第四章 カヨコさんの場合。
第4-1話 イケメンと幽霊
神木不動産、本日の業務日報。
天気は晴れ。俺の心は曇り。
なぜなら、由美ちゃんが朝からクッソうるさいからだ。
「社長~! 暇です~! 刺激が足りません~!
こんな暇で会社潰れたりしませんか~?」
彼女は俺の周りをぐるぐると飛び回っている。
「うるっせーな、人の周りをぶんぶん、ぶんぶんと。殺虫剤かけるぞ。」
「平和すぎてカビが生えそうです! もっとこう、ドラマチックな事件とかないんですかぁ?」
「あのな、そもそも、ウチは不動産屋!!
名探偵なんちゃらじゃねーんだから、そうそう事件なんぞ――」
カランコロン。
その時、事務所のドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
俺は条件反射で営業スマイルを作る。
入ってきたのは、20代の男性だった。
長身で、清潔感のある白シャツが似合っている。
モデルと言われても信じてしまうような、誰の目から見ても、非の打ち所がない爽やかイケメンだ、ちくしょう。
その瞬間。
バリン!!
給湯室の方で、予備の湯飲みが勝手に割れた。
「……!」
俺は嫌な予感がして横を見た。
由美ちゃんが、両手で口を押さえ、目をハートにして硬直している。
「……か、かっこいい……!」
事務所内のポルターガイスト現象(ペン立てダンシング&書類ウェーブ)が止まらない。
おい、落ち着け。客がビビるだろ。
「あ、佐藤さん。こんにちは」
俺は震える幽霊を無視して、客に声をかけた。
彼はウチが管理しているマンション『メゾン・ド・サクラ』の301号室の入居者、佐藤さんだ。
確か、来月が初めての更新時期だったはずだ。
「神木さん、お世話になってます。……あの、更新の件で」
佐藤さんは申し訳なさそうに切り出した。
声までいい声だ、あほんだら。
「書類、書いていただけました?
更新事務手数料は来月の家賃と一緒に引き落としになりますんで」
俺の脳内電卓が来月の収支計算を始める。
更新料は大家に入るが、事務手数料は俺の懐に入る大事な収入源だ。
しかし、佐藤さんは言い淀んだ。
「その……実は、更新せずに退去しようかと思ってまして」
「……は?」
脳内電卓が0を表示した。
おいおい、優良入居者の退去は困るぞ。
次の入居者を探すための広告費、原状回復の手配、内見の立ち会い
……全部俺の仕事が増えるってことだ。
面倒くさい!
それよりなにより、書類一枚で入る『飯のタネ』が消えるのは痛い。
かなり痛い。
絶対に阻止せねば!――プロとしてっ!
「佐藤さん、何か不満でも? 家賃なら大家さんに交渉しますけど」
「いえ、家賃や設備には満足してるんです。ただ……」
佐藤さんは深刻な顔で、声を潜めた。
「……なんか、いるみたいなんです。部屋に」
「はい?」
「視線を感じるんです。部屋に一人でいるはずなのに、誰かに見られているような……。 それに、物が勝手に動くんです。テーブルに置いたはずのリモコンが床に落ちていたり、夜中に玄関のドアノブがガチャガチャ鳴ったり……」
私もプロなんでね、えぇ、えぇ。
彼が「ただ」って言った時点で、なんとなく察してましたよ。
もはや不動産屋より「ゴーストバスターズ神木」で商売始めた方が、よっぽど儲かりそうな気がしてきた。
こんな案件ばっか転がり込んでくるのにウンザリ気味の俺。
それとは対照的に隣で目を輝かせてる幽霊社員は違った。
「社長! これは大変です! 悪質なストーカー霊ですよ!
このイケメンが危険です!」
由美ちゃんが机をバンバン叩く
(音はしないが、ペンが跳ねる)。
「……おい、やめろって」
佐藤君には、『それは不安な思いをされましたねぇ』と、眉を下げて心配する顔を向けつつ、彼には見えない、由美ちゃんの手をつねる。
「いだだだだだだだだだだ……」
悶絶する由美ちゃん。
「警察には?」
「行きました。でも、実害がないからパトロール強化しますね、で終わりで……。 気持ち悪くて、もう引っ越すしかないかなって」
佐藤さんは憔悴しきっている。
目の下にクマができているのが、逆に色気を醸し出していて癪に障る。
今すぐ腹痛起こしやがれ。
「待ちましょう。早まるのは良くない」
俺は引き止めにかかった。
幽霊ごときで更新手数料を逃してたまるか。
「原因を特定しましょう。建物(設備)の不具合かもしれませんし、あるいは『目に見えない何か』かもしれません」
「え……神木さん、そっち系も分かるんですか?」
「ええ。ウチは『そっち』の専門家とも提携してますんで」
俺が言うと、由美ちゃんが身を乗り出した。
「社長! 私が行きます! 私が張り込みします!」
「はあ? お前が?」(小声)
「はい! 24時間、お風呂もトイレも寝室も、片時も離れず密着警護します!
手数料のためですよね! 会社の利益のためです!」
「お前それ、絶対のぞき見したいだけだろ。」
まあ、でも……?
考えようによっちゃ、相手が霊なら、俺が行くより由美ちゃんを行かせた方が話が早いな。
タダで更新契約が守れるなら、安いもんだ。
「……よし。佐藤さん、今日の夜、現場に行きます」
俺は佐藤さんに告げた。
「えっ、神木さんが来てくれるんですか?」
「俺は車で待機してます。部屋の中には、ウチの
あのアホ。宙に浮いてガッツポーズしてやがる。
「すごい!そんなシステムがあるんですか!」
「ええ。特に手間も掛からず、設置できるシステムです。
……まあ、ちょっとスケベ心があるシステムですけどね」
「え?システムがスケベ……?」
佐藤さんは困惑しているが、もう手遅れだ。
こうして、下心丸出しの幽霊による、イケメン密着警護任務が始まった。
(つづく)
面白かったら★お願いします!(神木より)
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