第3話
みふねは毎週金曜日の夜7時から路上ライブをやっているらしい。
わたしは金曜日の残業はなるべく早めに切り上げて、みふねのライブに通うようになった。
ライブ後の特典会――握手したりチェキを撮ったりできる時間をアイドル文化ではそう呼ぶらしい――では最後に並び、いっしょにごはんを食べるのがお決まりになった。
アイドルとファンの距離感としてどうなんだろう……例えみふねが路上アイドルだとしても、ファンとの付き合い方を間違えたらいけないと思うけど……。
みふね自身は気にしているのかいないのか、もしくはただの友達として接してくれているのか、わたしたちの距離感について何か言ってくることはない。
夜とはいえ、薄暗いアーケードには真夏の暑さが残っていた。ライブと特典会を終えたみふねの髪は、アイドルから人間に戻ったかのように湿って乱れている。
みふねはタオルで額を拭きながら、アイドルという殻を脱いだ声で話しかけてきた。
「今日のライブさぁ……あ、ダメか」
みふねは何か言いかけて口をつぐんだ。まだ近くにファンがいるからだろう。
贔屓のファンがいるように思われたらプロ意識を問われてしまう。それくらいはみふねも承知しているようだ。
「……みふね、帰ったらご飯作るけど何食べたい?」
なるべく自然に、だけど視線を送ってくるファンにも聞こえるように言った。
みふねも合わせて無邪気に笑う。
「じゃあ……麻婆豆腐とチャーハン!」
「ひき肉と玉子買って帰らなきゃ。行くよ」
キャリーケースを引いて先を歩き出すと、みふねは慌ててついてくる。
「え、荷物くらい持つよ!」
「いいから。ライブで疲れたでしょ」
「ありがと、おねーちゃん」
アーケードに響いたそのひと言に、ファンの人たちは安心したように去っていった。
わたしはひと芝居打ってドキドキしている心臓を押さえていた。
「みふねさぁ……もっと早くおねーちゃんって言ってくれる?」
「そんなあからさまに聞かせるために言ったら逆に怪しいでしょ」
今日もいつものファミレスでわたしは感想を、みふねは反省を話し合うんだろうな。
そう思いながら駅に向かおうとしていると、後ろから着いてくるみふねが足を止めたのが分かった。
振り返ると、いつになく真剣な表情をしている。
「ねぇ、これからみなとさんち行っていい?」
「え、うちに? 麻婆豆腐とチャーハンは冗談だよね?」
そう尋ねると、みふねはもっと冗談みたいなことを言い出した。
「あたし、二人組アイドルもいいと思ってたんだよね」
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