君にできることを
七名菜々
1時間分
誕生日プレゼントに買ってもらったピカピカのスパイクの靴紐を結んで、ぼくは静かにほくそ笑んだ。真っ赤な革の上に踊る黒いちょうちょは、綺麗な左右対称だ。家で特訓をした甲斐があったぞ、とぼくは思う。
「おい、何にやついてんだよ」
顔を上げると、サッカークラブのチームメイトであるやっちゃんの姿があった。「なんだよ」とぼくが言い返すと、それを無視してやっちゃんは言う。
「なあ、おまえほんとに今日のパーティ来ねえの?」
今日は十二月二十四日。この練習の後、やっちゃんの家にチームメイトを集めて簡単なクリスマスパーティをやるらしい。
「だから、行かないってば」とぼくは答える。
「なんでだよ。仏教徒?」
「どちらかというとキリスト教徒だけど、今日は家業が忙しいの」
「カキクケコ?」
「それはカ行。じゃなくて、家の仕事。ぼく、お父さんを手伝わなきゃいけないから」
「フーン」とやっちゃんは納得行かない様子だ。「じゃあ、来年は来いよな」
「来年も無理だよ!」
ぼくはそう言って立ち上がり、昨日の雨でぬかるんだグランドにボールを蹴りながら、やっちゃんを置いて走って行った。
***
練習を終えて浮かれた様子でやっちゃんのクリスマスパーティへと向かうチームメイトを尻目に、ぼくは年の瀬の挨拶もそこそこに自転車に跨がり超特急で家へ帰る。しかし、家では大事件が待っていた。
「えっ! お父さん、ぎっくり腰だって!?」
「そうなの」とお母さんは困った顔をする。「大きな箱を持ち上げた拍子に。予想外に軽かったらしくてね、勢いあまって。重いの持ち上げるよりもそういうときになりやすいんだってね」
「のんきに言ってる場合じゃないでしょ! どうするの、今日の仕事は!」
今日は年に一回の大仕事の日だ。そんな日にお父さんが動けなくてどうするというのだ。
「まあ、そこはね。頭を下げればどうにかなるから」
「そういう問題じゃないでしょ! だってどうするの、町中の子供たちが楽しみにしてるんだよ?」
「あのねえ、あんただって子供でしょ。子供がそんなこと気にしなくていいのよ」
「でも!」
ぼくはお母さんに抗議しようとしたが、お母さんは「はいはい」と適当にあしらってどこかへ行ってしまった。
ぼくは失望した。お母さんの責任感のなさに。こんな時に身体を壊すお父さんにもだ。
そして決心した。二人が頼りにならないなら、ぼくがなんとかするしかない!
***
その日の夜、お腹が空いちゃったから、と嘘をついて夕飯を早くしてもらい、早々にお風呂に入って、早々に床についた。ふりをした。
お父さんが寝室で横になり、お母さんはそれに付きっきりで看病していることを確かめると、ぼくはこっそり家を抜け出し、離れの工房へ忍び込んだ。
暗闇の中、手探りで電気を点けると、目の前に煌びやかな風景が広がる。赤緑金銀、色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントが壁一面に積み上げられているのだ。今晩、このプレゼントを町の子供たちに届けるのがぼくのお父さんの仕事だった。
部屋を調べると、隅にある事務机に大きな紙に印刷された地図が広げて置いてあるのを見つけた。それはこの町全体を映したもので、よく見ると赤いペンで細かく書き込みがされている。お父さんが計画を立てていたのだろう、プレゼントの管理番号と配達先、そして効率良く回るためのルートまで、地図を見れば一目瞭然になっていた。
少子化の影響に働き方改革も合わさって、今晩配らなければならないプレゼントの数はたったの五十個。ぼくがもっと小さい頃は何百個も一晩で配っていたそうなので、その頃に比べればずっと簡単な仕事だ。
「うん、これならぼくにもできそうだ」
ぼくは自転車の前籠にプレゼントを積み、サドルに跨った。いっぺんに全部は持てなかったので、まずは十個を届けに行く。
最初に行くのは一番ご近所、斜向かいのエリちゃんの家だ。門を開けて庭側から忍び込むと、奥の方にエリちゃんの部屋がある。部屋の窓の鍵は約束通り開いていて、ぼくは音を立てないように慎重に窓を開けた。エリちゃんは窓際のベッドでお利口に眠っている。窓から手を伸ばすと、部屋に上がらなくても枕元にプレゼントを置くことができた。
よし、上出来だ。この調子なら、五十個どころか百個だって余裕で配れちゃうぞ。
しかし、順調に行ったのは最初だけだった。
二個目の配達先は高層マンションだった。部屋への入り方が分からなくて、エントランスをうろうろしていたら警備員に摘み出された。
三個目は地元で有名な双子の悪ガキの家。窓を覗くと「サンタを捕まえるぞ!」と二人して部屋で暴れ回っていて、ぼくはプレゼントを置くことができなかった。
そして四個目。そこはぼくもよく知っている、デカくて怖い犬のいる家だ。
塀の隙間から庭を覗くと、幸い犬は眠っているようだった。ぼくは起こさないように慎重に、犬の前を忍び足で通過しようとした。
しかし、そんなぼくの努力も虚しく、足元で何かがパキッと音を立てた。途端に犬は目を覚まし、勢いよくぼくに飛びつこうとする。
「うわあっ!」
ぼくは悲鳴を上げながらも、どうにか犬の突進を躱した。バウバウと吠える犬の声が怖くて、ぼくはプレゼントを抱えたまま逃げ出す。しかしそれがいけなかった。
慌てて走り出したぼくは、自分が停めた自転車にぶつかり、思い切り転んでしまった。ガシャン! と大きな音を立てて自転車も一緒に倒れ、籠にあったプレゼントが地面へ放り出される。さらにそこで、もっと悪いことが起きた。
「ああっ!」
地面に落ちたプレゼントが、運悪く水溜りに入ってしまったのだ。
慌ててぼくは拾い上げたが、もう手遅れだった。お父さんが大事に大事に準備した綺麗な包み紙のプレゼントが、水に濡れてぐずぐずになってしまったいた。
「ど、どうしよう」
みんなのプレゼントなのに。町中の子供たちが楽しみにしていたのに。五十個のうち一個しか届けられてないのに。ぼくが全て台無しにしてしまった。どうしよう、どうしよう、どうしよう。
その時だった。
不意に、空から真っ赤な光が差した。
驚いて上を見ると、そこには筋骨隆々の鼻が光るトナカイを従えた、戦車みたいなそりが浮かんでいた。そこに乗っているのは、赤い服を着た白髭の老人。
「お、おじいちゃん!?」
そう、それはぼくのおじいちゃんだった。何年か前に引退した、伝説のサンタクロースだ。
「ホー! ホー! ホー! こんなところにいたのか、ユキ。皆心配していたぞ」
「おじいちゃん、どうしてここに?」
「君のお父さんに頼み込まれてな。仕事を手伝いに来たのじゃ。まったく、わしはとうに引退したというのに。可愛い娘にまで頭を下げられちゃあ、力を貸してやる他ないじゃろう」
それを聞いて、ぼくは肩を落とした。
なんだ、『頭を下げる』ってお母さんが言ってたのは、おじいちゃんに代わりを頼むことだったのか。だったら余計なことしなきゃよかった。ぼくがぼくにできもしないことをしたせいで、せっかくのプレゼントを駄目にしてしまった。
---
【私信】古賀さん、および古賀コン関係者の皆様へ
1時間以内で書けたのはここまでです。次話はタイムオーバー分ですので、場外戦としてお楽しみください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます