竜王の学園生活――人見知り棋士、好きな女子に家庭教師になってもらう
有原優
第1話 家庭教師契約
立花竜輝は将棋の棋士だ。
すでに将棋のタイトルの一つ竜王を取っている。
竜王位というのは将棋の八大タイトルの一つであり、名人に次ぐ上位のタイトルである。また賞金だけで言えば名人よりも上という事になる。
つまりすでにそれを取っている。つまり、天才棋士である。
数々の話題を生み、すでに将棋界の顔になっている彼。
だが、そんな彼にも困ったことがある。
友達がいないという事だ。
「はあ、今日も一人か」
彼はため息をつく。
竜王を取るほどのプロ棋士は、将棋の対局のために学校を休むことが多い。それも進級が危ぶまれるほどに。
そのため、1年の時は文化祭や、体育祭などのイベント行事を休むこととなってしまった。
となれば、結末は一つ。ぼっち化だ。
最初は将棋のプロだということの珍しさで、竜輝に話しかけてくる人たちもいた。
だけど、彼は知らなかった。人と上手く話す方法を。
そもそも竜輝は、将棋の勉強に青春時代のほとんどを捧げてきた。それに親も竜輝が中学に上がる前に他界したために、親に遊んでもらった記憶もほとんどない。
そのため、人と話す機会もほとんどなく、人見知りになっている。
だからこそ、その将棋棋士という職業の珍しさに惹かれた人たちに対しても、上手く話せない竜輝は、すぐに興味を失われる。
そのまま彼はぼっちになってしまった。
だが、そんな彼には今野望がある。
友達を作る事?
勿論それもしたいことの一つではある。
しかし、違う。それよりも一段とハードルの高いことだ
彼には好きな人がいるのだ。
それは、隣の席の田島リサだ。
彼はその子を好きになったきっかけはいたって単純だった。
隣の席になった時に彼女が見せた笑顔。
その、「今日からよろしくね」という彼女の口から放たれた言葉。
俗にいう一目ぼれであろうか。だけど、直ぐに一目ぼれではないと感じた。リサの普段から明るく、隔てなく話しかける姿に惚れてしまったのだ。
(なんて、話しかければいいんだ)
だけど、竜輝はずっと話しかける機会を見失っていた。
勿論向こうから話しかけてくれるのをただ待っていたわけではない。
自分から話しかけに行こうと、幾度もチャレンジをした。
だけど、それらすべてが竜輝の身に宿る恐怖心、そして人見知りによって幾度も阻止されてきた。
「明日は対局日か……」
明日の授業は出られないことが確定している。
A級順位戦の対局があるのだ。
A級の対局は長い。朝九時から、深夜までやるのだ。
そうなればリサに会う機会すら全くなくなるだろう。
今日は、今日こそは話しかけたい。
その思いで、意を決して、竜輝は話しかけた。
「あの、田島さん」
その瞬間リサは振り向く。その奇麗な顔を見て、竜輝の心に緊張が襲う。
(えっと、何を話せばいいんだ)
竜輝は考える。
話しかけたのはいいものの、何を話せばいいのか分からない。
(くそ、気を抜いたら将棋の話ばっかりになりそうだ。おとといの長谷名人の対局良かったなとかじゃない。
……くそ、将棋だったら、相手の手を読めるのに、なんで会話だといつもこうなんだ)
将棋だと、相手の手を読み、それを超える手を指すことが出来る。
つまり先読みだ。
だけど、会話だと、相手の考えが全く読めない。
そもそも相手に嫌われない方法を知らない。
竜輝の心に、もやがかかる。
しかし、熟考ののち、彼は解を思いついた。
今この場で、話の話題を作る方法をだ。
「数学の授業のノート見せてくれない? ちょっと、取り忘れてたことがあって」
結論。公的な会話にしてやればいい。
勿論授業はちゃんと聞いてるし、ノートも取っている。
だが、このようにした方が縮められるのではないかという事だ。
無論本音を言えば、共通の趣味であるゲーム。
ホラグナイトバーサスの話をしたかった。
一緒のゲームをしていることを知っているのだ。
