ここは、おかしい


 その遊覧船は、自分が知っているものとは違っていた。

 土台となる船は、自分の知っているそれだったが、上に乗っかってるものが奇妙なのだ。見た目を何に例えていいかわからない。強いていうならば、三日月を半分に切って、上半分を船に乗せたような。それが置物であるならこの奇妙さを感じなかっただろう。問題なのは、あれが幾つもの部屋というか、建物がアンバランスに積み重なっており、三日月の先端部分に関しては、どうしてその形を保っているのか不思議でならない。物理的におかしいのだ、あの積み方は。なのに、先端の部屋は危うさを感じない。

 

「あの部屋にはそれぞれ、あいつらが住み着いているんです。困ったことに。本来ならあれは、わし達のものだったんです。あぁ、ほら、今部屋に灯りが灯った」

 

 じいさんは指を指す。

 よく見ると、部屋それぞれに誰かが住んでいるのか、灯りがついている。中までは見えないが、障子に写し出されるシルエットが、どうにも不気味だ。


「誰がいるんです?」

「ほら、今。障子が開いた部屋。あそこはわしの部屋だったんです。あぁ煙管なんて吹かして。まるで自分の部屋のように扱って」

「あの」

「この船は喰われてしまった船なんです。沈むのも時間の問題です。どうにかあの遊覧船に近づいて乗り込みたいもんです。そこで、貴方に助けてほしいんです」


 こっちを放ったらかして話をしていたじいさんは、突然こちらを凝視した。瞬きをしていないのか、目が充血している。俺はあの船より、このじいさんが怖い。


「この船の船首に舵があります。それを操作して、あの、あの遊覧船に気付かれずに近寄ってほしいんです」


 じいさんは熱弁しながら、腕を掴んできた。酷く痩せこけた、骨張っている手。だが力が強く、振りほどけない。

 

「そんなに詳しいなら自分でいけば」

「お願いします、お願いします」


 じいさんは何を言ってもそれしか言わない。

 それしか言わなくなった。

 まるでゲームの進行キャラのようで、こちらが正しい選択をしないと会話が進まない。同じことを言い続けている。

 会話が成立しない。じいさんは、ずっとお願いしますしか言わない。握る力だけが強くなっていく。ついには首を掴まれた。このままでは殺される。じいさんの手を掴むがびくともしない。

 あぁまずい。

 ここがどこかもわからないで死ぬのはごめんだ。


 「わ…かっ。やる…」


 そう言った瞬間じいさんは、ぱっと手を話し、にたりと笑った。俺は咳き込んでいるというのに、あっちはおかまいなしに話を進めてきた。


 「いいですか?まずは船首に行かなくてはなりません。ただし、外のあれらにみつかったら終わりです。私は何人もの人間の最期を見てきました。わしの言うとおりにすればよかったんです。頼むから言うことを聞いてくれ」

 

 説明しているのか、怒っているのか。彼の情緒は明らかに可笑しい。だが、こちらが口を挟むこともなく彼は説明を続ける。

 

「あいつらがこちらを見てない隙を狙ってあっちまで行くんです」


  指を差している。暗闇の向こうにあるはずである、舵。運転の仕方なんてわからないが、どうにかなるのだろうか。聞こうとしても無駄だろう。どうせ、このじいさんは答えてはくれない。


 「一番注意しなくちゃならないのは右側の窓です」


 そういえば、不自然に片側の窓全部に板が乱雑に打ち付けられている。そのせいもあって部屋が暗いのだ。よく見れば釘の打ち付け方が甘かったり途中で折れていたりしている。余程慌てて打ち付けたのだろうか。どうにか隙間から外を見ようとすればじいさんが髪を掴んで引っ張ってきた。


「なにをしてるんですか!あんなのを見たら、精神いかれて死ぬじゃないですか!」


 これまた物凄い形相で叱られた。

 

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