第二十話 護るような光

 ゆっくりと扉を開くと、そこに立っていたのは――

 昼間元気に挨拶してくれた、栗色の髪の少女だった。


「あっ、お姉ちゃん! 起きてたんだ!」


 フレデリカがぱっと笑顔を咲かせる。


「夕ごはんできたから呼びに来たの。ママが“起きたら食べさせてあげてね”って!」


「……ありがとう、フレデリカちゃん。すぐ行くね」


「うん! あったかいうちに来てね!」


 ぱたぱたと小走りで階段を降りていく背中を見送り、

 ナナミはふっと微笑んだ。


(いい子ね……とても明るいわ)


「うん……なんだかホッとしちゃう」


 ナナミは髪を整え、眠気の残る身体をひとつ伸ばすと、

 温かな食堂へと向かった。


  * * *


 木製の扉を押して食堂に入ると、スープの香りがふわりと広がる。


「ナナミちゃん! 起きたのね。さ、座って座って!」


 ダイアンが笑顔で手を振り、

 スコットは黙って席を引いてくれた。


「……食べろ。熱いうちが……一番うまい」


「え、あ……ありがとうございます!」


 寡黙だけど、さりげなく優しい。

 その気遣いに胸が少し温かくなる。


 スープをひと口。


「……っ、おいしい……」


 胃がやさしく満たされていく。


(久しぶりのちゃんとした食事ね。身体が喜んでるわ)


「ほんとそれ……」


 パンも、魚の煮込みも、野菜も、全部が温かくて優しい。

 ナナミは気づけば夢中で食べていた。


「おかわりあるわよ〜?」


「わぁ……食べたいです!!……すごく美味しいです!」


 久々にしっかりとした食事にナナミは舌鼓を打った。


 満腹になったナナミが深く息をつくと、

 フレデリカとテリィが皿を片付けながら手を振ってくれた。


「また明日ね、お姉ちゃん!」


「……おやすみ……」


 ナナミも笑顔で返す。


「おやすみ!」


  * * *


 部屋に戻り、扉を閉めた瞬間、

 外の喧騒が遠のき、静かさが戻ってきた。


「ふぅ……はぁ……やっと落ち着いた……」


(ええ。よく食べたわね。見ていて気持ちよかったわ)


 ナナミは小さく笑うと、

 ベッドに腰を下ろし、髪飾りにそっと触れる。


「ねぇアストラル……話の続き、してもいい?」


(もちろん。あなたが話したいなら)


 ナナミは胸元の小袋を握りしめ、取り出した。


 ビー玉ほどの大きさの、金色の石。


「これ……アビスリフトの下で会って助けてくれた……ルミナが、力を使い果たして……こうなっちゃったの」


 アストラルは一瞬沈黙し、

 やがて息をのむような声を漏らした。


(……それは、やはり輝晶核……

 でも……こんな“純度”、見たことがない……)


「アストラル、やっぱり知ってるの?」


(……ええ。ほんの少しだけ。

 深層に棲む“光流の生き物”──

 **輝流種(きりゅうしゅ)**という存在がいるの)


「き、輝流種……?」


(姿はクラゲに似ているけれど……本質はまったく違うわ。

 人にも海魔にも線引きされない、“高位の生命”。

 干渉を嫌い、人間の前に姿を現すことなんて……ほとんど、ない)


 アストラルは石を通して何かを“視て”いるかのように、言葉を選んだ。


(……その存在が……ナナミを救って、

 しかも“自分の核”を残して……消えた……?)


 声が微かに震えていた。


「アストラル……ルミナは……どうしてこんなこと……?」


(……わからない。

 高位存在の“選択”には、理由なんて推し量れないわ)


 けれど、とアストラルは続ける。


(……ただひとつだけ言えるのは──

 それは命より重い“願い”の結晶ということ)


「……願い……?」


(ええ。ナナミ。

 その石は……ただの素材じゃない。

 深海の核よりも価値がある……いえ、価値と言葉では足りないわ)


「…………」


(絶対に、誰にも見せてはだめ。

 争いの種になる。

 “何か”を託された可能性が、高すぎる……)


 ナナミはそっと石を握り込む。


 もう。その石に温もりは無かったが……それでもナナミは手放せなかった。


「……ルミナ……」


 あの金色の光が、ふっと胸の奥で揺れた気がした。


(ナナミ。今日はもう休みましょう。

 心も身体も疲れ果てているはずよ)


「……うん」


 小袋に石をしまい、胸元に抱き寄せる。


(大丈夫。ここなら安全よ)


 アストラルの優しい声が、寄せる波のように心を落ち着かせた。


 ナナミは布団にもぐり、瞼を閉じる。


「……アストラル……ありがと……」


(おやすみ、ナナミ)


 静かな海辺の夜。

 胸元で金色の石が、微かに光った気がした。


 ──それはまるで。

 眠る少女を、そっと護るように。

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