あやかし不動産 本日も営業中

のら

第一章 田中さんの場合。

第1話 ようこそ、あやかし不動産へ。

 もはや自分の能力にうんざりしているところは少なからずある。

 いや、結構うんざりしてるかも。


 俺は、たまたま親がやっていた不動産屋の跡を継いで、細々と自分が食っていける範囲で切り盛りしていた。


 マンション管理を数十件、たまに売買。

お客さんが来ない日も、電話すら鳴らない日もあるが、1人なら十分食っていけてたわけだ。


 それに車や釣りの趣味もあるから、仕事はそこそこでいい。


 そんなもんで俺の人生はすこぶる有意義。

 十分満足だった。


 しかし、そんな1年前のある日、マンションの一室で自殺者が出てしまう。

 若い子が室内で亡くなった。

 結果、その部屋は事故物件となってしまったが、身内もいたし、保険にも入っていたから遺品整理や原状回復、そのあとの空室保証など、今のご時世、それらの対応に困る事も特には無い。


 そう、業務的にはね。


 ただ、その日を境に俺の人生はすっかり変わってしまった。



 そして、今。


 まったく望まない繁盛が、わが社では続いている。


 唯一のスタッフが対応しているお客様、後ろのテーブルでお待ちになられているお客様……



「あー、お客さまぁ、そっち関係者以外立ち入り禁止なんで入らないで」


 今、バックヤードに勝手に入ろうとしたヤツ。


 合わせて3人。




 全部あやかし。

 要するにオバケ。



 いつの間にか、あやかし御用達の不動産屋になっちまった。


 なんで、こんなことになったか……



 そう、一年前の、あの事故物件が原因だ。



 トゥルルルル‥‥


「はい、神木不動産ですー」


 ・・・


「え? あぁ、分かりました。すぐ行きます……」


 その日の朝一番の電話は、マンション一階の部屋の玄関扉から、水がじゃあじゃあと流れているとの近隣からの連絡だった。


「はぁ、水道の止め忘れか?床とかクロスが逝ってなきゃいいけど……」


 業界歴が長い分、様々なトラブルは経験してきた。

 今回もせいぜい全自動洗濯機のホース外れとか、洗面台の水の止め忘れとか、そんな程度だと思っていた。


 現場について、インターホンを押す。

 当然、出てくるわけはない。


「田中さーん、神木不動産ですよー!いらっしゃいますかー?」


 わざと大きな声で呼びかけ、ドアも強めに叩く。

 当たり前だが、当然出てこない。

 居るなら水止めるだろうし。


「仕方ない。入るか。」


 管理用の合鍵の束から、その部屋の鍵を取り出し、扉を少し開けて中を覗く。

 幸い、水の出元は手前の風呂場まわりっぽく、奥の居室の方は無事のようだ。


「……田中さーん、いますか? 神木不動産ですけどー? 中、入らせてもらいますよー?」


 一声かけて中に入る。

 室内は電気がついている。

 真っ暗じゃない分、気持ちは落ち着く。



 ちゃぷ……

 ちゃぷん……


 靴底のゴム部分あたりまで浸かり、水の音だけが響く。



 トイレの扉の下からは水は出ていない。

 脱衣所の洗面台も無事。


 となると……


「水は、風呂場からか。」


 照明のついた浴室の折れ戸は閉まっているが、水が流れる音が聞こえる。


 開けようと思ったその時、折れ戸の曇りガラス越しの雰囲気に嫌な予感がした。


 刑事の勘ならぬ、不動産屋の勘だ。


 恐る恐る扉を開ける。


「っ!」



 ――だよな。


 最初に頭に浮かんだ言葉はこれだった。


 とりあえず、来た道を戻り、玄関を締める。


 そいや、パイプスペースの水の元栓閉めりゃ、何も中に入る事も無かったな。

 今頃になって気付く。


 それから、警察に通報し、持ってきていた資料から身元保証人に連絡。

 やいのやいのと、事が進むうちに数週間の後に部屋は空っぽとなった。


 ま、こんなことは初めてじゃない。

 慣れはしないが、やるべき手順は理解していた。


 空き部屋となった事故物件に俺ひとり。

 インターネットに掲載するための写真を撮り終えたところだ。


「――さて、値段下げて、物好きが一回住んでくれりゃいいが。」

 綺麗になった部屋で一人呟いた。


「……やだ。私の部屋なのに」


 ――!!

 心臓が飛び出るかと思った。

 焦って振り返ると20代の女の子が立っている。


 一瞬でヤバいと分かった。

 だって、この子、この前、そこの浴室で亡くなった子だから。


「わあぁあぁ、や、やべぇ!! 出たぁ! 昼間なのに出るのかよぉ!?」



 47歳にもなったオッサンが叫ぶ言葉じゃなかったな。と今でも思う。

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