神様代行ー心優しき少女と傷ついた神の契約ー
みい
第一章「神との出会い」
白く霞んだ世界だった。
足元の感覚はなく、ただ浮かんでいるような夢の中だと直感で分かる――そんな不思議な空間だった。
モヤの中から一人の少年が現れた。十歳くらいだろうか。
その小さな身体は傷だらけで、羽織が泥に染まっていた。
見ているだけで胸が痛むほどだった。
けれど、その瞳だけは不思議な光を宿していた。
少年は青葉に近づき、こう告げる。
「この傷が癒えるまで神の仕事をしてくれないか……代行を頼みたい。」
突然の言葉に、青葉の頭の中は「?」でいっぱいになった。
どういう意味?神様の仕事?代行?
けれど少年の表情はあまりに必死で、今にも泣き出しそうだった。
「頼む。君しか居ないんだ――」
その声に、胸の奥がチクリと痛んだ。
「……分かった。やってみる。」
その瞬間、少年は安堵の表情を浮かべ、どこか不気味にニヤリと笑った。
次の瞬間、世界が真っ白に弾けた。
――夢から覚めた。
変な夢。
不思議な感覚が抜けきらないまま制服に袖を通し、リビングへ向かう。
父と母の明るい声、トーストの良い香りがいつもの朝に戻してくれる。
ただの変な夢。
気にしない――
そう思い、学校へ向かった。
「ただいまー。」
帰宅した時には、既に夢の事など気にも止めていなかった。
だが、自室に入った瞬間――
青葉は驚愕した。
あの夢の中で見た少年が、こちらを真っ直ぐ見ていたのだ。
「あ、あなた夢の中の子だよね!?
あれ夢じゃなかったの!?……え、まだ私夢の中!?」
混乱が一気に口から溢れ出す。
手が震え、頭の中がぐるぐるし、息がうまく出来ない。
そんな青葉を見つめて、少年はため息をつくように小さく首を振った。
そして静かに言った。
「夢の中で“代行を頼む”と言っただろ。お前は了承した。だから私は天から降りてきたのだ。
今日からお前に“神の仕事”を任せる。」
「……?」
あまりに現実離れした言葉に、青葉は何も発することが出来ない。
ただただ少年を見つめていた。
神様の代行?この子が神様?
どう考えても冗談だ。
けれど、その瞳には、子供には似合わないほどの深い影を感じた。
「幼くなどない。」
少年はふっと笑った。
「私は三百七十五歳だ。神としてはまだ若輩だがな。」
青葉はゾッとした。
――頭の中で考えたことを、答えられた。
少年は青葉の方を向き、淡々と続ける。
「お前のような人間の思考など読むまでもない。感情の揺らぎで全て伝わってくる。」
その声は静かだった。
けれど、背筋を冷たく撫でるような威圧感があった。
「……本当に、神様なの?」
ようやく落ち着きを取り戻した青葉は、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
少年は静かに頷くでもなく、ただ青葉の目をまっすぐ見ていた。
その無言の圧に、また少し胸がざわつく。
「夢の中であなた、傷だらけだった。
見ていられなくて……少しでも助けになればと思って、代行を引き受けたの。
でも正直、現実味がなくて、どうしたらいいのかわからない。」
言葉にしてみると、自分でも滑稽に思えた。
“神様を助ける”なんて――そんなこと、あるはずがない。
けれど、少年は何も笑わなかった。
静かに息を吐いて、青葉の瞳を見つめ返す。
「……お前だから頼んだのだ。」
低い声が部屋に響く。
「自信を持て。何も永遠に代行を任せるわけではない。
私の“傷”が癒えるまで――それまでの間、私の代わりに“人々の祈り”を受け取ってほしい。
その間、私はお前の傍にいる。力を貸す。安心しろ。」
その言葉が胸の奥に落ちた瞬間、青葉の頭の中に“何か”が流れ込んできた。
眩しい光。ざわめき。見知らぬ人々の声――祈りのような、嘆きのような。
思わず頭を押さえる。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、心のどこかが温かくなった気がした。
「……わかった。」
青葉は深く息を吸い込み、少年の前に手を差し出した。
「じゃあ、あなたの傷が治るまで。とりあえず“神様代行”、頑張ってみる。よろしくね、神様。」
少年はわずかに目を細め、口の端を上げた。
その笑みは、夢で見たのとは少し違って、どこか優しさを感じた。
「私は“シン”だ。――よろしく頼む、青葉。」
その瞬間、二人の間に見えない“契約”のようなものが結ばれた。
わずかに震える空気の中、カーテンの隙間から差し込む光が手を淡く照らす。
やがて光は二人を包み──奥で誰かが微笑んだ気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます