第18話 反撃
「あいつらがフュリアスとイコライザーだな。何なんだあの刻印装は」
「使わなかったけれど、腕が太い方は発熱系のルーンを入れてる。浮いてた方は物操系で糸みたいなものを操ってて、瓦礫を飛ばしたのもその能力だ」
キティと並走しながらルシェはそう解説した。突然の襲撃だったが、意外と冷静にあの状況を分析していたらしい。
「わかるの? それも〈ウィズ〉の能力で?」
「さっき〈アストラル〉から侵入した時にルーン構成を走査できた」
逃げるなら上の層へ逃げるべきだ。今いる地上の層で平面的に動き回るよりも、立体的な空間を動き回った方がやつらは自分たちを補足し辛い。だが、肝心の階段が見つからなかった。
〈ハイブ〉には都合よく階段や梯子が配置されているわけではない。ひたすら入り組んだ通路を走り続けることになった。吹き抜けからとっさに選んだ通路へ逃げ込み、分岐もデタラメに進んでいたので、完全に迷ったと言っていい。
「ダメだ、キティ。行き止まり……」
袋小路になった目の前の壁を見て、ルシェが落胆の声をあげた。どうやら入った通路が一本道になっていたらしい。キティのほうを振り返って口を開いた。
「引き返して──」
「ルシェ。そこどいて」
言うが早いか、キティが刻印装を変形し、壁に向かってネイルガンを連射した。大きな円を描くような軌跡で釘を撃ち込む。そして、円の中央を勢いよく蹴った。木が裂けるような音を立てて、蹴られた円は奥に向かって倒れ、目の前の壁に人一人が通れるほどの大きさの穴ができた。
「運良く壁が薄かったみたい。毎回うまくいくとは限らない。早く」
キティはそう言うと、目を丸くして驚くルシェを促し、先に穴をくぐらせた。キティは釘を装填してから穴をくぐった。その先はまた別の通路だ。とにかく進み続ける。分岐はデタラメに選ぶ。
「私と初めて会った時みたいに、ルーンを組み替えて刻印装をもっと強くできないの?」
「今の状態が限界だよ。物操系で釘を加速しているでしょ、それ。今以上に威力を強化しようとするなら、弾を加速するための距離が必要だ」
「槍みたいに変形して腕を長く伸ばすとか……」
「やろうと思えばできるけど、多分うまくいかない。自重や衝撃で刻印装自体が壊れる」
話しているうちに通路を抜け、広い部屋に入った。四方を壁に囲まれている場所だ。出入口は一つだけで、また袋小路だ。再び破壊できそうな壁を探そうと部屋の奥に向かった。壁に沿うように歩き、ノックをしながら薄そうな箇所を探した。
一か所だけ、大きな一枚の鉄板になっている壁があった。さすがにこれは無理だろう、とキティはなんとなく右手でその壁に触った。
その瞬間、針で刺されるような痛みが指先を襲った。
「熱っ!」
鉄板は異常に熱かった。手を見てると、指先が火傷をしている。
「反対側にいる! 刻印装だ!」
ルシェが叫ぶと同時に、鉄板の中央に赤いインクの染みのようなものが生じ、それが光を放ちながら放射状に広がっていった。むわっとした熱気が顔にかかる。鍛冶屋で熱せられた金属のように、鉄板が赤熱しているのだと理解した。
赤熱部はどんどん広がっていく。
すると壁の赤熱部から大きな突起が二つ、にゅっと伸び始めた。その突起が左右に分かれ、軟化した壁が裂けていく。突起はさっき見た刻印装の指先だ。裂けた壁の隙間からフュリアスが見える。超高熱の刻印装で鉄板を溶解し、ゆっくりとこじ開けているのだ。
「追い詰めたぜ。子猫ちゃんよ。引きちぎってやるぜ」
キティとルシェは即座に踵を返して通路へ向かった。しかし入口にたどり着く瞬間、瓦礫が通路から飛んできた。間一髪でかわす。そして、瓦礫が跳んできた方向を見て、キティの背筋に冷たい汗が流れた。
「追い詰めたと言ったんだ。わからないのか?」
通路の奥にはイコライザーがいた。無表情のまま、ゆっくりと歩いて部屋に近づいてくる。
やってしまった、とキティはこの部屋に入ったことを後悔し歯ぎしりをした。
このままでは時間の問題だ。敵はやがてこの部屋へ入ってくる。
「ルシェ、私の後ろに──」
