負けっぱなしの下剋上戦記

暴走する弟子（ひかり）と、三つ巴の観察

転校生は嵐

赤城 煇（あかぎ ひかる）が1年生のクラスに転校してきた翌日、学校中の生徒たちは彼女の話題で持ちきりだった。その完璧な容姿は、たちまち「学園の二大美少女（天堂、赤城）」として、天堂沙耶香と比較される対象となった。

しかし、煇の行動は、沙耶香のような優雅な孤高さとは真逆だった。

「ししょー！今日も一緒に登校したかったのに、抜け駆けはダメだよ！」

朝のホームルーム前、煇は玲司の教室までやってきて、玲司の席に張り付いた。玲司が無視しようとすると、煇は玲司の机に持参したコントローラーやゲーム雑誌を並べ始めた。

「ねえ、昨日の格ゲーのアップデート、師匠はもう触った？あの新キャラのフレーム解析、一緒にやろうよ！」

玲司は、クラス中の好奇の視線にさらされ、顔を赤くした。

「おい、煇！ここは学校だぞ！それに、俺はもうゲームばかりやってない！それに…師匠なんて呼ぶな！」

「えー、どうして？師匠は私の師匠でしょ？私を置いていった罪滅ぼしとして、永遠に私の『攻略対象』でいてもらうんだからね！」

煇は、周囲の視線や華恋の存在など全く気にせず、玲司への純粋な執着とゲームへの熱意を剥き出しにした。

華恋の胸騒ぎ

華恋は、玲司の隣の席で、この状況を固く唇を噛みしめて見つめていた。

（絶品って噂の転校生が、玲司の…弟子？しかも、玲司を『攻略対象』って…）

華恋は、沙耶香の冷たい理不尽さには耐えられた。あれは、遠い天才が仕掛ける試練だったからだ。しかし、煇の無邪気で熱烈な執着は、華恋の心を強く揺さぶった。煇は、玲司の「ゲーマー」という側面を最も理解し、求め、そして玲司に真っすぐぶつかってきている。

玲司が、自分との関係を修復したばかりだというのに、早くも現れた新たなライバル。華恋は、再び、自分の「凡人」としての自信が崩れていくのを感じた。

「玲司は…本当に、モテるのね…」華恋は俯いて、そう呟いた。

「華恋、違う！あいつはただの過去の負債だ！」

「いいよ、師匠。華恋さんでしたっけ？私、華恋さんのことも知ってますよ！師匠の幼馴染で、恋愛シミュレーションの練習台なんでしょ？ふふ、私の方が、先輩の『本質的なゲーム趣味』を理解してますから、心配いらないよ！」

煇の悪気のない一言が、華恋の胸に鋭く突き刺さった。

天才の新たな観察

この騒動を、教室の後ろ、窓際で静かに見つめている人物がいた。天堂沙耶香だ。

彼女は読書をしながらも、その視線は、玲司、華恋、そして煇の三角関係に注がれていた。

（赤城煇…『絶品』という噂は伊達ではないわね。そして、彼女の行動原理は、『師匠への執着』と『ゲームへの純粋な情熱』。これは、私の『退屈』と『完璧さの確認』とは全く異なるタイプの、極めて興味深い非合理データだわ）

沙耶香の予測では、玲司は華恋を選び、関係は収束するはずだった。しかし、煇という規格外のバグが、玲司の平穏を、そして華恋の修復されたばかりの心を、再び揺さぶり始めた。

沙耶香は、口元に微かな笑みを浮かべた。それは、久しぶりに予想外の事態が発生したことへの、知的興奮を表していた。

「ふふ…笹野くん。あなたは本当に、退屈を打破してくれる、最高の挑戦者だわ」

沙耶香は、玲司に「選択」という試練を与えたばかりだ。しかし、煇の登場によって、彼女の退屈は再び刺激され、この三人の関係は、沙耶香の新たな観察対象となったのだった。

玲司の凡人の日常は、弟子、幼馴染、そして天才という、三つ巴の観察と攻略の舞台へと変貌を遂げた。