Thesis.5 口裂け女

 俺と御巫は、事務所の車庫にあった車に乗って自凝県外縁の天浮橋あまのうきはし市までやってきていた。

 車──といっても、当然俺は運転できない(免許を持てる年齢ではない)し、かといって御巫が運転しているわけでもない。この頃は珍しくもない自動運転車である。



「依頼は物流センターの積荷調査でね。期間が長いから放置してたら〆切ギリギリになっちゃった」


「夏休みの宿題を限界まで溜める小学生かよ」



 悪びれもしない御巫に、ツッコミを一つ。当然だが、毛ほども響いた様子はなかった。

 ちなみに、俺は計画的に宿題を終わらせるタイプでした。



「まーいいじゃない。それより、依頼内容の確認をしてよ。助手くーん」


「ただのバイトだろ……」



 ぶつくさ言いつつ、俺は共有してもらった依頼内容を端末ドローンから確認する。

 ちなみに、共有してもらった依頼は他にもけっこうあった。この女、意外と依頼を溜め込むタイプらしい。

 それなりに探偵業が繫盛していることに安堵すると同時に、ちゃんとしてない雇い主に危機感を覚える。これ、俺が事務作業とかした方がいいヤツか……?



「えーと、どれどれ。依頼内容は『天浮橋第三物流センターの調査』。未認可反駁伝承ATリノヴェーションの輸出準備の疑いがあり……これって警察の仕事なんじゃないのか?」


「ってゆーか、依頼主が自凝県警ね。怪異関係は色々驚天動地だからさー。まだ『怪異』だの伝承師だのの事件への組織体制が微妙に整ってないのよ」


「待て待て待て待て。これ警察の仕事なの? それを〆切ギリギリまで溜め込んでたの? どういうメンタル???」


「むしろ〆切を守ろうとしてることを褒めてくれてもいいんじゃない?」



 こ…………この女、終わってる。

 やっぱ事務作業全般俺が見ておかないと、依頼ブッチとか余裕でやるタイプだよこれ! いや未だに仕事もらってるあたり、本当にギリギリのところでちゃんとはしてるんだろうけど!



「戦力的にも、ちょっときな臭いっていうのはあるんだろうね。枕飾まくらかざりサン……ああ、警察側の対面といめんね。あの人が直でわたしに依頼してくるときっていっつもそうだから」


「あとでその人の連絡先教えといてもらえる? 菓子折り持って挨拶しに行くから」


「おっ、流石助手」


「ちゃんとしろっつってんだよ分かんねぇヤツだなテメーは!!」



 そんで本当に連絡先を俺の端末に送るんじゃねーよ! 雇い主の尻拭いは助手の仕事ではなくない!?



「……ったく……。……で、工場周辺の様子を確認したりして、未認可反駁伝承ATリノヴェーションの存在有無を確認すればいいのか? 結構厳しくないか? 証拠確保的な意味で」


「ああ、存在についてはもう確認済みだよ。物の流れとか技術者の入り方とか警備の配置とかで分かるんだ、そういうの。これからやるのは物流センターへの潜入ね」


「探偵じゃなくてスパイでもやってんの?」



 あまりにもスピード感のありすぎる進捗状況に、俺はついて行くので精一杯だった。



「っていうか、そこまで分かってるならそれを報告して終わりでよくないか? 潜入はどう考えても探偵の仕事じゃないだろ」


「んー、まぁそうなんだけどね。これはわたしにとっても利益になるというか。ウィンウィンの独断専行なんだよ」


「良く分からないが……」



 まったく釈然としないが、とはいえ探偵業については俺はバイト勤務一日目のドドド素人だ。プロの御巫がこうすると言っている方針に対してあんまり文句をつけても仕方がない。

 とりあえずそういうものだと受け入れておいて、俺は端末ドローンの依頼メールを閉じる。



「といっても、潜入って言ったってどうやって忍び込むんだ? セキュリティだって当然あるだろ。ただでさえ御巫の格好って目立つし」


「そりゃあ、こうするんだよ」



 バヂッ、と。

 御巫の指先から電流が迸ると同時に、何もしていないはずの車内で突然クラシック音楽が流れ始めた。

 クラシック音楽は、御巫の指先からもう一度電流が迸ると同時に消え失せる。それを見た俺は、おずおずと御巫に問いかけた。



「…………確認だが、今のは炎を操る機能の応用で電気を操って車の車載BGM機能をハッキングしたということでよろしい?」


「大正解。やるね友悟。やっぱりセンスあるよ」


「無法の極みみたいなことをされてる横でセンスを褒められても、悪いけど実感湧かねーわ」



 でも、そうか……。

 このレベルで電流を操ることができるなら、ワンチャン工場の警備施設をハッキングしたりできたりするのか。それなら、潜入なんてお手の物かもしれない。

 この際不法侵入的なことは気にするまい。警察からの依頼ならそういうヤツもなんとかなるのだろう。うん。素人にはなんも分からん。



「ホントは光学迷彩を使えたらよかったんだけどねー。プラズマの操作じゃ、光を放ったり歪曲させたりはできても、実用的な光学迷彩ってなるとちょっとね」


「それだけでも十分すぎるだろ、何言ってんだ」



 少し恥じ入るようなトーンの御巫に、俺は真顔で言い返す。それだけでも汎用性が高すぎるんだよ。いったいどういう調整をしたらそんな自由度の高さを担保できるというんだ。火力、もうとろ火レベルまで落ちてないか?



