死んだ幼馴染がAIとして復活した

すずと

第1話 夏がくるたび

 幼馴染の舞鶴遥まいづるはるかが死んでから、もう五年が経ってしまった。


 俺は──山葉新やまはあらたはもっと遥にやってあげられることがあったんじゃないか?


 夏がくるたびにそんなことを考えてしまう。


 小学六年生の夏。彼女は病気であっという間にいなくなった。


 葬式の日。棺の中で眠る遥を見たとき、死んでいるなんて思えなかった。理解できなかった。今も時折、実は遥は生きているんじゃないかと思ってしまう。


 遥のいなくなった小学校を卒業して、中学を卒業して、今は高校二年生。世界なんてものは俺の感情なんて無視して容赦なく過ぎていく。


 遥のいない日常に慣れてきてしまっている自分に嫌気をさしながら、高校の制服に着替えて家を出た。


 玄関を出るとマンションの廊下には、見慣れたショートカットの女の子が立っていた。


「……おはよう」


 田上瑞穂たがみみずほ。俺のもうひとりの幼馴染だ。


 良く言えばクール。悪く言えば無愛想。そんな感情をどこかに忘れて来たかと思われる幼馴染様だが、案外わかりやすい一面もある。これは、一緒に登校しようと俺を待ってくれていた様だ。


