短い新時代

「それじゃあ、行きますよ。」

そう言って、僕は魔法を発動させる。

今回は魔法陣を1人で作り上げられるようになったため、ルーベルナさんの力を術式の性能強化にあてることができる。

正直、この魔法を発動させる前まではまた悩んでいた。

僕の持つ呪いが、いつのことを指しているのかがわからない。

次の500年か、その次か。それとも5000年後くらいなのか。

そこがわからないため恐怖でしかないが、足踏みをしている間に最悪の未来が現実になるなんていうのが1番良くない。

だからこそ、決断をした。

まだまだ長い人生の中で、1番大きいと言えるほどの決断をしたにも関わらず、魔法はすぐに僕たちを新たな時代へと連れてくる。

そして、魔法の発動が終わって僕は目を開く。

うーん、木と草しかない。

森の中で使うとあまり変わりがなくて寂しい気もするが、仕方ないだろう。

全員、魔力を少し残した状況で時間を戻したため、今すぐにでもある程度の魔法は発動できる。

ということでルーベルナさんが町らしきものを探してみてくれているようだが、何も見つからないらしい。

「500年前にはそこまで大きな集まりはなかったということでしょうか………

魔法が使えるということは、人類は急速に進歩する可能性の方が高いですからね。

たった500年で城を作ったり教会を建てたりというのもできるかもしれません。」

ルーベルナさんの話に納得し、僕たちは今後の予定を決める。

いや、なんか一瞬頭の中をモヤモヤが通り過ぎたような気がするが………まぁ、それは後で考えよう。

とは言え、することがない。

魔法を使う練習や街で買ってきていた本を読むなどして一年を過ごそうということで、平和な一年で終わりそうだと思っていた………




時はすっ飛んで6ヶ月後、僕たちは作り出した水の中で溺れていた。

いつしか昔に滅んだみたいな話をされた魔物という種族の攻撃を受け、身を守るために使った魔法で家を水で囲ったら、こうなった。

こちらを睨んでいるセルフィスさんから目を逸らし、僕は少しずつ水を制御していく。


「ハァァァやっと息ができるぅ〜」

安堵した途端、

「いやあんたが水浸しにしたんでしょうがぁ!」と声が飛んでくる。

大きいオオカミみたいなやつは、いつの間にやら帰っていった。

「焦りすぎで緊張しちゃって……ごめんなさい。」

呆れ顔のセルフィスさんに謝って、今日の夕飯を作ってあげることで許してもらう。

「まぁいいわ。ほら立って。行くわよ。」

風魔法で服を乾かしながら、セルフィスさんが家の外に出ようとする。

「え?え?どこ行くんですか?

さっきのあのまだ魔物いそうじゃないですか。」

「バカねぇ。外見てみなさいよ。」

そう言われてチラリと外を見ると、畑がぐちゃぐちゃになっている。

「これ……」

「さっきのやつが荒らして行ったわ。

しかも食べてないところを見ると肉食な気がするし。

自我があるかないかはわからないけど、何度も踏み荒らされるんじゃたまったもんじゃないからね。」

さっきのやつを………倒しに行くのだろうか。

僕も魔法は上達してきたが、今みたいに焦ると失敗してしまうこともある。

そう考えるとよくログレン王に勝てたな

僕。

とにかく、今さっきのオオカミみたいなやつはセルフィスさんが1人でやってくれるのかな?

そんなことを思いつつ、彼女にしがみつきながら歩いていく。

「ねぇ。」

「は、はい!」

少し進んだところで彼女が足を止め、振り返る。

しまった。甘えるなと怒られる。

「ルーベルナがいない今こそチャンス………

ほら、おいで。」

そう言って、彼女は腕を広げる。

えーっと……まぁいっか。

そこにダイブすると、腕と胸に圧迫されて息が詰まる。

「ちょ、つ、強いです!強すぎです!」

「可愛いやつめ〜〜

ルーベルナがいると取られるから今日は私が甘やかしてやるぞ〜」

あ、やべ。死んだ。この人話通じてないわ。

と思ったら、視界の隅に何かがチラつく。

ついに幻覚まで………げんかくま………クマ?

視界の隅に映ったのが何か、理解する。

クマではないがクマのような体の大きさを持つ、先ほどの魔物。

しかも全速力でこっちに走ってくる。

やばい!死ぬって!二つの意味で死んじゃうって!

気づいてセルフィスさん!

