夜の歌姫(Nocturne)
闇の中の告白
ライブハウスの裏手
雨上がりの湿った空気と、ネオンの光も届かない影の中で、間宮真司とノクターンの中の女性は対峙した。
真司が声をかけた瞬間
彼女は弾かれたように顔を上げた。フードの奥で、彼女の瞳が警戒と戸惑いを露わにしている。
「…どちら様でしょうか。私、急いでいるので」
声は低く、感情を押し殺したようだったが、紛れもなく、真司が数多の楽曲で聴き、その「魂」の輪郭を増幅させてきた、あのノクターンの声だった。
真司は平静を装い…
ゆっくりと、しかし強い確信を持って言葉を選んだ。
「驚かせてすみません。俺は、間宮真司といいます。ノクターンさんの――ええと、アバターの絵を描かせてもらった者です」
彼女の警戒の色が、一瞬で驚愕へと変わった。彼女はフードを少しだけ下げ、真司を凝視する。
「……え、マミヤさん?あなたが?あの時、事務所を通して一度も顔を合わせなかった……」
「はい。その時は、ご挨拶できずすみませんでした」
真司は続ける。
彼の心臓は激しく波打っていたが、スキルを無効化した後の冷徹な思考が、彼の口を動かしていた。
「あなたに、少しだけお話したいことがあります。…あなたが今、『自分の歌じゃ、もうダメなのか』と悩んでいることについて、です」
女性は息を呑んだ。彼女の疲弊しきった顔に、動揺と憤りが混ざる。
「盗み聞きを?プライベートな話よ。あなたには関係ないでしょう」
「盗み聞きじゃない。あなたの声が、心の内が、俺には聞こえてしまった。正直に言います。俺は、あなたの描いた『ノクターン』というアバターの絵師であると同時に、あなたの熱狂の正体を知っているからです」
真司は、一歩踏み込んだ。ここで真実を突きつけなければ、彼女は瑠衣と同じように虚像の上で崩壊する。
「ノクターンさん。あなたの歌声は、間違いなく本物だ。その孤独感、芯の強さ、それは多くの人の心を打つ」
真司は、彼女が抱きしめている古びたタオルに視線をやった。
「だが、リスナーがあなたに熱狂しているのは、あなたの歌声だけではない。俺の描いたアバターを通して、リスナーは『あなたの魂の孤独』を、まるで自分のことのように体感していた。それが、俺の絵のスキル――共感付与です」
女性は全身が硬直した。タオルのアバターを見つめる視線が震えている。
「何を、言っているの……?」
「あなたが、自分の歌じゃ『ダメ』だと感じているのは、そのバフが薄れ始めているからです。初期の熱狂が消え、人々はあなたの歌を『遠い存在』として評価し始めた。このままでは、あなたのファンは次第に離れ、あなたは『一発屋』で終わる」
真司は、自分の過去の罪を告白するかのように、淡々と核心を突いた。
「俺は、そのバフを作り出し、そして、つい先日、俺のスキルに依存して自己過信していた恋人の創作活動を、そのバフを消すことで、崩壊させました。俺の力は、人を破滅にも導く」
真司は、自己の絶望を包み隠さずに見せた。この絶望こそが、ノクターンに真実味を与える唯一の武器だった。
歌姫の渇望
彼女は沈黙した。警戒は消え、残ったのは深い動揺と、真実を突きつけられた者の恐怖だった。
やがて、彼女は力なく座り込み、フードを深く被り直した。
「……信じられない。でも、最近のレビューは、まさにあなたが言った通りだわ。『初期の感動がない』『どこか遠くなった』って……」
彼女は、素直に自分の不安を口にした。
「私の本名、久遠アヤ(くおん アヤ)よ。歌が私の全てだった。でも、ノクターンとしてデビューして、急にバズりすぎて……自分がどこにいるのか分からなくなった。私の歌が、本当に優れているのか、ただの『流行のアイコン』だったのか、分からなくて怖かった」
真司はアヤの目を見て言った。
「あなたの歌は、優れている。しかし、表現が『純粋すぎる』。アヤさん。あなたは、ノクターンとして『孤独』を体現するが、その孤独は『美しく整頓された孤独』だ。瑠衣と同じで、泥臭さがない。だからこそ、俺の増幅スキルが機能した」