だけど、いきなりそれはハードルが高すぎたのだ。
「いいよー、ぜひ見て? それとも私が教えてあげよっか?」
その発言に竜輝は固まった。
まさかそんな返しがあるとは思っていなかった。
「え、じゃあ、お願いします」
緊張しながらも、竜輝はたどたどしくそう返した。
まさかこんなに、上手く行くなんて。
一緒に勉強、という事は一緒にいられるという事だ。
仲良くなれるチャンス。
竜輝は心の中でひそかにガッツポーズを決めた。
そこから、リサの解説タイムが始まった。
まず、田島さんは教えるのが上手い。そう思った。
竜輝にとってちゃんと理解していたと、自分の中で思っていた数学の問題の解。
だが、リサの解説を聞き、きちんとは理解していなかったことが分かったのだ。
たったの五分間の解説だったのだが、それだけで五十分くらいの濃密な授業だった、と感じられた。
なんなら、先生の授業よりも理解できたかもしれない。
「ちゃんと理解できた?」
リサは解説の最後にそう言った。
「あ、うん」
理解できたところの話じゃない。
完璧だ。完璧に理解できた。
「ありがとうございます」
全力で竜輝は頭を下げた。全身で感謝を表すように。
「あはは、良いって。将棋の対局で忙しいんでしょ? 取りこぼしがあったって仕方ないよ」
ああ、優しいな。
そして好きだという自分の気持ちを再確認できた。
そのにっこりと笑うリサの表情。それに、引き込まれていく。そんな感じがあった。
そしてその後リサは「じゃあね」と言って席に戻ろうとする。
その瞬間竜輝に、これでいいのだろうかという迷いが生じた。
せっかく会話できたのだ。このチャンスを生かさなきゃいけない。
これでは再びただのクラスメイトで終わってしまう。
「これからも僕に勉強を教えてくれませんか?」
おこがましいお願いだとはわかっている。
でも、お願いせずにはいられない。
「お金は払いますから」
「お金? うーん、どうしよっかな、どれくらい貰おっかな」
「そうですね……僕が出せるのは、一千万円くらいですかね」
竜王戦の賞金が三千万円超だ。税金で惹かれたり、将来に残すお金は除いたとしても、それだけのお金は動かせる。
「冗談上手いね」
リサはそう言って笑う。
「あ、でもプロ棋士だからそれくらいのお金は動かせるのか」
そう頷いて見せた後、
「でも、そんなにはお金いらないから。でも、お金は欲しいんだよね。うーんじゃあ、時給二千円くらいくれないかな?」
高校生のバイトなら千円前後がほとんど。
それよりも値段が高い。
だが、竜王である竜輝には余裕で払えるお金だ。
「分かりました。払いましょう」そう、竜輝は頷いた。
その時の竜輝の表情。
外面ではあくまでも真面目な顔を貫いていた。
だが、内心は嬉しくてたまらない。憧れの田島さんに勉強を見てもらえることになったのだから。
その後、竜輝は緊張しながらも、契約書をかいた。リサが契約内容をきっちりとしていたかったからだ。
そして、色々と細かいことを決めた。
それは、将棋の対局日に重なっている日の翌日に図書館に行って教えるという事だ。
一日分からない状態で学校の授業を受けなくてはならない。
それは、避けたい事態ではあるが、一日は仕方がない。
リサと共に勉強できるのが何よりも嬉しいのだから。
「それで、最初の対局日は明日なのよね」
「ええ」
「じゃあ、明後日が最初に図書館に行く日ね。りょーかい!!」
そう、笑顔で言うリサの声を聴いて、正直ドキッとした。
そうか、と竜輝は理解した。自分は田島さんの笑顔が好きなのだと。
明後日からこの笑顔を独占できるんだと思ったら嬉しくなった。だが、竜輝はすぐさま首を軽く振った。
この人にとって竜輝はただのパートナ。
ただ、お金を貰えるから勉強を教えるだけだ。
でも、それが大きな一歩だ。リサと友達になるための、大きな大きな一歩だ。
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