3章

第24話 〈メリディア・シティ〉

 地下鉄道の乗り心地は最悪だったと言っていい。


 まず、トンネルの中は湿気が異常に酷く、カビと埃の臭いに満たされていた。機関車に入るとむせかえるような錆の臭いが加わり、より不快感が増した。


 設置されていた木製の座席は、まったく手入れをされていないため、表面はゴツゴツしていたり、ささくれがあったり、一部腐っていたりして、とても座れるようなものではなかった。触るのもはばかられるような代物ではあったが、走行中の車両の中は揺れが酷く、鉄製の床に座るとお尻が痛かったので、我慢してゴミみたいな椅子に座った。


 そしてキティは今、地下鉄道での経験がただの悪い夢だったのではないかと思えるほど、豪華かつ快適な空間で、柔らかい揺れに包まれていた。


 それはまるで貴族の館を小さくしたかのようだった。


 座席はフカフカのベルベット張りでお尻と背中を心地よく受け止めてくれる。指先を撫でられるような触り心地も最高だ。発色も良く、紅色の生地が艶やかな表情をみせていた。


 周囲は磨き抜かれた木枠で囲われ、そこには細かい装飾が彫り込まれていた。おそらく職人によって作り出された高級品だ。


 キティは窓の外を見た。夜だったが、そうだとわからないくらい煌々と道や建物が照らされていた。キティが乗っているものと似たような形状のきらびやかな乗り物が、舗装された道じゅうを行き交っている。


 ──メリディア・シティ。その煌めく街道を走る馬車の中に、キティはいた。


 馬車、といっても馬はいない。貴族が開発した製品であるため動力はルーンだ。慣例的に『馬車』と呼ばれているようだった。この馬車は箱型の四輪駆動で、キティがいる部屋の外に運転席があり、そこで御者の男が何かレバーのようなものを操作して運転している。


 キティは窓から目線を戻し、正面を向いた。


 目の前にはアッシュが座っていた。仕事が片付いたからか、窓枠に肘をつき退屈そうな顔をして窓の外を眺めている。ふとキティの目線に気が付いて、顔を向けた。


「どうした?」


「なぜ私たちの場所がわかったの?」


「そんなことか。わからないか? 君に渡したものがあっただろう」


 それを聞いてキティははっとした。依頼を受けたときの情報器だ。あれには通信系ルーンが彫られていた。それを使ってキティたちの位置を探知していたのだ。そして地下通路の存在と、キティがそこを移動していることを特定したアッシュは地下へ入り、線路上で待ち構えていたらしい。


 アッシュとラストの襲撃の後、キティたちは地上へ連れてこられた。ちょうどそこはシティと旧王都の境界線上だった。護送用の馬車がすでに用意されており、キティとルシェはそれぞれ別々に乗せられた。キティはアッシュと、ルシェはラストと乗ることになり、それぞれ別の場所に向かったようだ。レインは今回の依頼とは無関係の人間ということで、その場で解放された。


『どうでもいいや』


 別れる時、ルシェはそう呟いていた。顔を伏せていて、どういう表情かは見えなかった。フュリアスたちに追い詰められたときと同じように、全てを諦めていたような背中をしていた。このときばかりはキティも抵抗できず、言われるがままにするしかなかった。


「ルシェはどうなる?」


「そっちが気になるのか。彼は家に戻るだけだ、それ以上は知らない。俺には関係のないことだからな。まあ、ともかく」


 アッシュは鼻で笑う。まるで新米の傭兵に仕事を教えるかのような口調だ。


「どういう形であれ、君が彼を〈ハイブ〉から連れ出して我々に届けたことは事実だ。見事に任務を達成した、ということだ」


「……それで?」


「シティのシステム上、君には報酬を受け取る権利がある。この場で済ませて構わないが、クライアント──キュリオン・トートリープは君に会って直接報酬を渡したいらしい。今回の成果にかなり満足しているようだ」


 元々報酬として約束されていた金、シティでの居住権、〈ナイトギルド〉への登録権を受け取ることができるようだ。


「成果? 〈ハイブ〉から連れ出しただけでしょ」


「それについては俺もよくわからない。彼は変わり者だ。〈ギルド〉への登録には俺も関係するから同席する」


 やはり気に入らない男だとキティは思った。確かに依頼は受けたが、その後の自分の行動は明らかに裏切り行為だったはずだ。それなのに、結果的にルシェを確保したから依頼達成だ、おめでとう、ご褒美をあげよう、というわけだ。


