立秋 消えた村の女
村の女たちが姿を消して大混乱となった。村のどこを探しても女の姿は見つからない。子供たちも半分ほどいなくなっていた。いなくなったのは赤子や幼い子供だ、ある程度自分の身の回りのことができる子供たちはそのまま残っていた。村に残ったのは男たちだけ。カイキ殿も残っているようだ。
一体どういうことだ、女たちはどこへ行ったんだ。そこら中を探し回り、おっかあたちはどこだと子供たちも半泣き状態で探し回る。大混乱の中一人の男がこんなことを言った。
「まさかあいつらが村に来て女をさらっていったんじゃないか」
そんなはずはない、あの人がこの村を守っているはずでは無いのか。そんな意見も聞こえたが一人、また一人ともしかしたら、ひょっとすると、と言い始める。
「たった一人でこの大きな村を守り切れないかもしれないだろう」
「一匹忍び込んで気づかないことだってあるかもしれない」
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら。そればっかりだ、どうして他のことを考えようとしないのだろう。
村をきちんと守れていないから女がいなくなったのではないかと、それもあの人のせいにするつもりなのか。今までの女たちや村の状態を見てくればなぜいなくなったのかわかるだろうに。赤子や幼い子供たちだけいなくて、自分で自分の世話ができる子供は残っている。それを見てもどういうことだかわかるはずなのに。
ぞろぞろとあの人の家に十人以上の男が尋ねに行った。戸を叩くも反応がない、対応できないと言ってあったはずだ。それでも戸の外から女がいなくなった、あいつらは紛れ込んでいないのかと叫んであの人を出て来させようとする。そしてしばらく経った後戸が開いてあの人が少しだけ顔をのぞかせた。
「お望み通り出てきてあげたよ。今この時を持って結界が破れたが」
「なんと!?」
「お前らが出て来いと言うからだ。一度守りに入ったら対応できない、ここから出ることはできないときつく言ってあったはずだが」
あの人の声はどこまでも恐ろしい。穏やかに微笑んでいた時の面影は無い。頬はこけて痩せている。
「しかし、女がどこにも」
「いなくなったなら探しに行けばいいだろう。この村に何か忍び込んだと思うのならそれを探せば良いだろう。私は家から出ていない、村のことなど知るわけなかろう。もう一度結界を張ってみるが、次同じことをしたらもう二度とこの村が守れなくなると思え。いや、今ここで選んでもらおうか。結界を張らずにお前たちのおもりをするか、自分たちの尻は自分たちで拭って私は結界を張り続けるか。今ここで選べ」
みんな目を泳がせて誰かが何かを言うのを待っている。ぼそぼそと相談するがはっきりと答えるものはいなかった。あまりにも長い沈黙の後怒鳴り声が聞こえた。
「さっさと結界を張るのに戻らぬか! 今こうしている時にも奴らが潜り込んでいるかもしれないのだぞ!」
声を上げたのは兄上殿だった、どうやら騒ぎを聞いてここに来たらしい。その顔は怒りで真っ赤に染まっている。殺気立ったその声に集まっていた男たちはびくりと体を震わせた。
「ではそうさせてもらいましょう。今一度、その鳥頭に叩き込んでおいてくれるか。集中力が途切れると結界が破れる。次はない、私の体力も限界が近い」
そう言うと静かに家の中に戻っていった。ガタガタと音を立ててわざとらしく鍵をかけたことを皆に認識させる。
その場に残された者たちは数人兄上殿から殴られて地面に叩き伏せられていた。
「今この村で結界が張れるのはあいつだけだというのに、何をやっている! 一体何匹忍び込んだかもわからんぞ! 先日確認しに行った時結界のギリギリ外側まで奴等が近寄ってきた様子があったのは貴様らとて知っているだろ!」
「し、しらんぞ!」
「なぜ皆に伝わっていない! おい、ヒャクドウ! なぜ黙っていたのだ!」
名前を呼ばれたのはあの女をかばい立てている男だった。ヒャクドウというらしい。
「俺は皆に伝えた、そいつらが忘れているだけだろう。何せ物覚えが悪いからな」
そんなこと言われて黙っているほど男たちもおとなしくはない。絶対に聞いていないと争い事が始まった。その様子に再び兄上殿がもめている奴らを殴り飛ばす。ヒャクドウ殿も殴られた。
「俺のいないところでやれ鬱陶しい。どうせあの女としけ込んで伝えていなかったのだろうが! 役立たずめ!」
「俺のせいにするのか! 見てもいない分際で!」
「村の見回りをした次の日あの女が俺の寝所に来た。お前の竿では小さすぎて満足できないそうだ。他の男の汁が付いたゆるい股に突っ込むくらいなら、ぬか床を使ったほうがマシだと言ったら顔真っ赤にして出て行ったがな。貴様の家に行けば素っ裸でいち物を晒したままいびきをかいておったわ!」
その言葉にヒャクドウ殿はもちろん他の男達も言葉がない。
「あの女が来てから明らかにこの村が乱れている。それなのにまだあの女が哀れな女だと、自分だけに特別に微笑んでくれていると思い込んでいるのか、愚か者共。あの女が本当に滅ぼされた村から来たのかどうかも怪しいものだ。あの女のせいでこうなっていると思うのが当たり前だろうが!」
村の中で刀を所持しているのは兄上殿だけだ。他の男達は村の中だから安全だと安心して武器の類を持っていない。ここにきてようやくあの女のせいでこうなっているのではないかとぼそぼそと口にするものが現れ始めた。慌てて自分の家に戻っていく男が数名、おそらく刀を取りに行ったのだろう。
「女たちはどこへ行ったんだ」
不安そうにそんなことを言う一人の男に兄上殿は鼻で笑う。
「俺が知るか。あの女が喰っちまったんじゃないのか」
誰かがヒッと息をのんだ。
「人ならざる者かもしれない奴とまぐわったのはどんな気分だ、猿共。汚らわしい」
その言葉通り汚いものでも見るかのように睨みつけてそう吐き捨てると兄上殿は自分の家に戻っていった。そして残された男たちも慌てて自分の家に戻っていく。そんなはずない、でももし本当だったら? 二つの意見が真っ向からぶつかり合い喧嘩まで始まった。
ヒャクドウ殿はその場で固まって動かない。こちらからは後ろ向きなのでどんな顔しているのか見えないけど……どんな顔になっているかは大体想像がつく。
こうやって見ると相手に強い口調で物事を言うときは兄上殿とあの人はそっくりなんだなと思った。なるほど確かに兄弟だ。
兄弟といえば末の弟であるカイキ殿。彼もこの村に残っていたはずだ。見ればカイキ殿が暮らしている家の周りにすでに四、五人の男が戸を叩いていた。
家から出てきたカイキ殿に何か話しているけれどカイキ殿はあっさりと首を振ると扉を閉めてしまう。
おそらくほんの少しでも神力がないかを期待して、この村に人ならざる者がいるかどうか探してくれと頼みに行ったんだろう。あっさり断られたみたいだけど。
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