「そういう訳だから、現着したら時間勝負だよ。電子セキュリティ全般は掌握できるけど、人の目までは誤魔化せないし。もし見つかったら……あれだ、その場で戦闘になるね」


「ワトソンの職責の重さを痛感してるよ……」



 それじゃますます機能のアイデアを絞り出す暇がねーじゃん。

 頭を抱えていると、御巫が曖昧な笑みを浮かべながらこちらの表情を覗き込んでいることに気付いた。……なんだ?



「後悔してる? 助手バイトやるって言ったこと」


「いや?」



 思ってもいなかったことを問われたので、俺は思わず素で答えてしまった。

 確かに戦闘の危険とか勘弁って感じだが、俺からすればそんなもん怪異との逃避行で散々経験済みだしな……。今更この程度で及び腰になるほどではないというか。

 そんなことより、クエストの難易度の方が問題だ。状況が悪化すればするほど、俺がアイデア出しに使う為の思考リソースが失われてしまう。いや、そもそも今の移動時間のうちに九割完了してなかったらほぼ無理なんじゃないか? これ……。

 戦慄の事実にビビっていると、御巫は何故だか楽しそうに笑って、



「……煮詰まってそうだねぇ。そんな友悟にひとつ、ヒントをあげよう」


「ヒント?」


「『怪異』には怪題テーゼがある。全ての『怪異』は怪題テーゼに沿って行動するし、その為の能力を持っている。だから誤解しがちだけれど……行動や能力は、あくまで怪題テーゼから発せられたものであって本質じゃない。重要なのは、怪題テーゼの方だよ」


 ………………重要なのは、怪題テーゼの方。

 つまり、解釈のアイデアを練る為には、『口裂け女』の怪題テーゼについて理解を深める必要があるってことか。



「ちなみに、さっき見せたQuibleは接続した『怪異』の怪題テーゼを解析するのにも使えるんだよね」


「あ、そうなんだ」



 言われて、俺はそういえばさっきダウンロードしておいたQuibleを起動していなかったことに思い至る。

 怪題テーゼの調整ができるなら、解析ができるのは当然の流れか。そうと分かれば早速立ち上げて解析するか……。

 俺は端末ドローンから引っ張ったコードを核骨に繋ぎ、Quibleを立ち上げる。程なくして、画面上に大量の文字列がロードされていった。その様子をじいっと眺めていると、やがてロードが完全に終了し──画面上に、こんな文字列が表示された。



 『禍は口から出でて口を裂くくずのはの』。



「これは……」


「ん? あーそれは怪題テーゼの概要だね。開発アプリ側で、怪異の概要を要約して短文として出力してくれるんだよ。どういうわけか、どうしても枕詞が付随しちゃうんだけどさ」



 そうなのか。

 御巫の補足を耳にしながら、俺は『口裂け女』の怪題テーゼをさらに確認していく。

 量子情報を無理矢理人間にも認識できる形に変換しているせいか、説明は断片的だったが……それでも、なんとかギリギリ俺にも理解できる代物だった。

 プログラム文じゃないのは非常に有難い。どうやら、日本語を記述するだけで開発用アプリ側で勝手に機械語に変換してくれるらしい。日本人に優しすぎる機能である。



 『それは破滅の共有を望む』。


 『それは問いかけた相手を執拗に狙う』。


 『それの問いかけに意味はない』。


 『それは刃により引き裂く』。


 『それの刃は破滅の共有に留まらない』。



 他にも雑多な短文は記述されているが、一番目を惹いたのはこのあたりだった。しかし……。



「…………分かりづらいな?」


「頑張れぇー助手ぅー」



 御巫の茶々をBGMにしながら、俺は『口裂け女』の性質を読み解いていく。

 一見すると、単なる短文の羅列のようにしか見えないが……。………………いやこれ、よく読むと文章の順序があるな。

 目的、対象選定、選定の補足、攻撃手段、攻撃結果……の流れだ。つまりこれは、怪題テーゼに内包された行動方針と攻撃手段。怪異の能力は、これを実現する為に発現する……のだろう。さっき御巫が『能力は怪題テーゼから発せられる』って言っていたのは、多分そういうことなんだ。

 とすると……『口裂け女』という『怪異』は、問いかけた対象に自分の傷と同じ傷を与えることを目的として刃で攻撃する『怪異』、ということになる。この性質をどう解釈するかによって、俺の開発した反駁伝承ATリノヴェーションの機能も変わ、



「おっ、着いたみたいだね」



 もにょもにょ考えていると、前方を眺めていた御巫が声を上げた。

 見てみると、車はいつの間にか海沿いの倉庫のような場所に着いていた。……くそう、ようやく本番って感じだったのに時間切れか……。あとは業務中に頭を回すしかない……けど、どこまでやれるかな……。



「さぁ、いいところなのは分かるけど仕事は仕事だ。しっかり働いてもらうよ、ワトソン君」


「分かってるよ。そっちこそいいところ見せてくれよ、ホームズさん」

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