トモダチ
@sun65445
トモダチ
「待ってよぉ、●●●●」
「おせぇぞ!川口」
僕と彼は、トモダチだった。お互いにとって、たった一人の、トモダチだった。学校ではいつも一緒にいたし、何かと二人で勝負をした。
小さい時、二人で木登りをした。森の中で追いかけっこをしてた。いつも●●●●が逃げる側で、僕が追いかける側だった。
●●●●は走るのが速かったから、普通に追いかけたんじゃ、絶対に追いつけない。だから僕はある日、森の中にいくつかトラップを仕掛けた。簡単な落とし穴、たくさんの空き缶と紐をつないで、紐に引っかかると音が鳴る鳴子。
これらは僕が思っていたよりも、ずっとすごいものだった。
今まで負けっぱなしだった追いかけっこは、ものの10分で僕が●●●●を捕まえた。でも●●●●は、「道具を使うのはずるい」と言って、僕の勝ちを認めてくれなかった。
そう言われると僕もムキになって、
「じゃあ道具なしで勝ってやる!」
なんて息巻いて、結局普通の追いかけっこになる。暗くなる直前、夏の午後5時半ぐらいまで、追いかけっこは続いた。途中地面に足を取られて、何度も転んだ。
そんで二人とも泥だらけになって、僕のお母さんにこっぴどく叱られて、その後に一緒にお風呂に入った。そして次の日も、また同じように追いかけっこをした。
「なぁ、今度俺んち来いよ。母ちゃんがとってきたへぼ、マジでうまいぜ」
へぼとは、蜂の子供のことだ。最初ここに来た時は、何のことかわからなかった。
「ごめん、お母さんが●●●●の家には行っちゃだめだって・・・・」
「え、なんで」
「わかんな」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」
いきなり●●●●は僕の服をつかみ、ぐいっと自分のほうに引き寄せて、言った。●●●●の手を引き離そうとしても、びくともしない。こんなに●●●●の力は強くない。学校の身体測定の結果は、50メートル走以外は同じぐらいだったはずだ。
目は真っ黒だし、それにすごく怒っているようにも、笑っているようにも見えた。
怒っているような声をしているのに、顔はにたぁ、と笑っている。前、本で読んだ口さけ女みたいで、すごく怖い笑い方だった。
助けを呼ばなきゃ、そう思って何回叫んでも口から声が出てこない。なんで?いつもなら出るのに?
また、●●●●がにたぁ、と笑う。そうか。●●●●が僕の声を食べちゃったんだ。だから僕の口から声が出ないし、誰も助けに来てくれないんだ。
「いただきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁす」
かすれた声、でもすごくうれしそうに言う●●●●は、もはや●●●●じゃなかった。かけっこが速くて、でも勉強は苦手で、僕と一緒に遊んでくれた●●●●はもういない。
こんな誰もいない森で、僕は●●●●に食べられちゃうんだ。
「はぁ・・・・」
またいつもの悪夢か。川口修平は、ため息をつきながら目覚めた。最近こんな夢をよく見る。自分が子供の時に遊んだ山で顔も名前も知らない友人と遊び、最後には必ず食べられる。
夢の中でははっきりと顔を見ているし、名前も呼んでいる。でも、起きたらなぜか覚えていないのだ。
ふと隣を見ると、妻の由紀恵はすやすやと寝ている。
二階に上がってみたが、息子の晴彦の部屋からも物音はしない。多分寝ているだろう。ひとまずほっとした。夢を見始めたころは夜中に叫んで飛び起きて、何回も二人を心配させた。特に由紀恵には、日々の生活で何かストレスがかかっているのではないか、自分に至らぬところがあったのではないか、と悩ませてしまった。
こっそり精神科に行ってみたところ、医者からはストレスか何かだろうと、睡眠薬を処方されたが、その日、薬を飲んで寝たところ悪夢を見る時間が長くなっただけだったため、飲むのをやめた。
そこで身に着けたのが、夜の二時ごろまでまでスマホをいじり、頭を疲れ切った状態にして眠る、というものである。こうすれば、ごくまれに悪夢を見ずに寝ることが出来る。当然、その分睡眠不足になるわけだが、朝のコーヒーと、仕事前にコンビニで買うエナジードリンクで睡眠不足を補っている。
時計を見ると朝6時15分、いつもなら由紀恵が起きる時間だが、今日は起きる気配がない。昨日は後輩がミスしたとかでその穴埋めをしなければならなかったらしく、帰ってきたのは晴彦が寝た後の夜11時だった。その後も少し仕事をしていたので相当体にきているはずだ。
今日は当番ではないが、俺が朝ご飯を作ろう。と言っても、チーズとハムをパンで挟んでトースターで焼き、その隣にレタスとトマトを置いただけの簡単な朝ごはんだ。もちろん、由紀恵と自分の分のコーヒーも忘れない。
「あれ、あなた起きてたの。おはよう」
「おはよう。朝ごはん出来てるから、食べちゃって。コーヒーはもう少しお待ちを」
「ごめんね。今日私当番なのに」
「いいよ別に。簡単なものだし。それに昨日大変だったんだろ?」
「まぁ、色々ね」
そう言って席に着く由紀恵。大学に入りたてのころ、言語のクラスの席が隣だったため、仲良くなった。最初はただ単に
顔がタイプの女子と知り合えた、ラッキー
しか思ってなかったが、気づいたらそれ以外のところも好きになっていた。表情が豊かなところ、ありがとうとごめんねを自然と言えるところ、気分で八つ当たりをしないところ、他にも挙げればきりがない。
「あれ、そういや晴彦。部活の朝練あるんじゃなかったか」
「そうだった。晴彦。起きなさい。朝練あるんでしょ」
由紀恵が階段の前で声を張り上げると、すっかり目がさえた様子の晴彦が階段からどたばたと降りてきた。
「やべぇ、完全に寝てた」
「目覚ましかけときなさいよ」
「かけてたけど起きれないんだよ。母さんだってこの前起きれなくて、寝ぐせぼさぼさのままで会社行ったくせに」
晴彦が頭の上で手をふわふわとさせた。いかにひどい寝ぐせだったかを表現したいらしい。確かにあれは、すごかった。
「駅のトイレで整えたからいいのよ」
「なんじゃそりゃ」
朝からなかなかに騒がしいけど、この朝の雰囲気が、俺は好きだ。
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