契り

 ぴちゃり


 波紋が広がり、青空を揺らす。下駄で踏んだ水溜りは飲めそうなほど澄んでいる。十龍城砦の最上層、雨上がりの閑黄朝。日の光に照らされた露が緑の葉の上で煌めく。


「まてー!」

「こっちだよー」

「わぁ、見て! きれいな人!」

「ほんとだー!ら雪女さんかな?」


 雑草が顔をのぞかせたコンクリートの上を子供達が走り回る。人間も妖も関係なく駆け回る平和な光景。


 やがて、目的地にたどり着いた。木の葉が揺れ、青銀の羽織がふわりとはためく。木漏れ日の中、苔の生えた石造りの階段を登れば


 十龍城砦 維持庁


 漆で鮮やかな紅に塗られた鳥居が現れる。

「来しぞ」

 サザメの声が響く。白蛇がスルスルと鳥居の影から現れた。




 蛇について行けば、本殿へ案内される。青銅の瓦、菊の紋章をあつらえた幕。中央の階段を数段登れば、鉄の扉が開く。


 つくづく呆る。

 サザメは足を踏み入れた。


 無駄に荘厳に飾りつけられた内部。天井には龍の水墨画、灯篭に照らされた金の装飾が煌めく。蛇は装飾に潜り彫刻に戻った。髪の毛一本落ちていない床はそれらを全て反射する。