『成果に満足』というのも意味不明だ。会ったことのないキュリオン・トートリープも、きっとアッシュと同じように人を舐め腐ったクソ野郎に違いない。


 舐められている。しかし、今はブン殴ることすらできない。刻印装は壊れているし、〈ナイトギルド〉の力を見せつけられているからだ。アッシュの言われるがままにするしかない状況に、キティは歯噛みした。


「シティから逃げるために〈ハイブ〉まで行くなんて、ルシェの行動はどうかしてる。それだけの理由があったってことだ。あの子に何があったか気にならないの?」


 キティがそう尋ねると、アッシュは『そんなことか』とでも言いたげに小さくため息を吐いて答えた。


「さっきも言ったが、俺には関係がないことだ。任務を達成して、報酬を貰う。それだけだ。個人の都合など関係ない。それが〈ナイトギルド〉の傭兵の、このメリディア・シティのルールだ。システム、と言ってもいい。最も優先すべき、『契約』というシステムだ」


 さっきまで気だるそうにしていたのとは一転、アッシュはゆっくりと前のめりになり、キティをにらみつけるような上目遣いの姿勢で話を続けた。


「国王と貴族の戦争がなぜ起きたと思う?」


「は? 何を言って──」


「もちろん、理由は様々だ。土地、資源、宗教、民族、政治、あらゆるものが複合した多面的な理由で戦争が起きた。後世の歴史家はそう言うだろうな」


 だが違う、とアッシュは続けた。


「国王だ。奴の思想、それだけだ。刻印装の基礎技術は戦争前からあったが、奴は身体改造主義を認めなかった。貴族の刻印装を認めなかったんだ。そして貴族はそれに反発した。結局のところ、たったそれだけ。そんなくだらない思想のために王都や俺たち〈騎士〉は焼き払われた。わかるか? 刻印装の是非は問題じゃない。個人の思想の食い違い、それが戦争の原因だ。

 では、愚かな戦争が終わり、生き残った俺たちはこれからどうすればいいと思う? 支配者個人の思想に弄ばれないためには? もう二度と、あんな悲劇を引き起こさせないためには? いったい何をするべきか? 何が必要か?

 ──システムだ。

個人の思想や意思を押しつぶす、より巨大で機械的なシステムで世界を覆ってしまえばいい。『契約』を結び、果たす。球が坂道を転がり落ちるように、噛み合った歯車が回り続ける機械のように、一度動き出したら止まらない、個人の精神なんてノイズの入らないシステムを運用し、社会を構築していく。

 メリディア・シティはシステムそのものだ。すべてが完璧に、あるべき場所に組み込まれ機能している。常に進歩し続ける。それによって、あのゴミ溜め──旧王都のように、衰退することは原理的にあり得ない。

 キティ、なぜあの酒場で、俺の依頼を受けた?

 出たかったからじゃないのか? 境界線の向こう側から。ガラクタと焦げ跡だらけの、過去しか残っていない、あの場所から。そして、このメリディア・シティに行きたいと思っていたから、依頼を受けたんじゃないのか? シティにこそ、自分の未来があると思っていたからじゃないのか?

 もう一度言うが、今のお前には〈ナイトギルド〉に入るチャンスがある。しかしこれもまたシステムに則り、俺は加入をお前に強制しない。チャンスをどうするかは、お前次第だ。

 だが、シティを構成する〈ナイトギルド〉の一員になりたいと思うのなら、システムに従え。彼が何なのか、これからどうなるのか、なんて考えるな」


 話が終わると、アッシュは再び退屈そうな顔に戻り目を逸らした。


 キティはアッシュの言うことに圧倒されつつも違和感を覚え反論しようと考えたが、結局なにも言い返すことはできなかった。これまでの人生とこれからの選択肢、それらが脳裏によぎり続け、思考を整理できなかった。


 沈黙に満たされた馬車は走り続ける。少し経ったあと、巨大な建物の前で止まった。


「着いたぞ。〈トートリープ・パレス〉だ」

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