第12話 方針転換

 こくり、とルシェは頷いた。


「ルーンを介さず接続できるのか? 〈アストラル〉に? お前何者だ? 本当に人間か? そもそも──」


「レイン、ちょっと待って。ついていけないから、説明して」


 キティが制止すると、レインがルシェの方をびしっと指差した。


「この子の髪から霊石の匂いがした」


「いやだからその意味がわからん……って、え? 霊石って匂いとかあるの?」


「あるぞ。霊石付近の粒子が向こう側から干渉を受けて変質するからな。始めは甘さを含んだシトラスっぽい香りがスッと入ってくるんだが、全体としてはウッディかつフローラル調だ。石鹸みたいな香りも少しあるな。クールな大人に憧れて背伸びしてる女の子みたいな香りだ。なんというか、意外性だな!」


 言っていることが少しもピンとこない。そもそも冗談で言っているのか、真に受けていい話かどうかすらキティは判断できなかった。


 キティは試しに自分の刻印装を顔に近づけて、すんすん嗅いでみた。錆と土の臭いしかしない。鼻がムズムズしてきてくしゃみが出た。


「……匂いの話は、まあいいや。〈アストラル〉とかなんとかっていうのは何?」


「はあ? そこからかよ……」


 レインは呆れたように小さくため息を吐き、続いて大きく息を吸った。


 また長い話が始まりそうだ。


「霊石がルーンの刻印に使われてるのは知ってるな? 使用者の意識をトリガーにして、ルーンは起動する。で、ルーンの力──つまり『魔法』は、霊石自体によって引き起こされているわけじゃあない。霊石はただの接点だ。

〈アストラル〉だ。ルーンは霊石を通じて、〈アストラル〉にある情報をこっち側、基底現実にダウンロードすることで、現象を引き起こしているんだ。基底現実ってのは、アタシたちがいるこの世界ね。ルーンのパターンによってダウンロードできる情報が変わるわけ。

〈アストラル〉が何かって? 基底現実とは異なる次元だ。空間とは異なる次元。『次元』ってわかるか? アタシにもよくわからん。ともかく、基底現実と重なるように存在しているらしいけど、詳しいことはまだよくわかっていない。その辺の話はシティの貴族や大学がイロイロ研究中だ」


 案の定、キティはさっぱり理解できなかった。大学に通っていた連中はみんなこんな風なんだろうか。もっとかみ砕いて説明してくれませんかね? とりあえず、思い付いた質問をぶつけてみることにした。


「先生、霊石が〈アストラル〉との接点? ってのが意味不明なんですが」


「それはこういうことだよ」


 レインが口を開く前に、ルシェがそう言った。そして作業台の上に一枚の紙を敷き、その上にパンを置いた。


 いやアンタに対して『先生』って言ったわけじゃないんだけど、と思いつつ、キティは話を促した。


「この紙が基底現実で、その上に乗っているパンが〈アストラル〉。例え話だから、大きさは気にしなくていい。紙もパンも、この部屋の中に別の物体として存在しているけど、接触面で繋がっているとも言える。だから、この接触面を通じて、パンの表面にいる情報──例えば虫? とかが紙の方に移れる。情報が行き来できるこの接触面が霊石。そして僕はルーン無しで直接〈アストラル〉に接続できる」


 レインは「おおー」と言って感心していた。どうやら知識がある人間からすると的を射た説明のようだが、依然キティは要領を得ていなかった。


「パンの話とアンタの能力がどう関係あるの?」


 この質問に、今度はレインとルシェが顔を見合わせた。できの悪い生徒の面倒をどう見ていけばいいか、そんなことに苦悩しているように見えた。気まずくてキティも辛くなってきた。


「僕の体内には霊石が流れている。なぜか? というのは僕に聞かれても困る。そういう体質だからとしか言えない。

 生まれつき脳と身体が霊石で満たされているから、僕はルーンを使わず〈アストラル〉に接続することができる。

 意識を〈アストラル〉に潜らせて、また別の接点──ルーンに入れるんだ。そうやって君、キティの刻印装の制御を奪った。

 髪が光るのは霊石がそこにも蓄積するからだ。ルーンも使うときに光るでしょ。〈アストラル〉に接続するときに光るんだ」


「さっきの例え話でいうと、アンタの意識は紙とパンの間を行き来できる?」


「そう」


「じゃあ、アンタ自身もルーンみたいに現象を起こせるってこと?」


「〈アストラル〉に入れるだけだ。ダウンロードはできない。僕はルーンとは違うよ」


 そう言ってルシェは話を止めた。淡々と説明をしていたが、『僕はルーンとは違う』、そう言ったときの表情には何か重々しいものがあった。


     ◆


 ルシェの体質についての疑問は山ほど思い付いたが、キティは訊くのを止めた。どうせこれ以上訊いても、また訳のわからない話を聞かされるだけだ。やはり重要なのは、これからどうするか、ということだろう。


「〈ハイブ〉から出たいんでしょ? あんなことしなくても手伝ってやるよ。そのために来たんだし」


「僕はシティの外に出たいんだ。キュリオンの……父さんのもとへ戻りたいわけじゃない」


「家出ってこと? 何で?」


「それについては話したくない」


 また黙り込んでしまった。初対面だし警戒するのはわかるが、こちらはこちらで友好的に接しているつもりだ。何というか、感じの悪いガキだ。


「家出ならなんで〈ハイブ〉に? もっとマシなところあるでしょ?」


「〈ハイブ〉は通過点だよ」


「どういうこと?」


「〈ハイブ〉には戦争前に国王が作らせた地下通路がある。そして、それは国の外まで続いている……らしい。シティから直接逃げようとしても、捕まりそうだったからここに来た」


 キティは聞いたことのない話だったが、レインの方を見ると「噂は聞いたことがある」と返事があった。


「シティから〈ハイブ〉へ、そしてそこから地下を通って外側へ、ってことね。ここまでは一人で?」


「逃げるときにはエルスが……協力者がいた。彼女の方が先に出たから、シティの外で待っているはずだ、きっと」


 またルシェは重々しい表情をしはじめ、思い悩むように視線を下げた。


 キティも、これからどうするか考えた。選択肢は二つだ。このまま力ずくでルシェを捕らえて〈ナイトギルド〉のアッシュに引き渡すか、それとも依頼を蹴ってルシェを逃がすか。


 自分でも意外に思えるほど、結論はすぐに出た。ここは直感に従うことにした。


「いいよ。手伝ってやる。地下通路を探して、外へ出る。私は傭兵だから報酬は貰うけど、額は……後で考えようか」


 そもそもがきな臭い依頼だったし、何やら事情も深刻そうだからルシェに協力することにした。失うであろう報酬と信頼は……コツコツ取り戻せばいいだろう。やはり困っている人間を助けるのは気分がいい。ルシェもこれで心を開いてくれるだろう。


「いや、初めて会ったときに『僕を手伝え』って言ったよね。キティに選択肢は無いよ?」


 ルシェはそう言って、義手の方を見た。やろうと思えばいつでもお前を仕留めることができるぞ? とでも言うように。


 感じの悪いガキだ。

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