教会

「歩いてきた疲れもだいぶとれたし、今日はどうする?」

受付の人からもらった服を着ながら、セルフィスさんが聞く。

昨日の夜、ルーベルナさんに抱かれて泣きながら寝てしまったため、いつの間にか次の日になっていた。

「とりあえず、この世界の人々がどれくらいの生活を送っているのかくらいは確認したほうがいいですね。

できれば、大魔法協会とかにも行ければいいんですけど。」

「大魔法協会?」

「魔法学会で正式に認められたあらゆる魔法の術式を集めている場所です。

そこへ行けば、魔術式の構築などの大きなヒントを得ることができると思います。」

そ、そんな場所があるんだ………

魔法にしか興味がなくなった僕は、声を上げる。

「じゃあ、早速いきましょう!」

急いで着替えを終わらせて、扉の方に走る。

「ちょっと待ってくださいね〜

セルフィスが着替えをするのが遅くて。」

「この服着にくくない?」

「そうですか?

私はペティアさんに露出が多すぎる服は人間界で着ない方がいいと言われて人間の服を切ることも多かったですから。

セルフィスはずっと天界の格好でしたからね。経験の差と言うものじゃないです。」

「うっさいわね……知ったことじゃないわよ。」

天界………いつも神たちが住んでいるところだと前に教えてもらったことがある。

神が行き来をするのは自由だけど、今までで天界に行ったことがある人間は1人もいないらしい。

「もう少しこの世界のことを知ったら、一度私は天界に戻るわ。」

なんとか服を着終わったセルフィスさんが言って、

「それじゃあ、その間は私がメルぺディアくんを独占ですね。」とルーベルナさんが嬉しそうに目を細める。

天界、いつか行ってみたいなぁ。どんな感じなんだろう。

そう思いながら2人の手を取って、再び町に出ていくのだった。





僕たちはまず本屋に行くことにした。

僕と同じくらいの子が読む、童話というものがないか探しに行くらしい。

昨日とは違う受付の人にルーベルナさんが場所を聞いて、そこへ向かって歩き、今その出入り口に着いた。

扉を開けると鈴の音が鳴り、

「いらっしゃい」と歳をとった女の人が出てくる。

「童話がほしいのですが、お勧めはありますか?」

店の中にある本は大人向けの、ショウセツ?と言われるものが多いらしく、童話は店の奥にしまわれているらしい。

「お勧めは3冊ありますが、何冊にいたしましょう。」

「それでは、3冊お願いできますか。」

「少々お待ちくださいね。」

女の人が奥へと歩いていき、すぐに戻ってくる。

「1冊は可愛い坊ちゃんのためのおまけです。」

僕を見て優しく笑ったその人に慌てて頭を下げて、僕は本を受け取る。

そこまで重いわけではなく、持ち運びもできそうなくらい。

「ありがとうございました〜」

その声を聞きながら僕たちは店の外に出る。

「銀貨1枚で本4冊ちょうど……元の世界と比べるとだいぶ安いみたいね。」

「銅貨が10枚で銀貨1枚。

銀貨100枚で金貨1枚らしいので、金貨の価値は本当に高いですね。

鉱石の量が極端に少ないか、採掘技術が乏しいかのどちらかだとは思いますけど。」

ちなみに、元の世界で本を4冊買おうとすると、銀貨2、30枚くらいの値段になるらしい。

ルーベルナさんにもらった手提げカバンにその本を入れて、町に来た時1番最初に見えた大きな建物に向かって歩いていく。

昨日からルーベルナさんが使っている、言葉を聞こえるようにしたり相手に聞かせたりする魔法『翻訳』を発動し続けているため、すぐに眠たくなってくる。

一回だけ発動して終わりの魔法じゃないため、集中力が必要になってくるわけだが、その集中力が続かない。

その時、

「見て見てお父さん!お母さんに買ってもらったの!」と声が聞こえる。

え?お父さん?お母さん?

