千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。

@ARkn3Jnnb1TVm9

第1話 転生の記憶

 闇の底から、ひとすじの光が差した。

 意識が浮上するその刹那、私は名前も、時代も、肉体の感覚すらも持たなかった。ただ、幾多の生を巡った“記憶の残滓”だけが、静かな波紋となって揺れていた。


 死の直前——私は確かに見た。

 燃え落ちる川越の城。

 飢饉に倒れる民。

 権謀の渦に沈む河越家。

 崩れゆく武蔵国の未来。


 そして、何度繰り返してもそこへ辿り着く「滅亡」という結末。


 だがそれは、今回も避けられなかった。

 首筋を断った刃の冷たさと、地に崩れ落ちた瞬間の感覚を、私は確かに覚えている。


 ならば——なぜ今、私は再び目を開こうとしているのか。


 光が強まる。

 温かい布に包まれ、誰かの腕に抱かれていることがわかる。

 柔らかい感触。かすかな香。

 これは……産声を上げたばかりの、赤子の感覚。


 私はまた、生まれたのだ。


(……輪廻は続いたか)


 胸の奥底で、熱が静かに脈打つ。

 次の瞬間、私の中に奔流のような知識が溢れた。

 灌漑、土壌改良、疫病対策、弓馬、道路構造、城郭工学、外交、兵站、統計学……

 見覚えのある情報ばかりだ。

 いや、これは「前世」で私が積み上げた技術と経験だ。


(また……ここから始めるのだな)


 どれだけ時が遡ったのかはわからない。

 だが、耳に届く言葉づかいと、周囲の衣服、そして屋敷の造りから察するに——


 ここは、平安末期。


 そして私は、


「……重綱さま。元気であられる」


 母の声が耳元に落ちた。

 その言葉で、確信する。


(私は……秩父重綱として、再び生を受けた)


 武蔵国を守護し、後三年の役で名を挙げ、河越家の礎を築く男。

 だが同時に、史実ではやがて没落へと向かう河越家の“最初の始祖”でもある。


 私は知っている。

 未来で何が起こるのか。

 河越家が何度も衰亡の危機に陥るのか。

 そして何度、私の生まれ変わりが必死にそれを回避してきたのか。


 だが、すべての道筋の先に滅亡があったことも、私は知っている。


(だからこそ……今回こそ)


 私は決意する。

 どれほど歴史が激流であろうとも、流れを変える。

 誰にも気づかれぬよう、しかし確実に。


 ——河越家は滅ぼさぬ。

 ——武蔵国を豊かにし、

 ——民を飢えさせず、

 ——戦を無意味に終わらせ、

 ——災害すら予見して防ぐ。


 そのためには、現代で学んだあらゆる科学を、曖昧な言葉や“神託”に偽装しながら広めねばならない。

 土木、農業、衛生、医療、軍事。

 すべてを“この時代の言語”で語り、受け入れられねば意味がない。


 そして——


 私は胸の奥に、もう一つだけ確かな感覚を抱いていた。


(……Qクリスタルが、ここにもある)


 古代から河越家に伝わる、不思議な石。

 それは実際には“量子情報結晶”で、私の輪廻の記憶を保存している媒体だ。

 出生の瞬間、私は確かにその共鳴を感じた。


 つまり、過去の重綱たちの記憶はここに受け継がれている。

 その力を使えば、どれほどの混乱の時代でも乗り越えられる。


(だが……不用意に使えば、歴史の均衡を壊す)


 私は深く息を吐く——いや、赤子の体ではそれすら難しい。

 肺が震えるだけだ。


 それでも、私は理解している。


(慎重に、着実に。河越家は今が最も重要な岐路にある)


 やがて周囲の人々が私の名を呼ぶ。


「重綱さま……重綱さま……」


 その声は暖かく、誇りに満ちていた。

 河越家の未来が、この声に込められている。


(ならば、応えねばなるまい)


 私は産声を上げる。

 かすかだが、確かにこの世に存在を示す叫び。


 その瞬間、私は誓った。


 ——ここから始まる。

 ——河越家千年の歴史を、滅亡から遠ざける旅が。

 ——そして最後には、すべての輪廻を統合する未来への道が。


 重綱としての第一歩は、静かに、しかし確実に踏み出された。


 河越家の栄枯盛衰を変えるために。

 そして、絶対に滅びぬ一族を築くために。

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