第14話「涙と、初めての口づけ」

 僕は収穫したばかりの『聖なる光草』を丁寧に煎じて、アッシュに差し出した。湯気の立つカップからは、心を落ち着かせるような、清らかで甘い香りが漂っている。


「アッシュ、これを飲んで」


「……ああ」


 アッシュは少し緊張した面持ちでカップを受け取ると、ゆっくりとそれを口にした。

 一口、飲み干した瞬間、彼の体からぶわりと黒い瘴気が吹き出した。それは断末魔の叫びのような音を立てながら、朝の光の中に溶けるようにして消えていく。


 アッシュの体が大きくのけぞり、彼は苦しげに胸を押さえた。彼の左腕にまとわりついていた不気味な黒い痣が、まるでインクが水に滲むように薄れていくのが見えた。

 長い、長い間、彼の体を蝕み続けてきた聖剣の呪いが、今、浄化されていく。


 やがて、すべての瘴気が抜けきると、アッシュははあ、はあと荒い息をつきながら、自分の体を見下ろしていた。黒い痣はほとんど消えかかり、呪いの気配も感じられない。


「……体が、軽い。痛みが……ない」


 信じられない、というように呟く彼の声は、震えていた。

 長年の苦しみから、ついに解放されたのだ。

 アッシュはゆっくりと顔を上げると、僕の手を両手で強く、強く握りしめた。その灰色の瞳が、熱を帯びて僕を映している。


「フィン……お前は、俺の光だ」


 感謝と、安堵と、そして今まで抑え込んできたであろう様々な感情が、彼の瞳から溢れ出していた。

 次の瞬間、僕はぐいと腕を引かれ、彼の胸の中に抱きしめられていた。


「あっ、アッシュ……?」


 驚く僕の耳元で、彼が熱のこもった声で囁く。


「お前が俺を救ってくれた。絶望の中にいた俺を……生きる意味をくれた」


 そして、彼はそっと僕の体を離すと、僕の頬に手を添えた。真剣な眼差しが、僕の心を射抜く。


 感謝と愛情が、もう抑えきれない。そんな彼の心の声が聞こえてくるようだった。

 そして、彼の顔がゆっくりと近づき、僕の唇に、柔らかいものが触れた。

 それがアッシュの唇だと気づくのに、数秒かかった。初めての、口づけだった。


 驚いて固まる僕に、アッシュは少しだけ顔を離し、熱っぽい瞳で僕を見つめながら言った。


「愛している、フィン。俺のそばに、ずっといてくれ」


 その熱烈な告白に、僕の心臓は張り裂けそうなくらいに高鳴り、僕はただ、真っ赤な顔で頷くことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る