声のした方を見ると、男の人に僕と同じくらいの身長の女の子が花を見せている。

その後ろを、優しい微笑みを浮かべた女の人がついてきている。

「どうかしましたか?」

急に止まったことで手が離れたのを心配して、少し進んだ先で2人が振り返る。

僕が何を見ていたか気づいたのか、

「あれが、あの女の子にとってのお父さんとお母さんであり、家族です。

大丈夫。いつか絶対、家族で過ごせる日が来ますから。」

そう言って、ルーベルナさんが僕を抱き上げる。


いつか━━━━━━僕と、お父さんとお母さんと、ルーベルナさんとセルフィスさんの5人で笑い合える日が来るのだろうか。

いや、多分くるのだろう。

僕が頑張りさえすれば、いつの日か。

確かな願いを持って、柔らかい腕に身体を預けた。


それから数分、僕たちはその建物に着いた。

「これが教会というところですよ。」

ゆっくり僕を降ろしながら、教えられる。

「時間は経っても、教会の作りはあんまり変わってないのね。

屋根の上に十字架があるのも、建物の中に神を象ったものがあるのも同じ。

でも、1万年前よりはるかにキレイね。手入れがよく行き届いてる。

まぁ、ここだけなのか他のところもなのかはわからないけど。」

壁に触れながら言うセルフィスさんに、

「キョウカイって言うのは、大魔法協会と同じようなものなんですか?」と尋ねる。

「その協会とこの教会は違うわ。

大魔法協会を意味する協会は、ある目的のために会員によって管理運営させる組織。

ここを含む教会と言うのは、神の教えを説いたり、神に祈りを捧げたりする信者のための場所。

これだけ大きな教会が建つということは、信仰心が強いことへの表れとも言えるわ。」

セリフィスさんが教えてくれるが、知らない言葉が多くてちょっとよくわからない。

組織というのは、生命の体を作っている要素と同じことでいいのだろうか?管理運営とは?

神の教えや祈りというのも知らない言葉だ。

「それで理解するのはちょっと難しくないですか?

もっと細かく説明しないと。メルペディアくんは一般常識にも詳しいわけじゃありませんから。」

「そうだった………魔法術式のことと関係すること以外は基本的によく知らないのよね…

にしては言葉が流暢だったり気配りができすぎたりすると思うのだけど。」

「私たちの頑張りの賜物ですね。」

2人が話している間に教会の中を見ていると、前に置かれた大きな石でできている人みたいなものの前に多くの花や食べ物が置かれているのがわかる。

その時、

「おやすみません。席を外していたもので。」と声が聞こえる。

びっくりして2人の後ろに逃げ、顔だけ出して声がした方をそっと覗く。

そこには、青と白色の服を来た、さっきの本屋さんと同じくらいの歳の男の人がいた。

でも、本屋さんより顔は暗くて、すごく疲れているようにも見えた。

「あなたがこの教会のシンプ様ですか?」

ルーベルナさんの問いに、

「そうです。私がシンプ、ラルトースです。」とその人は答える。

シンプ様…また知らない言葉が出てきた。

「お三方は日頃見ない顔をしてらっしゃいますが、旅の方々ですか?」

すぐそこの椅子を指して、遠慮なさらず座ってくださいと言われ、僕たちは座る。

「旅人とも言えるかもしれません。

少しお聞きしたいのですが、ここの教会はどなたへの信仰で建てられたのですか?」

「ここは、創世神アレゴリーズ様へ信仰を捧げる人々のための教会です。

知っていらっしゃるかもしれませんが、アレゴリーズ様はこの世界を作られた神様です。

建てたのは私の曽祖父でして。それからずっと、この土地に暮らす人々と苦楽を共にしてまいりました。」

少し自慢げに話すシンプ様に、僕は疑問を持つ。

神様と神はどう違うんだろう?

そして、その疑問をそのままに、僕は聞く。

「神って言われる人と、神様と言われる人はどう違うんですか?」

少し前に、ルーベルナさんとセルフィスさんが自分たちを神だと言っていたのはよく覚えている。

「神様という呼び方は、神を尊敬………ええっと………君は何歳ですかな?」

「今年で3歳になるらしいです。」

「さ、3歳……?すごく流暢というか大人びているというか……

あ、すみません取り乱してしまって。」

ごほんと咳をして、その人は続ける。

「神様という呼び方はですね、神がすごい方というのを表す呼び方と言えばいいでしょうか?

