リビルド リビリオン
@LUXION2211
第1話 記憶を失った少年は目覚める
どこからか、風が木々を揺らす音が聞こえた。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。春の穏やかな木漏れ日を浴びて温もりに支配されてた微睡の状態から意識がはっきりとしていく。
ゆっくりと瞼を開き、重い体を起こし上げる。このままいつまでも寝ていたいほど心地良かったが、外で寝ていると周囲から変に思われるかもしれない。
徐々に体の意識が戻ってくる。かなり長い時間眠っていたのだろうか、枕の代わりに頭の下に置いていた腕は痺れてジーンと痛む。
芝生の上で直接寝ていたお陰で、全身に緑や茶色の草がまとわりついていた。それを手で払いのけると同時にポケットの中を確認する。
「・・・無い」
携帯や財布など何か身の回りの貴重品を持っているはずだと思い、手探りにポケットの隅々まで探すが見当たらない。
もちろん、自分が寝ていた場所の地面を見渡すが何も落ちていない。
一応周囲を隈なく探す。それでも見つけられなかった。そしてもう一つ、それどころではない事態に気がつく。
「ここ、どこだっけ?」
自分がなぜこの場所で寝ていたのか、そもそもここがどこなのかすら全く記憶に無い。
焦る気持ちを抑えつつ、とにかくまずは財布か何か落としていないかを再び探し始める。木の根元や自販機の下などそんなわけない場所まで探してしまうのは物を無くした人間の習性だろうか。
そんなこんなで周囲を探索しているうちに寝ぼけている頭に記憶が戻ると、どこか言い聞かせていた。しかし冴え渡った頭でも思い出す事はできなかった。
寝ていた場所は山の麓にある大きな公園、近くの看板を見るに”久松公園”という名前らしい。少し離れた場所にある大きな防災ハザードマップが目に入る。近づくと赤い文字と矢印で丁寧に現在地が示されていた。
全く見覚えのない地名が並んでいる。そして左上に目を向けるとある文字が目に入った。
鳥取市防災マップ
またしても聞き慣れない地名である。ここが何市か、何県か分かれば流石に何か思い出すだろうと思っていたが期待外れ、待っていたのは知らない土地に記憶を失った状態で居るという事実がアップデートされただけである。
見知らぬ土地で金無し、携帯無し、記憶無し。はたまた現代にタイムワープした浦島太郎のようである。
かれこれ30分続いた財布と携帯探しは恐らく寝ている間に誰かに盗まれたのだろうと勝手に脳内で無理やり完結させた。
そして先ほど見つけた公園の水飲み場で喉を潤してから行くあてもない果てしなき旅路に出かけることを決意する。
起きた時には心地良かった春の木漏れ日も、動き回って体が熱を帯びてまるで真夏の太陽のように感じてしまう。
時刻は近くの時計で午後2時過ぎ、こうした時計は時間がズレていることが多いが、そんなことに神経を尖らせている余裕は無かった。
周囲の景色を見ながら歩いている内に記憶を取り戻すかもしれない。それにもしかしたら自分のことを知っている知り合いに会うかも知れない。
そんな淡い希望を抱きながら右も左も分からない見知らぬ土地を歩み出す。
とりあえず防災ハザードマップで見つけた駅の方角に向けて歩みを進めることにした。
行き交う車、目に見える景色、通り過ぎる人、とにかく目に入る全ての情報に神経を尖らせる。
春の心地よい晴天の散歩日和ということもあり初めのうちは目に入るものが全て新鮮で、楽しかった。
しかしその心地よい晴天も、1時間歩き続ければジワジワと体力を消耗し、せっかく補給した水分も汗となり不快なベタつきが背中からするようになる。
初めは新鮮だった景色も、気がつけば見慣れたような景色がえんえんと続く終わりのない無限地獄にいるような気分だ。
駅をとっくに通り過ぎ、ロードサイド店舗が立ち並ぶ道を歩き続けて今はその先の山道を登り始めていた。
山道といっても町と町を繋いでいる幹線道路であり、交通量も多く道幅も広い。
ただ3時間近く歩き続けた体にこの傾斜の道はかなり体に応える。
この山の先に、希望がある
何故かそう感じて必死に歩みを進める。気がつけば太陽の色も濃くなり別れを告げてくる。
そして完全に沈み切る前になんとか山道を登り終え、再びロードサイド店舗が立ち並ぶ国道が姿を表す。
ふと信号で立ち止まると足がジーンとして痛い。今夜は野宿か、それとも交番に助けを求めるか、暮れる日と共にそんな事を考え始めた。
下校時間と重なったのか、ふと見えた駅舎に向かって多くの学生がこちらに押し寄せて来ていた。そしてその波を掻き分けながら進んでいた時のことだった。
「何やってんの?」
こちらを見て、ふと立ち止まった女子高校生からそう声をかけられた。
初めは自分に向かっての発言ではないと思い込みスルーしようと思った。
しかし彼女は怪訝な顔をしながらも自分の目を見て話しかけてくる。
「お、オレに向かって話しかけているのか・・・?」
「そうだよ。ってか何その白々しい感じ?今日学校に居なくてすっごい心配したんだけど」
この世界にただ1人だけ取り残された、そう絶望に浸っていた中で天使に出会えた。
その嬉しさからか、または安堵から自然と涙が頬を伝う。
「え、ちょっと何泣いてるの」
「ごめん、なんだかつい・・・」
あーもう!っと彼女は急いでポケットからハンカチを取り出して手渡してくれた。綺麗に折り畳まれたハンカチで顔を拭うと洗剤のいい匂いが鼻腔をつく。
助かった。そう心から安堵できる匂いだ。
彼女は一緒に下校していたであろう友達に先に帰るように伝え、錯乱状態の僕の手を引っ張って近くの公園のベンチに案内してくれた。
「で?記憶が無くって三時間ぐらい歩いてようやく自分のことを知る人物に出会えて安心したと」
「うん」
ふ〜んっと訝しげな顔をしながら先ほど公園の自販機で購入した温かい紅茶を口にする。
僕も一文無しという事でついでにお茶を奢ってもらったのだが、余程喉が渇いていたのか500ml入るペットボトルは既に空である。
そしてその空のペットボトルの音をペコペコと両手で鳴らす音だけが響く。
彼女は何か考え込んでいる様子で怪訝な顔をしている。
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