過保護すぎる紳士魔導士と、恋を知らない星読み巫女

@hunyako

プロローグ

―星が、読めない

祭壇の前で、リィナはそっと息をのんだ。


場所は教会。石造りの天井は高く、そのさらに上に見える星空には、数えきれない星が瞬いている。

星は、人の感情を映す。

 青は静かな好意

 黄は喜び

 紫は不安

 赤は怒り

 白は安心

 黒は憎しみ


本来なら、そこに浮かぶ星々は、星読み巫女であるリィナには一つ一つが色を帯びて見えるはずだった。


そう、本来なら・・・


けれど、今、リィナの目に映る星々は―-


「・・・まるで、嵐みたい・・・」


視界が揺らぐ。にじむ。軌道が乱れ、色がほどけ、光が合わさり、ちかちかと瞬き続けている。


 胸の奥がざわざわとざわめき、指の先からどんどん胸に向かって冷たくなってくる。どんどん息が荒くなる。


「星読みの巫女よ、どうしたのじゃ」

背後から静かな、威厳のある声が降ってきた。

教会を束ねる大司祭の声だ。


「い、いえ……少し…星が…」


 言い終える前に視界が黒く染まっていく

くらっとして、体が床に近づく。

―ぶつかる!!


そう思った瞬間、リィナの身体は誰かに支えられていた。


「立てますか」


 耳元で落ち着いた、でもどこか焦ったような声が聞こえた。


目をゆっくりと開いて顔を上げると、そこには黒衣の男性がいた。

深い紺色のロングコートに、金色の刺繍。胸元には教会の紋章をあしらったブローチ。

 端正な顔立ちに、静かな灰紺色の瞳。


――知らない人だ。


「…あの」


「無理はしないでください。足元がふらついています」


男性は短くそう告げると、支える手に力を込めた。


手袋越しの掌は冷たく、それなのになぜか、不思議とリィナに安心をくれた。


 祭壇の下から、大司祭がゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「星読みの巫女リィナ。本日の儀式はここまでだ。」


「申し訳…ありません」


 膝をつきかけたリィナを、男性は最後まで支え続けてくれていた。


 大司祭は二人を一瞥してから、低く告げる。


「リィナ。お前の目に映る星は、今夜、大きく乱れた。これほどの揺らぎは、わしも初めて見る」


 その言葉に、胸の奥がひやりと冷たくなる。


 星の乱れは、人々の感情や運命の乱れ。

 星読みの巫女であるリィナ自身の星が揺らぐということは、この世界の行く末にも、何かしらの変化が訪れるということだ。


「……私、何か……悪いことを」


「そうとは限らぬ。ただ——」


 大司祭はそこで言葉を切り、リィナの隣に立つ黒衣の男へ視線を移した。


「アーデン」


「はい」


 男が恭しく頭を垂れる。


「お前には、しばらくの間、星読みの巫女の護衛を命じる。星の乱れの原因を探る巡礼の旅へ出てもらう」


「畏まりました」


 男——アーデンと呼ばれたその人は、静かに返事をした。

 その声音には迷いも戸惑いもない。ただ、淡々と命令を受け入れる者のそれだった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 思わず声が出た。

 旅? 私が?


「どうして、私が……?」


「お前は星を見る者だ。星の乱れの最中に倒れた、ただひとりの巫女でもある。その目に映るものが、答えへの道標となろう」


 大司祭の言葉は、いつも通り静かで、覆す余地がない。

 リィナは唇を噛みしめ、その場で小さく頷くしかなかった。


「……はい」


 そのときだった。


 ちら、とアーデンの横顔が目に入る。

 リィナは、反射的に星を視ようと、視線を空へと向け——そして、息を呑んだ。


 星が、そこに“ない”。


 祭壇の上から見える星々の中に、ひとつだけ、ぽっかりと穴が空いたような場所があった。

 本来なら、その人の感情や運命を映す星が瞬いているはずの位置。


 けれど。


(……何も、ない……?)


 色が見えない、のではない。

 黒でも、白でも、青でも、赤でもない。


 本当に、何もない。

 透明な空間が、そこだけ不自然に空いている。


 目を凝らしても、やはり何も見えなかった。


 リィナは思わず、隣に立つ男を見上げる。


 落ち着いた灰紺の瞳。

 整った顔立ち。

 感情を大きく表に出すタイプではなさそうなのに——。


(どうして、この人の星だけ……)


「どうかなさいましたか」


「えっ」


「さきほどから、わたしの顔をじっと見つめているようですが」


「あっ、い、いえっ! あの、その……!」


 慌てて視線を逸らすと、アーデンがほんの少しだけ目を細めた。

 それが、微笑みなのかどうか、リィナには分からない。


「星の乱れで、まだ気分が優れないのでしょう。ここは一旦、お部屋へお戻りください」


 そう言って、彼は自然な所作でリィナの手を取った。


 革手袋越しの掌は、やはり少し冷たい。

 けれど、その温度が心地よく感じられてしまうことに、リィナはまだ気づいていなかった。


 アーデン。

 透明な星を持つ男。


 彼の想いも、このときのリィナには、ただの“空白”にしか見えていなかったのだ。


 ——その空白が、世界を変えるほどの色を宿しているとも知らないまま。


 これが、星読みの少女と、呪いを解く紳士の物語の、最初の夜だった。

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