「泥臭さ……」
「はい。あなたが本当に表現したいのは、ただの『綺麗な孤独』じゃないでしょう?『誰にも理解されない』という焦燥、『夢が叶わないかもしれない』という不安、『成功への渇望』。そういった、生々しい感情こそが、あなたの歌声の奥にあるはずだ」
アヤは顔を上げ、濡れたアスファルトを睨みつけた。彼女の瞳に、真司の言葉が火花を散らしているのが見えた。
「そうよ……私は、ただ綺麗に歌いたいんじゃない。心を、魂を、全部剥き出しにして、ステージで叫びたい。でも、ノクターンのアバターやコンセプトが、それを許さない気がしていた」
彼女は真司を見つめた。
その瞳には、すでに警戒の色はない。残っているのは、才能への焦燥と真実への探求心だけだった。
「マミヤさん。あなたのスキルが本物なら……教えて。どうすれば、私は『本物の熱狂』を手に入れられるの?あなたに見抜かれた、この私自身の『汚いエネルギー』を、どうすれば外に出せるの?」
エンチャント・アーティストの提携
真司は、アヤのその言葉を待っていた。
この女性は、瑠衣とは違う。自分の成功が虚像だと知った時、逃げるのではなく、真実の力を求めた。
真司は静かに、手を差し伸べた。
「簡単です。俺は、あなたの絵師をやめません。ですが、俺の仕事は、もはや単なるイラストレーターではない。俺は、エンチャント・アーティストとして、あなたと二人三脚で活動する」
アヤは戸惑いながらも、真司の真剣な瞳を見つめた。
「二人三脚、とは?」
「俺は、あなたの『魂の通訳』になる。あなたは、今後、歌うことだけでなく、『ノクターンの魂』を語り、『中の人のアヤ』の感情を、ありのままに発信する。俺は、その『発信された本物の感情』を、ノクターンの新しいアバターデザインに落とし込む」
真司の言葉は熱を帯びた。
「俺のバフは、素材の良さを最大限に増幅させる。あなたの歌声の奥にある『本物の焦燥』、『泥臭いほどの渇望』を、新しいデザインを通して、視聴者の心に体感レベルで突き刺す」
「それは、私が『生々しい』部分をさらけ出せば出すほど、強くなるということ?」
「その通りです。ノクターンというアバターは、あなたの『剥き出しの魂』を世界に放つための増幅装置に変わる。リスナーは、単なる『綺麗な歌姫』の孤独に寄り添うのではない。『目の前の生身の人間が、必死にもがき、歌い続けている現実』を体感し、熱狂的なファンと化すでしょう」
アヤは立ち上がり、真司の差し出した手を見つめた。彼女の顔には、迷いと同時に、失意の底で見つけた希望の光が灯っていた。
「私の全てを、あなたに委ねるのね」
「俺も全てを失った。俺に残されたのは、この力だけだ。俺は、あなたの夢を叶えることで、自分の存在価値を証明したい」
真司は、瑠衣との偽りの愛を清算した今、初めて自分の能力を真のパートナーのために使いたいと願っていた。
アヤは、真司の冷たいほどの真剣さに打たれ、意を決したように手を握った。
「わかったわ、マミヤさん。いいえ、真司さん。私、久遠アヤは、あなたをエンチャント・アーティストとして受け入れる。私の魂を、あなたに委ねるわ。もう一度、本物の熱狂を掴むために」
夜の街の片隅で、失意の絵師と、焦燥の歌姫による
『成り上がりのための秘密同盟』が、静かに成立した。
運命の歯車が、今、完全に噛み合った。
Maybe it will continue further?
▶▶▶▶▶▶
【作風思案中】
皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。イラスト生成する際の閃きやヒントに繋がります。
宜しくお願いします。
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