骨を砕く理由

 くい、と顎を私に示したので私は壺を持ってきた。


「気が済むまで探していいよ。四人分、混ざってるけどね」


 彼女がそう言うと女は泣き崩れ、子供は壺をひっくり返して探す。父ちゃん、父ちゃんと言いながら。


「アタシは骨を砕く前に、どのくらい年月が経ってるのかちゃんと骨密度や劣化具合を測定してるよ。お前の旦那が死んだのは一年前だろ、そんな真新しい骨を間違えるわけないだろボケ。どうせ埋葬品目当てのコソ泥に掘り起こされて、その辺に捨てられたんだろうよ。アタシは墓をほじくり返したままにもしない」


 墓荒らし被害は各地に必ずある。その言葉を聞いて、女が泣き叫んだ。


「最初からそう言えばいいじゃない! あ、あんな酷い言い方! この子の前でしないでよ!」

「アタシが話そうとしたら掴みかかって旦那を返せってぎゃーぎゃー喚いたやつが何言ってんだ。お前はハナからアタシの話聞く気がなかったじゃないか。それに、この期に及んで子供を持ちだすのか。子供はお前を有利にするための便利な道具なんだね、可哀想に」

「よくも!」

「大好きな父ちゃんの骨を見るのがどれだけ辛いと思ってる。子供を連れてきていい場所じゃないだろ。最低な母親だなお前は」


 その時、初めてあの人の瞳に怒りが灯った。いつもケラケラ笑っているのに、笑みを消したあの人の顔はとても怖い。でも、何でだろう。


「ばあちゃん、悲しいの?」


 子供が不意にそんなことをいった。手を粉まみれにして、きょとんと見上げている。


「怒ってるんだよ」

「泣きそう」

「泣いてないもんね~」

「うん」

「父ちゃんいたかい」

「いない」

「そりゃそうだ、死んでるんだから」

「うん」


 それだけ会話すると、母親を蔑むような目でみて鼻で笑った。


「さっさと帰んな。ゴミ捨て場にでも旦那が転がってるだろうよ」

「クソババア!!」

「墓荒らしは本当にその辺に捨てるんですよ。いくつもの町で経験してきました。役人に言って探してもらってください」


 私の言葉に母親は目を丸くした。そして子供がクイっと母親の服を掴む。


「父ちゃんいなかった。帰ろう」


 母親は顔を真っ赤にして怒り狂い、子供の腕を掴むと喚きながら帰っていった。


「今すぐここを出た方がよさそうですね」

「あたぼうよ。町のチンピラ雇って乗り込んでくるわな、金持ちの考えることはだいたい一緒だ。はあ~やれやれ、面倒な女だねえ」

「昔悲しい思いをしたんですか」


 私の言葉に彼女は一瞬、動きを止めた。


「さっさと片づけな、まき散らしたままにしたらシバくよクソガキ」

「はい」


 一粒も、粒子さえ残さずに。私は丁寧に、かつ急いで片付けをして壺に戻した。そうして壺を背負子しょいこにくくりつけて私は立ち上がる。彼女に買われて六年、私も軽々壺を担げる年と背丈になった。


「早くしなグズ。何年経っても遅いねお前は」

「相変わらず、私より支度が早いですね」


 壺一つ持った私と、大きな荷物を三つ持った彼女。私が持とうかといった事があったが、貧弱なお前が持ったら落っことすだろ大事なモンなんだよこれは、と断られた。何せ石臼を持っているのも彼女、どうやったらあれをひょいっと担げるのか謎だ。


「いつも言ってんだろ、運命を決めるのは早さなんだよ。行くよ」


 私たちは歩く、山道を。険しい獣道を。川を渡り鬱蒼とした森で足を止める。今日はここで寝るようだ。


「お前は、骨粉をどうするのか聞いてきたことがないね」

「私の役目は砕くことですし」

「言われたことしかやらないってか? さすがは売られっ子だ」

「あなたが大切に扱っているから大丈夫です」

「あん?」


 何を言ってんだ、という顔をする彼女を真っすぐ見る。


「骨をゴミのように思っているのなら、あんなに丁重に扱いません。何か別の商品にして売り物にしているのなら、粒の一つも残すなとは言いません。死者に敬意をはらい、残された骨の辿り着く先をきちんと決めているのでしょう。その役目を私が引き継ぐ予定がないのなら、私には必要ない。あなたがいるから」

「……」

「それをできる人がやるのが一番です。私には私の役目、貴方には貴方の役目がある」


 彼女は、何も言わなかった。何も見えない暗闇の先を見つめる。


「買った時は鼻水たらした小汚いガキだったってのに。今もガキだけど、たまに年寄り臭いこというようになったね」

「お年寄りと一緒に過ごしていますから」

「なるほど、顎砕かれたいみたいだね」

「困ります」

「じゃあくだらないこと言ってないでさっさと寝ろクソガキ」

「はい」



 そうして、いくつもの季節を過ごした。いろいろな墓を巡った。非難され、理解されず、悪の所業だと言われたけれど。裏から教会や国から依頼されて墓地を巡っているとだんだんわかってきた。

 人びとが不要としていても、国は求めているのだ。合理的で、文句を言わない、いつでも切り捨てられる汚れ役を。それを誇りに思わない、思ったりしない。ただ黙々と作業をするだけだ。


 何年も何年も長い年月を共に過ごして、そして。


 お別れの時が来た。

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