第十話 深海の金の祈り

 ナナミは、ぐったりと光を失いかけたルミナを胸に抱き寄せた。

 腕の中の小さな光は、頼りなく明滅し、まるで風前の灯火のようにちらついている。


「ルミナ……っ、ねえ……返事してよ……!」


 声が震え、喉の奥が痛むほど叫んだのに、返ってくるのは弱々しい脈動だけだった。

 ウツボの巨体は沈黙し、水底に影を落としたまま動かない。それなのに、ナナミの胸の奥だけは荒れ狂った海のように脈打っていた。


「どうして……なんでこんな無茶を……なんで私なんかのために……!」


 叫んでも、呼びかけても、言葉は泡のように消えていくだけだった。

 涙がぽたりと落ちた瞬間——

 腕の中のルミナが、最後の力でふっと柔らかく光を返した。


「……ナナミ……いきて……」


 その声は確かに聞こえた。

 耳ではなく、胸の奥に直接触れるように。


「ルミナ……?」


 返事を求めて抱きしめると、光は細く震えながら続いた。


「……まえへ……」

「……すすんで……」


 どれも途切れがちで、繋がりさえ危ういのに……

 それでも、その言葉は真っ直ぐに、迷いなくナナミへ向けられていた。


「やめてよ……! そんなの言わないで……!

 だって……だって私は一人じゃ……!」


 言葉の続きを言う前に、光がさらに弱まった。

 ルミナの小さな体が、砂のようにほどけていくように揺らぎ始める。


「……きみは……いける……」

「……ひとりじゃ……ない……」


「ルミナ!! 消えないで……! お願い……お願いだから!!」


 叫びは胸を切り裂くように漏れた。

 だが、ナナミが必死に抱きしめても、腕の中の存在は形を保てない。

 優しい光の粒子となり、淡い金色の粉となり……

 指の隙間から、そっと零れ落ちていった。


「いやだ……いやだよ……ルミナ……!」


 どれほど叫んでも、もう返事はなかった。

 光の尾が、彼女の胸の前を漂うように消え、最後のひらめきだけが静かな水に沈んでいく。


 ——その一瞬だけ。

 胸元に、ひとすじの温かな光が残った。


 そして。


 ぽとり。


 ナナミの膝の上に、小さなビー玉ほどの金色の石が落ちた。

 それは、消えたはずのルミナの光を閉じ込めたかのように、かすかに揺らめいていた。


「……ルミナ……?」


 震える指で石を拾う。

 触れた瞬間、石は一度だけ弱く光った。

 まるで「ここにいるよ」と告げるように。


「……ひっ……あ……あぁ……」


 堰が切れた。


 涙は止まらず、頬を伝い、石の上に次々と落ちた。

 肩が大きく揺れ、呼吸が乱れ、声にならない嗚咽が漏れる。


「ごめん……ごめんねルミナ……!

 私……もっと強くなるって……言ったのに……!

 守るって……約束したのに……!」


 石を胸に押し当て、ナナミはその場に崩れ落ちた。

 震える腕で抱きしめ、必死に涙を止めようとするが、止まらない。

 止められるわけがなかった。


 小さな光しか遺されていないのに……

 その喪失の重さは、身体が折れてしまいそうなほどだった。


「うぅ……あぁぁぁ……っ……」


 遺跡のひんやりとした水の静けさの中で、ナナミの泣き声だけが響く。

 いつも寄り添ってくれた小さな光は、もういない。


 呼んでも、返ってこない。

 抱いても、温もりはない。

 それでも、名前だけは呼ばずにいられなかった。


「ルミナ……ルミナぁ……」


 その声はだんだんと壊れ、かすれ、悲鳴のように変わっていく。


 彼女の慟哭は、冷えきった遺跡の広間で——

 静寂に、深く、痛ましく、いつまでも響き渡っていた。

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