「実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌」

@inarisushigasuki

「実は狐の眷属です!真白と紡ぎの神社日誌」

プロローグ





朝露に濡れた参道を、真白は箒で払いながら進んでいた。


箒の音が小さく響き、空気は清らかで柔らかい。




「真白さーん! おはようございまーす!」


通学途中の子どもたちが手を振る。




真白は微笑みを浮かべて応える。


「おはよう。転ばないようにね。」




子どもたちは元気に駆けていき、風が笑い声を運んでいった。






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鳥居や参道の掃除を終えると、真白は社務所でお供えの整備や清めの水の管理、


境内の小さな修繕を手際よくこなしていく。




本殿に近づくと、柔らかな光に包まれた神具やお札の清めを行い、


穢れや埃を丁寧に取り除く。




小さな風に舞う落ち葉も、真白の手にかかればすぐに整えられた。




昼を過ぎても、参拝者のための案内や境内の見守りを欠かさず、


子どもたちが遊ぶ境内では時折微笑みながら声をかける。




「気をつけて遊ぶんだよ。」




午後に差し掛かると、御神木の下で光を巡らせて清めの祈りを行い、


境内全体に柔らかな浄化の光を風に乗せて送り続ける。




その働きは、社務所の時計が15時を告げるまで続いた。






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日が沈む少し前、真白は本殿の前で膝をつき、両手を合わせる。




「本日の浄化、すべて滞りなく済みました。


 境内も穢れなく、風も穏やかです。」




しばしの沈黙のあと、柔らかな光が本殿の奥を照らす。




女神の穏やかな声が静かに響く。




『よく働いてくれました、真白。


 そなたの光に救われた者たちは、皆そなたの優しさを感じていることだろう。


 その努力と心遣い、私は深く誇りに思っております。』




真白は静かに頭を下げる。




「ありがとうございます。


 ですが、世の中の不安定さや人々の心に溜まる穢れは増えつつあります。」




女神は穏やかな光に包まれながら、柔らかく息を漏らすように言った。




『私も同じく感じている。真白よ、この世の動きは穢れを増すことが多く、注意を怠ることはできない。


 そこで、そなたに託したい子がおります。』




柔らかな光が本殿の奥で揺らめき、風がそっと社務所の方へ吹き抜ける。




「その子は、数百年ぶりに生まれた、そなた以来の穢れ知らずの眷属です。


 清き道へ導き、迷わぬよう光で支えるのです。


 成長すれば、そなたの助けにもなるでしょう。大切に見守り、育てなさい。」




真白は静かに頭を下げる。




「承知しました。御心のままに、導きます。」




光がゆらりと揺れ、神の意思がそっと風に乗って広がった。


胸の奥に、新しい責任と、穏やかで温かな期待が静かに芽生える。






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夕暮れ。茜色に染まる空の下、社務所の前に小さな影が立っていた。


まだ幼さの残る白狐、目に光を宿している。




「今日からこちらに配属されました。眷属の紡ぎです!」




その声に真白は振り向き、穏やかな笑みを浮かべる。


「紡ぎ……いい名だね。これからこの神社を、一緒に守っていこう。」




「はいっ! 精一杯、頑張ります!」




紡ぎは元気いっぱいに尾を振り、笑顔を見せる。


その姿を見た真白は、自然と顔がほころぶ。




(……なんて明るい子なんだろう。


 まるで、この神社に新しい風が吹き込んだみたいだ……)




(心がじんわりと温かくなる。


 こんな気持ち、久しぶりだな……)




心の奥で静かにリラックスする気持ちが湧く。




「真白さま、僕、まだまだ分からないことだらけです……」


「大丈夫、紡ぎ。まずは一つずつ、私のそばで学んでいこう」


「はい、よろしくお願いします!」




御神木の葉がさらりと鳴り、鳥居を抜けて一陣の風が走り抜けた。


静かに、しかし確かに、新しい物語の気配が漂い始めていた。






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少しの沈黙のあと、真白は優しく紡ぎに問いかける。




「ところで、紡ぎは人の姿にはなれるのかな?」




紡ぎは目を輝かせて首をかしげる。


「人の姿…ですか?」




真白は微笑み、穏やかに説明する。


「現世ではね、狐の姿で言葉を話したら人間は驚いてしまうからね。


 だから、まずはこの姿のままで学ぶんだよ」




紡ぎは一瞬ぽかんとしたあと、慌てて尻尾をバタバタと動かした。


「えっ!? ぼ、僕……人の姿になってるつもりでしたっ!


 し、失礼しましたぁ!」




その真剣な様子に、真白は思わず吹き出してしまう。


「ふふっ、そうか。じゃあ、その勘違いは今日だけにしよう。」




紡ぎは恥ずかしそうに耳をぺたんと伏せ、


「うぅ……修行が必要ですね……」と呟いた。




真白は優しくその頭を撫で、柔らかく笑う。


「大丈夫だよ。ゆっくり覚えていけばいい」




(……この子と一緒なら、これからの毎日も、きっと温かく守っていけるな……)




夕暮れの光が社務所を包み、御神木の葉がそよぐ。


小さな笑い声が神聖な境内に柔らかく響き渡る――




新しい日々と物語の始まりを告げる、静かで確かな温もりの中で。






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