声にならない声を発しながら、僕はどちらで死ぬのかという恐怖で頭がいっぱいになる。

いや、魔物の方が一足早そうだ。

咆哮と共に、大きな爪がついた足がこちらに振り翳される。

その瞬間、僕の体はするりと落とされ、セルフィスさんが畑で育てていたニンジンを魔物の口に放り込む。というかぶっ刺した(?)

振り下ろされた爪も華麗に避け、そこで魔物の攻撃が止まる。

「はいはい、もう一本。」

拾い上げたニンジンを食べさせ、魔物はそれをすぐに食べ切る。

「まだ食べる?うーん、じゃあこっちも食べるか。」

色々な野菜を口に放り込まれては、魔物はどんどん食べ進めていく。

「もう畑の食べ物ない………あ、いいものあげるわ。」

呆然とその光景を眺めている僕をよそ目に、セルフィスさんは家から野菜のサラダを持ってくる。

あっ………それは━━━━━━

「どう、美味しい?私が作った特製野菜サラdッ」

「ぶぇぇぇぇぇくしょい!」

吐いたーーーーー!

わかる!わかるよその気持ち!

セルフィスさんには申し訳ないけどすごくわかる!

「あんたねぇ………私のだけは食べれないとか上等じゃない!」

ルーベルナさんと僕が作っている野菜をセルフィスさんが調理すると美味しくなくなるというのが嫌なのか、彼女は次の一品を取りに行くために声を荒げながらも家の方へ歩いていく。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「何!」

僕が指差した方を見ると、その顔はキョトンとなる。

今まで巨大なオオカミみたいだった魔物が、小さくなっているのだ。

しかも、セルフィスさんの両手に乗せれるか乗せれないくらいの大きさだ。

「え、これさっきのあいつ?」

「た、多分………」

怪しげに見ていたセルフィスさんをまっすぐにみながら、小さくなった魔物が声を出す。

「キャウン!」

か、か、か………

「「可愛い〜!」」

2人揃って黄色い歓声を上げ、僕たちはその魔物に駆け寄る。

「いや〜このサイズになると可愛いわね〜」

セルフィスさんが手を差し伸べると、ガブっという痛々しい音が聞こえてくる。

次の瞬間、その魔物は数十メートル先の木に激突して倒れた。





「まったく、急に噛みついてくるからびっくりしちゃったじゃない。」

魔法によってすでに傷が完治しているセルフィスさんは、どこから持ってきたのか檻に閉じ込められた魔物を睨みながら言う。

びっくりしたことに対してはやりすぎな気もするけど………

「さて……食べても美味しくはなさそうね。

バラバラにして魚を釣る餌にでもしてあげてもいいわよ?」

あ、これは激おこですね。

「飼育してみます?」

「飼育ぅ?この凶暴なやつを?」

ガジガジと鉄の檻を噛み切ろうとしている姿から見るに、確かに凶暴だ。実際、襲い掛かられているわけだし。

「それにしても、なんで小さくなったのかは謎ね。」

ガジガジガジガジ

「魔力とかそういう関係でしょうか?」

ガジガジガジガジ

「こういうのはルーベルナの仕事範囲でしょうに。今日は一日中天界に行ってるし。

こんな時に限っていないんだから。」

ガジガジガジガジガジガジガジガジ

「うっさいわね!いつまで噛んでんのよ!」

拳を固めて怒鳴るセルフィスさんに怯むこともなく、その魔物は何食わぬ顔で檻を噛み続けている。

なんか……可愛く思えてきた。

「これ、お腹空いてるんじゃないですか?」

「さっきあんだけ食べたのに?」

「出してみて食べなかったら違うってことですよ多分。」

「うーん、じゃあ一回だけチャンスをあげましょう。」と言って、セルフィスさんは再び自分が作った野菜料理(何を目指していたのかはわからない)を持ってくる。

その毒々しい見た目に気押されることもなく、魔物はそれを一口。二口。三口。どんどん食べ進めていく。

「あら、これは食べれるんじゃない!さっきの非礼は許してあげるわ。」

ルンルンのセルフィスさんの横で、僕は衝撃を受ける。

見た目だけで食べたくなくなるような、しかも一口食べたら即座に吐き出したくなるようなセルフィスさんの料理を、この魔物は食べている。

………嘘だ。嘘に決まってる。

というか、さっき吐き出したのは一体なんだったんだ………

「よし、決めた!」

すっと立ち上がって、セルフィスさんが宣言する。

「この子をウチで飼おう!」と。





「畑は荒れてるし知らない魔物がいる上にセルフィスがあれだけ懐いているって………どういう状況ですか?」

夜になって帰ってきたルーベルナさんは、開いた口を塞ぐこともできずに呟いていた。

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