「おはよう」


 おはようにおはようで返すと、俺と瑞穂は自然と横並びになって歩き出した。


 いつも通りに会話はなし。だけどそれは別に気まずいものでもない。安心できる無言っていうのかな。


 小学生の頃はいつも三人一緒だった。俺と瑞穂と遥。いつも一緒に登校していた。あの頃は遥が俺と瑞穂の間を取り持ってくれてたっけか。


『あらた。みずほともっとお喋りすればいいのに』


『だってよ、瑞穂。なんか喋れよ』


『新ごときが私と気安く喋れるとでも?』


『んだと、ごらああ‼︎』


『ふたりともー‼︎ 仲良くしなよー‼︎』


 遥との日々は今でも鮮明に思い出せる。思い出すと泣けてくる。


 それから……遥がいなくなってから、瑞穂はずっと俺のそばにいてくれた。中学のときも、高校に入ってからも。何も言わずに、ただ隣に立ってくれた。


「……暑い」


 通学路をしばらく歩いていたら、瑞穂がぽつりとこぼした。


「夏だからな」


「水分」


「わーってますよ」


 瑞穂の端的な言葉はいつも通り。今のは、「暑いから熱中症に注意して水分を取ってね」の略。いやまぁ、略し過ぎだろ。それでわかる俺も俺で凄いな。


 ※


「あぁぁらたぁぁ‼︎ おっはよー‼︎」


 教室に入ると、陽気で人懐っこい男子生徒が犬みたいに駆け寄ってくる。犬耳を付けたらまさに犬って感じの男子だね、こりゃ。


「おはよー‼︎ まいかたー‼︎」


「枚方だよ‼︎ 何回間違えんの⁉︎ 何年一緒だと思ってんの⁉︎」


「十年」


「だよね⁉︎ ってか、なんで名字呼び⁉︎ いつも名前呼びの幼馴染が急に名字で呼ばれた時のダメージ知ってる⁉︎ 即死もんだよ⁉︎」


 この、人懐っこいけどうるせーのは、小学生から一緒の枚方優斗ひらかたゆうと


 バスケ部所属。


 小柄だがおそろしいくらいにバスケが上手い。バスケ漫画の主人公みたいなやつだ。俺と瑞穂はもちろんのこと、遥のことも知っている。


「瑞穂も。おはよ」


 バスケ漫画の主人公みたいな優斗は、朝日に負けないくらいの眩い笑顔で瑞穂にも挨拶する。


「ん」


 適当に返事をして、瑞穂は廊下側の自分の席に向かって行った。


「相変わらずクールビューティーだなぁ」


「優斗とは真逆だよな」


「えー、そうかなぁ? おれもクールなところあるよ?」


「お前が?」


「ほら。スリーポイントうつ時とか」


 シュッ。なんてスリーポイントシュートをうつ真似事をしてみせた。


「そーかい」


 それがまた事実なもんだから、悔しくて適当に流してやる。


「新、朝から冷てぇ」


「これが本当のクールキャラってか?」


「新、朝からつまんねぇ」


「んだと、ごらぁぁ‼︎」


 キャッキャっとはしゃいぎながら自分の席である窓際の一番後ろの席に座る。


 このクラスには主人公みたいな奴が多いのに、席だけは俺も主人公みたいだな。とか自分自身を皮肉ってみる。


「──ッ。眩しっ」


 窓際の席だから、夏の日差しが教室内に入って来る。暑くて眩しいからカーテンを閉めようとした手が止まった。


『ねぇ、あらた。夏ってなんでこんなにキラキラしてるんだろうね』


 遥はいつもそんなことを言っていたっけな。


「ほんと、夏になるといつも遥を思い出すな。


 ※


 あれれ、おかしいぞ〜。


 年齢を重ねるごとに時間の進みは早く感じるはずなのに、授業の時間の流れは全然変わらないぞ〜。


 なんてジャネーの法則に心の中で文句を言いつつ、ようやくと昼休みが訪れた。


「……屋上」


 俺の席の前で端的に言ってのける瑞穂へ、笑って答えてやる。


「なんだ。久しぶりにキレちまったか?」


 俺の冗談混じりの言葉を、無表情で無視して瑞穂は先に歩き出した。


「有名なセリフを知らないのかね」


 やれやれとわざとらしくため息なんて吐いて彼女の後を追う。


 屋上は立ち入り禁止だ。それなのに瑞穂は屋上の鍵を持っている。


 彼女は天体部に所属している。そのため、顧問から屋上の鍵を合法的に預かっているとのこと。


 瑞穂は昔から星が好き──じゃないんだな、これが。


 ただ、ひとりの時間が好きみたいで、学校でもひとりの時間を過ごせる場所が欲しかった。だから部員のいない天体部に入って屋上を独り占め。という強欲な女よ、こいつは。


 まぁ、部員がひとりだから色々と問題があるらしいが、本人はどこゆく風って感じの態度だ。無表情最強かよ。


 だけど──


「無表情女子に感謝しねぇとなぁ」


 屋上に出ると、夏の始まりを告げるような爽やかな風が吹いた。


「無表情女子、とは?」


 俺の言葉にひっかかりを覚えた瑞穂がこちらを無表情で見て来る。その実、その中身は怒っているように見える。


「さささ。昼飯にしようぜ」


 誤魔化すように俺は昨日スーパーで買っておいたおにぎりを取り出した。


「また買ったの?」


 瑞穂が少しだけ不機嫌そうな声を出した。


「まぁなぁ」


「栄養」


「わーってますよ」


 瑞穂は小さくため息をついて、自分の弁当箱から唐揚げを一つ取ると、俺の前に差し出した。


「食べて」


「いいの?」


「早く」


 相変わらずの無表情だけど、少し耳が赤い気がする。


「さんきゅ」


「別に」


 しばらく無言で食事を続けると、また夏の風が俺達ふたりの間を駆け抜けた。


『あらた。まぁたコンビニ弁当なんて買って』


『ちげぇよ。スーパーのおにぎりだわ』


『一緒でしょ‼︎ もう……』


 もし、遥がいたらそんな会話を繰り広げていたんだろうな。


「また、考えてた」


 ふと、瑞穂がそんなことを言ってくるから、誤魔化すように首を傾げる。


「何を?」


「遥のこと」


 瑞穂はジーッと俺を見つめてくる。


「わかるのか?」


「わかる」


 それだけ言って、瑞穂は視線を空に移した。


「遥……生きてたら……私は……」


 瑞穂の言葉が途切れてそれ以上はなにも言わなかった。無表情の彼女の横顔は、何か言いたげなものを感じたけれど、俺は何も訊けなかった。

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