秋分 悪の身代わりとなり

 本当にどうでも良いのならとうに見捨てていた。そうしなかったのは、あの人も村人たちからいろいろなものをもらって、それをきっと返したかったんだ。使命感やちょっとした意地もあったかもしれないけど、そこには確かにあの人の真心があった。


「それはお前が……君が命をかけなければいけないことなのか」

「絶対に。だってあの人も、そしてあなたも命をかけようと思ったのでしょう。逃げ出す事はいつだってできたのに最後まで見届けると決めた。とても大切なことなんだ」

「周囲の様子を見てきたけど、この村はこのままでは終わらない。戦う力を羨んだ他の村人たちがこの村に集結しようという動きがある。村としてではなく一つの討伐隊としての集まりの場所になる」

「それなら、なおさら。自分たちがすごいんだと言う驕りを持ち、顧みず改めようとしないのなら。救いようのないところまで行ってもらうしかない」


 関係ないものを殺してきた。何も悪さをしていない人ならざる者を一方的に殺してきたと思う。それどころか何の罪もない同じ人間でさえ殺してきた。それなのに何も知らないふりをしてのうのうと生きるなんて許せるはずがない。

そういった者たちには、それにふさわしい生と、最後を。

そう強く思うとカイキ殿はふっと小さく笑った。


「なんだか兄様と話しているみたいだ。ほとんど会話をしなかったから何を考えてるのかわからないと思っていたけど。あの人が考えていたのはこんなことだったんだな。君は兄様のことをよくわかっているんだね」

「本当?」


 思わぬ言葉に僕はすごく嬉しくなった。


「一番弟子、名乗ってもいいかな?」

「はっはっはっ、まごう事なく一番弟子よ!」


 叔父上殿は高らかに笑ってそう言ってくれた。嬉しい、僕はあの人の弟子なんだ。弟子は師匠の生き様を映し、その願いを叶えるためにあると思う。


「君を連れて逃げようかと思っていたけど……やめておこう」


 ありがとう。


「粘り強く生きて、あいつらに目に物見せてやりなさい」


 叔父上殿の真剣な声。僕の説得は無理だと悟ったみたいだ。ごめんなさい、でも。


「人ではない僕のためにわざわざ来てくれて、ありがとう」


 二人とも少しばかり体が不自由だ。きっとこれから苦労して生きていく。だからどうか、二人に幸がありますように。


「もうすぐ冬だ。どんなつわものたちが集まってもおそらく勝てない。何十年も一方的に虐殺を行ってきた愚かな我が一族。その最後を見届けていただくと言う大役、お願い申し上げます」


 草むらからチラリと声の方を見ると叔父上殿とカイキ殿が深々と頭を下げていた。


 これからは本当に僕を殺すためにみんなが襲い掛かって来る。あまり長引かせたくはないけど、早々にトドメを刺されるつもりはない。あいつを残して死ぬわけにはいかない。

 僕は弟子として。仇を……討ちたいのだろうか。いや正直そんな気持ちはない。やるべきなのかもしれないけど、僕がやりたい事はそんなことじゃないんだ。

 化け物は人がトドメを刺さなければ意味がないのだから。討ち取ったと、これでようやく終わりだと自分の目で見てはっきりと確認させなければだめだ。こっそりと事を終わらせてしまったらいつまた襲われるかと言う疑心暗鬼に囚われ、居もしない鬼が見えるようになってしまう。

 あいつのトドメは、人間でなければいけない。そして、僕のトドメも。



 さあ、戦おう、人間たち。どうか僕を倒しに来て欲しい。そして気がついて欲しいんだ。

 生きるためには戦わなければいけないけど、戦うために生きているわけではないと言うことに。



秋分

秋の彼岸の中日、昼夜がほぼ等しくなる





「カイキ」


 涙が止まらない幼い甥。叔父は片腕で抱き上げた。


「腕が一本あれば確かに童を抱っこはできるな。だいぶ重くなったが」

「俺は、何が、できる。あの子に全て押し付けて、どうやって生きろっていうんだ」

「カイキは何がしたいんだ」


 どこか厳しさを含んだ叔父の声にカイキは顔を上げた。そこには真剣な面持ちをした叔父がじっと見つめてきている。


「俺は」


 そこまで言って、ぐっと唇をかみしめ俯いた。めそめそしていて一体何が変わると言うのか。あの子は覚悟を決めた、そして行動に移している。言葉をしゃべり完全な化け物となる道を選んだあの子。違う道はたくさんあったはずなのに最もつらく苦しい道を進んでいる。


「俺は、自分の手でケリをつけたい」

「そうだな。儂もだよ」


 驚いて叔父を見ると、人ならざる者を討伐に行く時と同じ目つきをしている。


「まずは体を癒せ、カイキ。お前が嫌っている神力、それは間違いなく奴等に対抗できる唯一無二の力なのだ」

「……わかった」


 頷いて涙を拭いた。そして空を見上げる。今日は彼岸、そして満月も重なった。今日から日がどんどん短くなっていく。夜は奴らの独擅場のようなものだ、闇に紛れて襲い掛かって来る。


「神力、か。物は言いようだな。神の力と言ってしまえばみんなが敬う。馬鹿馬鹿しい」


 吐き捨てるように言うカイキに、叔父も悲しそうに頷く。


「何故誰も気づかないのだろうな。そう都合よくありがたい力が湧いてでるわけなかろうに」


 近くには彼岸花の群れが咲いている。血のように赤い。斬り殺された者がいたとしてもその赤で覆い尽くして隠してしまいそうなほどの、紅。

 自分達の一族が長年振り撒いてきた血のように、あたり一面真っ赤だ。



「はい、確かに」


 そして二人はゆっくりと歩き出す。本当にこれが最後の別れだと思う。


 炎は何とか鎮火したみたいだった。一応山とかにも広がらないように考えて、風があまり強くないことを確認してから一部に火をつけたつもりだ。それでも急に風向きが変わって燃え広がってしまったらと思ったら心配だったけど大丈夫そうだ。

 これからきっと長い冬が始まる。まずは近隣から男たちを集めてもう一度隊列を組み直すはずだ。修行も兼ねて大規模な山狩りに来るだろう。これからまた毎日追い回される日々が始まる。子供たちも戦に駆り出されるに違いない。


 大丈夫、僕は慣れてるから。生まれてから今までずっと山の生き物たちから攻撃を受けて生きてきた。動物ではない、そもそもまともな生き物ですらない僕を動物たちは危険だと察知して僕を追い出そうとしてきた。

 でも殺すつもりはあまりなかったみたいで彼らの縄張りから出れば一旦攻撃はやんだからずっとこの山で生きてきた。

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