そう告げながら、なんで自分たちを追跡できたんだ? とキティの脳裏に疑問が沸いた。だが今はそれどころではない。この状況を切り抜ける方法を考えなければならない。どうすればいい。ルシェを庇った上で、二人組の連携を凌ぐことができるか。そもそも、こちらの攻撃は通じそうにない。だめだ、打つ手が思い付かない。しかし、諦めるわけには──
「もう、どうでもいいや……」
部屋の角まで後ずさったところで、ルシェのつぶやきが聞こえた。そのまま消えてしまいそうなかすかな声だったが、なぜかはっきりと聞こえた気がした。
振り返ってルシェを見て見ると、下を向いて、わずかにだが震えている。
気持ちが、潰されている。キティはそう理解した。ルシェの表情は、何もかも諦めて、思考を放棄した人間のそれだった。
その様を見て、キティは吹き抜けで弄んでいた人形を連想した。糸がほつれ、首は千切れかけ。振り回されたその首はどんどん加速し、あるタイミングで、ぷつん、と身体から離れ落ちる。
無理もない。敵は強力な刻印装を持ち、こちらはどん詰まりだ。この状況になったら、誰でもルシェのようになるだろう。
力のあるものはより強く、力の無いものはより弱くなる。精神的な面でもそうだ。当たり前の現象。
キティは今まで、そうなってしまった人間を何人も見てきた。追い詰められて、心が折れ、何もできなくなってしまった人たちを。もうとっくに見慣れてしまうほどに。
それでも、だ。
どうしても、気に食わなかった。なぜならこいつは、今まで見てきた人間とほんの少しだけ違ったからだ。
こいつは、この〈ウィズ〉のガキは、ルシェは──
「舐めるなよ」
キティは呟いた。
「え?」
「舐めるなって言ったんだ。あいつらは自分たちが余裕で勝てると思ってる。舐めているからだ。ルシェ、アンタはもうここで終わりだと思っている。舐めているからだ。誰を? 私とアンタをだ。ここにいる誰もが、私たち二人を舐めている」
苦境による緊張で全身が冷や汗をかいていたが、頭の中は自分でも意外に思えるほど冷静だった。沸き起こる怒りによって、むしろ研ぎ澄まされていた。
勝てないと思っているルシェ。
勝てると思っている敵の二人組。
気に食わないんだよ。全員ブン殴ってやる。
「でもキティ──」
「私を舐めるな、ルシェ。そして、アンタ自身も」
刻印装をルシェの目の前に伸ばした。
ルシェは刻印装を見たあと、キティの目をじっと見つめた。今の話を聞いて、彼が何を思っているのかはわからないが、その震えは止まっている。目を閉じ、そして開けた。目と髪が青白く光る。
その瞳の中にはっきり、思考と、信頼と、そして怒りの渦が見て取れた。
「……何をすればいい?」
「ルーンを全部外側に向けろ」
ルシェが持つ〈ウィズ〉の能力によって、刻印装の全ルーンが起動する。
「何もかも、振り回してやる」
◆
キティの刻印装がその構造を変化させていた。グールズを倒した時は内部だけだったが、今回は違う。刻印装を構成するすべての部品──ルーンが互いに干渉し合い、無数の歯車が回転するかのような音を立てて、不規則な動きをしている。遠目には腕が液体になったようにも見える。
やがてルーンの動く音がだんだんと小さくなった。そして、まるで時計の針が十二時に揃った瞬間のように、すべての部品が完璧に噛み合った音を最後に、刻印装の変化が終わった。形状自体は元の状態と変わらない。人間の腕の形だ。だが、異なるのはその表面だった。
元の刻印装は色の異なる部品が無秩序に並べられ、モザイク状の見た目になっていた。
それが今では、白、赤茶、黒の部品とルーンの刻印がキティの腕に巻きつくように線を成していた。それは螺旋状で、線同士でも交錯しており、一定の秩序をみせるとともに、ある種の禍々しさを感じさせる模様となっている。
「あの二人をブチのめすぞ、ルシェ」
フュリアスとイコライザーが同時に部屋へ入ってきた。また二人が並ぶ。
キティが刻印装をフュリアスたちに向けた。前腕部が開き、装填していた釘が内部からポロポロと零れ落ちた。だが、釘は地面へたどり着かず、空中で静止した。刻印装の表面に並ぶルーンがうっすらと明滅している。ルシェが〈ウィズ〉の能力で物操系ルーンを制御し、その作用を釘へ干渉させ、宙へ浮かせているのだった。