難しく言うなれば、尊敬や敬愛の表明とも言えますね。」

「つまり神と神様は同じ存在で、神様は偉い人っていうことでいい………ですか?」

「その通りです。

そして、私たち神父と言うのは、神の教えを導く。民衆の父のように宗教を用いて導いていく人間のことを指します。

もちろん、神様とは違って人ですので、特別偉いわけではないと思ってもらっても、人それぞれなので問題ありません。」

僕が意味をわかったからか、ほっとしたように神父さんはそう言う。

話的に、宗教というのは神様を元にしてできた神の教え?というものなんだろうか。


…………………………あれ?


「ルーベルナさんとセルフィスさんって、そんな偉い人だったんですか!?」

思わず出した声が、教会の中で響いてもっと大きくなる。

「ルーベルナさん…?セルフィスさん…?

それはどなたのことです?」

首を傾げて、神父様は聞いてくる。

「この2人なんですけど……さっきお話にあった神様なんです………」

チラチラと横を見ると、胸を張っているセルフィスさんと苦笑しているルーベルナさんがいる。

「あはは、神様というのは実際にこの世界にはいないんですよ。

もちろん、天界という神様たちが暮らしてらっしゃるところにはしっかりといらっしゃいます。」

嘘だと思われたのか、神父様はそう言って笑う。

でも、2人を呼ぶための神程術式は、どう見ても普通の魔法術式とは違う。

それが、2人が神様だという証明になると僕は思っている。

しばらく静かになって、神父様が口を開く。

「えぇっと……本当じゃありません………よね?」

2人の顔を交互に見て、聞く。

「その、本当です。」

少し恥ずかしそうにしながら、ルーベルナさんが答える。

「い、いやいやいや。まっさかぁ。

私は生まれてこのかた一度も神にお会いしたことなんて━━━━━━━

も、もしかするとあなた方………」

目を見開いた神父様がぼそっと呟いたとき、ルーベルナさんが声をかける。

「あの、大変申し上げにくいことなのですが………神父様の真後ろにもいますよ。」

「何がです?」

「えっと……神です。」

「え?」

神父様は慌てて後ろを振り返るけど、そこには誰もいない。

というか、僕から見ても誰も見えない。

「い、いらっしゃいませんが……」

こちらを見ようとしたところでセルフィスさんが立ち上がり、神父様の後ろに行く。

「ほら、いつまでも隠れてないで出ておいで。

早くしないと私たち行っちゃうわよ?」と何もないところに声をかける。

ルーベルナさんにも見えているのだろうが、そのやりとりを見守っている。

しばらくすると光が集まってきて、人のような形が作られていく。

それを僕と神父様はただただ見ることしかできない。

少しの時が経つと、そこに白い髪をした女の人が現れる。

口が開きっぱなしの僕の前で、神父様がその場に膝から崩れ落ちてその女の人に聞く。

「も、もしや……本当に………神………なのですか……?」

神父様のその言葉に、女の人は顔を赤くしながら小さく頷く。

次の瞬間、神父様が頭を地面に打ち付ける。

その音が教会の中に響いて、耳に届く。

「えぇ!?だ、大丈夫ですか!?」

やり切った感を出しているセルフィスさんと再び苦笑を浮かべているルーベルナさん。未だに何が起きたのかわからず口を開いている僕。

その誰でもない、現れた神様?がその光景を見て声をあげてオロオロとしている。


「た、大変申し訳ありませんでした!」

地面に頭をつけたまま、神父様は謝る。

「神はいないなどと言ってしまい、私は悪人です!

腹を切ってお詫びをッ!」

「えぇ!?ちょっ!ちょっと待ってくださいよぉ!!」

さっきからずっとあたふたしている2人を見て、僕はやっと自我を取り戻す。

なんか………神様ってすげぇ。


「まさか……こんな歳をとって神に………それも3名もの神のお姿を見られるとは………幸運の極みでございます。」

涙を浮かべて背中を丸める神父様に、セルフィスさんが

「この神様、ずっとあなたについてたんじゃない?」と言う。

「と、言いますと?」

涙を拭って顔を上げた神父様に、さっき現れた神様が遠慮がちに頷く。

「お名前はなんと言うのですか?」

「え、えぇっと……セリヌス………です。」

恥ずかしがり屋なのか、ルーベルナさんに聞かれてもその神様はちぢこまりながら答える。

「おそらくですが、セリヌスさんは神父様が15歳になる時に契約を交わそうとなさった。

ですがいざ言おうとなると勇気が出ず、なかなか言い出せないままに神父様を見守り続けて数十年経ってしまったというところでしょうか。」

ルーベルナさんのその言葉に、セリヌスさんはまた頷く。

「じゅ、15の時からですと!?

