は社交辞令で返した。


(初めて見たが、常連客か?

 品がいい。――どこかの地主の隠居かもしれないな。

 ……名刺を渡しておくべきか?)


 職業病(下心)がうずく中、老人は店内を見渡して小さく嘆息した。


「それにしても、最近の人間はせわしない。

 飯くらいゆっくり食えばよいものを、携帯を見ながら詰め込んで、すぐに出て行きおる。 ――これでは、土地の気も休まらんわ」

 

 老人の嘆きは、もっともだ。

 だが、私はコーヒーを一口啜り、静かに反論した。


「ご主人。お言葉ですが、それは経営視点が欠けています」


「ほう?」


「この店が、これだけゆったりとした席やサービスを維持できているのは、なぜだと思いますか?

それは、短時間で食事を済ませて出て行ってくれる『回転率ターンオーバー』の高い客がいるからです。

彼らが薄利多売のサイクルを回してくれるおかげで、我々のように長居する客のコストが相殺オフセットされているんですよ」


私はトーストの耳をちぎりながら力説した。


「つまり、あのせわしない若者たちは、この店という『土地』を循環させるための重要な血液なんです。

静寂を買うための、必要経費だと思って感謝すべきですよ」


老人はきょとんとして私を見ていたが、やがて「ほっほっほ」と愉快そうに笑い出した。


「なるほどのう! 『循環』か! 人が流れてこそ、土地も生きる。淀めば腐る。

 お主、なかなか良い目を持っておるな。

 ……まるで、ここいらの『主』のような口ぶりじゃ」


「ただの不動産屋ですよ。土地と建物の価値を、最大限に引き出すのが仕事ですから」


「ふむ。不動産屋か。……昔で言う『口入れ屋』のようなものか。

気に入った。お主のような男がおるなら、この土地もしばらくは安泰じゃろうて」


老人は満足げに頷くと、湯呑みのお茶をすすった。


***


30分後。

私は完全に「整った」状態で会計を済ませた。


「ごちそうさま。……ああ、そうだ」

私はレジで店員に告げた。

「私の向かいにいた着物の老人だけど、常連さんかい?

もし地主さんなら、よろしく伝えておいてくれ」


すると、店員の女の子は不思議そうな顔で首を傾げた。


「え? 着物の老人……ですか?

神木さんの周りは最初から最後までお一人でしたよ?」


「……は?」


私は振り返った。

私が座っていた席の向かいには、誰もいない。


使い終わった湯呑みも、おしぼりもないテーブルの上に、なぜか一枚だけ、もみじの葉が季節外れに落ちていた。


「……なんだ。幻覚でも見たか?」


私は首を振り、店の外に出た。


まあいい。モーニングのコストパフォーマンスが最高だったことに変わりはない。


さて、次はサウナだ。



この時、俺は気付いていなかった。

俺の背中に土地の神(氏神様)からの「商売繁盛」の加護がうっすらと付与されたことに。


(つづく)


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