そして、解放されていた前腕部が閉じる。
「回せ! 狙いは私がつける!」
その瞬間、ルーンが月光のように青白い光を放ち始めた。
すると全ての釘が空を飛ぶ鳥のように群れをなし、刻印装に近づいた。そのまま腕に巻き付くような軌道で、ぐるぐるとその周囲を回り出す。無数の釘が、刻印装の周りで加速される。無限軌道で加速され続ける。回転速度の増加と共に、空気が引き裂かれる音が高まる。高速回転し続ける釘の群れは、やがてその姿を変えた。
──竜巻。
キティの姿は、まるで金属の竜巻を腕に装着しているかのようだった。
「──撃てるよ」
ルシェがそう告げた瞬間、超高速に加速された釘の一本が、竜巻の中から発射された。刻印雄の正面で空気の壁が破壊され、雷鳴のような轟音が鳴り響く。
発射された釘はフュリアスの左腕に直撃し、鐘をブッ叩いたような音と共に、その巨体を吹き飛ばした。
「な、何が──」
身を起こしたフュリアスは自分の腕を見て、驚愕の表情を浮かべた。圧倒的な防御力を誇るその刻印装に、さっきは弾けたはずの釘が突き刺さっている。
異常事態を察したイコライザーが腕を振った。ワイヤーの能力によって床から引きはがされた瓦礫がキティたちへ襲い掛かった。
「ルシェ!」
「舐めるな!」
ルシェがルーンを起動し続け、キティは回転する釘の竜巻で瓦礫を受け止めた。岩石が削り取られるように、直撃した瓦礫が粉々に砕かれる。そして、竜巻が砕いた瓦礫を吸収した。釘と瓦礫が回転し、さらなる瓦礫を作り出す。竜巻はさらなる成長を遂げる。
キティの刻印装とルシェの能力、その二つが合わさり、目の前に巨大なガラクタの竜巻が現れた。フュリアスとイコライザーは、この部屋で起こる現象に目を見開き動けないでいた。
「ぶっ放せ! ルシェ!」
キティの号令と同時に、刻印装の力で高速回転するすべての瓦礫が一斉に発射された。
ガラクタの竜巻が敵に向かって襲い掛かる。
フュリアスはとっさにイコライザーの盾になり、怒号を上げて防御した。軌道上のあらゆる存在を粉砕する轟音が響く。竜巻が刻印装を引き裂き、破片が床や天井を破壊した。
◆
やがて竜巻は消え、静寂が訪れた。
フュリアスたちがいた場所には瓦礫の山ができていた。周りの構造物も粉々で、爆撃を受けたかのようになっていた。
「──私たちの勝ちだ。舐めやがって」
キティは刻印装をだらんと下した。極度の緊張で、顔は脂汗にまみれ、肩で息をしている。
「な、舐め……やがって……」
振り返ると、ぎこちなく真似して言ったルシェも、膝に手を突き消耗している様子だ。
危機は去った。キティは微笑み、ルシェに言った。
「進もう、ルシェ。あいつらは死んだけど、ここがどこかもわからないし」
休みたいのはやまやまだったが、次なる襲撃者がいつ来るかもわからないので、すぐにこの場所から移動しなければならない。出入口は瓦礫に埋まっていたので、フュリアスが引き裂いた鉄板の方へ向かうことにした。
その時だった。
瓦礫の中から何かが飛び出した。人影だ。キティたちは何が起きたのか理解できず、その場に固まった。
「舐めるんじゃねえぞ! ガキが!」
フュリアスだ。竜巻を受けても生きていた。血走った目を剥いて突っ込んでくる。ゴリラのようだった刻印装はボロボロになり、骨組みのようなものだけが残っている姿だ。拳を振り上げ殴りかかってきた。
とっさにキティが飛び退く。拳が地面に叩きつけられた。キティは反撃をしようと構える。
──轟音が鳴り響いた。
地割れが起きたかのように床が裂け、瞬く間に足元が砕け散った。
戦いの衝撃に部屋の構造が耐え切れなくなっていたのだ。フュリアスの一撃がとどめとなった。その破壊は部屋中に伝播し、床全体を粉々にした。
支えを失ったキティたちは宙に身を投げ出され、その下にある闇の中に吸い込まれていった。
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