気づくことすらできず本当に申し訳ありませんっ!

やはり腹を切ってお詫びを━━━━━━━!」

「や、やめてあげてください………

セリヌスさんがさっきからずっと泣きそうな顔してますから。」

口と目を震わせているセリヌスさんを見ながら、ルーベルナさんが止める。

「はぁ……本当に、神に仕える身でありながら、失態ばかりで………」

俯いてぶつぶつと何かを呟いている神父様を見ていたセルフィスさんが、

「ほら、神父様頭抱えてる。

あなたが励ましてあげなさいよ。

大体、彼が気づかなかった理由の一つはあなたがずっと隠れてたからなんでしょ。」とセリヌスさんの肩を叩く。

「ら、ラルトースさん。

あ、あなたがずっと誰かのために行動しているのをみへっ、見てきました。

も、もしよろひ…よろしければ、私を傍に置かせていただけないでひょ…しょうか。」

視線を落としながら、セリヌスさんが言う。

「よ、よろしいのですか?

あなたの存在にすら気づかない不届きものが接するなど……」

「そ、そんな!不届ものなんかじゃありません!

この教会を見ればわかります!

どれだけあなたが慕われ、皆さんのために尽くしてきたか。

我が身を削って貧しい人たちにお金と食事を与え、争いごとが起きれば夜中であろうと出向いていました。

神のために捧げされた食物には手を出さず、本当に困った時には何日間も神に謝罪してそれらを民に渡していました。全て自分が悪いとおっしゃってましたが、そんなことはありません。

私なんかの方が、よっぽど誰のためにもなっていませんよ。」

「か、神がご自分を卑下することはありません!

あなた方の存在があったからこそ、この町の人たちは踏ん張って来れたのです!」

「で、でしたら!私にもあなたのお手伝いをさせてください。」

今まで自分がやってきてしまったことに悪気を感じているのか、神父様は黙り込む。

そこに、

「あなたもいつまでも意地張ってないで素直になりなさい」とセルフィスさんが背中を押す。

「セリヌス様さえよろしければ、この老骨が砕けるまで、あなた様と民のために尽くさせていただきます━━━━━!」



「ぎこちない感じはするけど、いいコンビになりそうじゃない。」

「そうみたいですね。」

神父さんたちの話が終わったところで、ルーベルナさんがここにきた理由を話す。

「うーむ。大魔法協会という名前は聞いたことがありません………

ただ、王都にこの世界の神々を信仰する最も大きな教会である、聖英大教会というものはございます。」

また出てきた知らない言葉の意味を聞くと、この世界の人間で最も立場が強い人である王様がいる街のことを王都と言うらしい。王都の名前は、パルフェノンと言うみたいだ。

「ここから王都までは何日くらいかかるのでしょうか?」

「毎日休息を挟んだ上での日数にはなりますが、馬車で5日ほどです。

行かれるのなら、こちらで馬車を手配いたしましょうか?」

「それでしたら……私がお送りいたします。」

そう言って、セリヌスさんが進み出てくる。

「私は空間系魔法が得意でして……3名なら何事もなく送り届けられるかと……」

「それは大丈夫。

私たちも神だし、それくらいの問題はなんとかできるっていうか、なんとかできなくちゃね。」

腰に手を当てて、セルフィスさんが自慢げに言う。

「せっかくですので、ゆっくり旅して行きたいと思います。」

ルーベルナさんも断りを入れたが、

「でしたら、馬車くらいは用意させてください。

このままでは、私自身が許せぬのです。」強く言う神父様に、僕たちは顔を合わせてから頷く。

「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。」

「王都の聖英大教会の神父は私の古い馴染みでして。行けばきっと力になってくれると思います。」


そして、色々と教えてくれた神父様にお礼をして、明日の朝に王都へ向けて出発することを決めた。

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