 中央に置かれた18畳の間そこに鎮座する、顔を隠した7人の影。


「よく来たり。サザメよ。」

 7人の真ん中、黒真珠の首飾りをつけ一等立派な着物を着た影が言った。

「相変はらず臆病なめり。百年に一度に済む儀式を十年毎にするなにぞ、をことしかえ思はぬ。」

「口を慎め!」

 隣の影が咎めるように声を上げる。

「しか己よりもながらへし妖や畏き。」

 そう呟けば布越しの視線が刺さる。

「貴様、誰にものを言って──

「とく始めよ。」

 サザメは白銀の袖を整える。色素の薄い瞳が影を射抜いた。


 衣擦れの音。影たちが怖気付くのがわかる。


「汝らに分くるほどは多からず。」


 漏れ出た妖気は冷気となり本殿を冷やす。サザメの足元に霜が降り始めば浮きかけた腰をそのままに、左端の影が急かすように畳をトンと叩いた。


 チリン


 鈴の音と共に奥の暗闇から布を被った二人の童が現れる。黒髪のおかっぱに純白の着物。布の隙間から覗く顔は幼い。

 右の童の手には盃、並々と注がれた酒からは桔梗の香りがする。左の童の手には小刀、柄についた鈴が音を鳴らす。


 盃が畳の中央に置かれた。

 童を呼んだ影に小刀が渡される。

 影は盃の前で小刀で手首を切る。

 ぽたり・・・

 赤が盃に落ち、こだまする。

 波紋を作ったそれは音もなく広がっていく。


 次々と影の血が酒に落ちてゆく。

 七滴の血が落ち、サザメの番がくる。


 手首に刃を滑らせる。

 白い肌に一筋の線が走った。

 粒のように膨らみ、じわりと滲んだ血が盃に落ちる。

 透明だった酒はわずかに赤く染まっている。


 童が盃を持ち上げる。波打った酒をこぼさぬよう慎重に。盃はサザメの手に渡された。


「汝は我らに逆らはず、砦のために尽力すると誓うか」

 童が読み上げる。古びた巻は童が触れるたび欠片を落とす。

「ああ、よからむ。」

 サザメの返事を聞いた童は続きを読み上げる。その昔、激怒した神龍を鎮ませたとされる唄。サザメは唄が終わらぬうちに酒を飲み干した。わずかな鉄の苦味が舌に広がる。




 ──同刻

 中梁層、均衡管理局の拠点。仮眠室にて、リョウは圧を感じて目を覚ます。瞼を開ければ、暗闇の中こちらを見る一対の目。

「うぉ!? …いや、幽霊かよ。」

 ゆらりと、枕元に立った武下がリョウを見下ろしていた。


「元気そうだな?」

「退け。」

 皮肉をこめて言えば、ただ一言。

 仮眠室は広くない。並んだベッドはたった四つ。加えて、現在全て使用中。

「まったく、この俺の優しさに感謝しなよ?」

 ベッドから起き上がり、緩めていた帯を閉め直す。黄の羽織に腕を通し振り返った時には、すでに空いたベッドに突っ伏していた。

「うわ、死体じゃん。死亡届は自分で書けよ。」

 うつ伏せの背は呼吸しているかすら怪しい。

「…毎回思うんだけどさ、布団くらいかけないわけ?」

 期待していたわけではないが、やはり返事はない。コツンと頭を小突いてやっても無反応。そういう性分なのか意図的なのか、どちらにしてもこの人間とは付き合いが短くない。




「ファーちゃん、そこに寝転がられると報告書かけないから」

 蛍光灯の下、薄暗く照らされたデスク佐原は書類を覆っている灰色のふわふわした物体に声をかける。

「また提出が遅いって加賀ちゃんに怒られる…」

 どうしてか埃に魂が宿った付喪神、佐原の相棒は全く動く気配がない。どかせようとするが、埃でできた体はなかなか掴むのが難しい。

「ごめん! ごめんってば!」

 無理やり移動させられそうになり気分を害したのか、ファサはぽこぽこと埃を生み出した。デスクに埃が溢れていく。細かい塵が蛍光灯に照らされキラキラと光るが、綺麗などと言っている場合ではない。

「まずいまずい…」

 とりあえず掃除をしなくては、と箒を取りに立ち上がる。


「佐原さん。報告書、まだですか?」

 背後から、突然の声。振り返れば、冷ややかなタレ目と合う。茶髪のポニーテールが揺れる。

 あぁ、お怒りだ

「佐原さん?答えてください。まだですか?」

「はい…ごめんなさい…」

「はぁ〜…」

 呆れたように額に手を当てられ、キュッとなる。

「書類仕事は苦手、戦闘も特段強いわけでもない。加えて──」

「お、俺が悪いのでそれ以上はやめてください…」

 どうしてこうも自分でも気にしてるところを的確に突いてくるのか…居た堪れない。


 加賀玲 19歳

 佐原が今日任務を共にこなした局員。柔らかそうな癖毛のポニーテール。穏やか印象を抱かせるタレ目。だが実際にはズバズバ言ってくる。

 武下と同じく箱子の彼女は実に優秀だ。佐原はこの、自分よりできる後輩との接し方がわからなかったりする。今だって冷や汗が止まらない。


「で、いつ提出してくださるんですか?」

「この埃掃除したらすぐ書きます…」

「わかりました。早くしてください。」

「はい…」


 掃除ロッカーを開ければ粉っぽい空気。軽くむせかけながら、箒を取り出す。床に散らばった埃を掃き、塵取りに集めている間も背後からの視線が痛い。一挙手一投足に気を遣う。


「ファーちゃん…」

 埃をゴミ箱に捨てても、未だ机はファサに占領されている。

「そろそろ退いて欲しいなぁ…俺報告書書けないから..」

 声をかけても全く聞いてくれない。触れようとすれば猫のように体を逆立てる。掃除したばかりの床に再び埃が落ちる。

「ファサぁ…お願いだよぉ」


「…もういいです。」

 数分も経たないうちにそう言い放たれた。振り返れば、軽蔑したような目。

「そもそも私が書いた分だけで十分ですし。

 先輩には難しかったですね。」

 ひぃ…

 飲み込んだ悲鳴。心臓がうるさい。消えてなくなってしまいたくなる。

「ご、ごめんね...」

 人は、自分よりも年下の相手に使えないと判断されるのが一番辛いのかもしれない。


 報告書を提出しに行く加賀を見送り、佐原はデスクに座り込む。気持ちよさそうに寝そべる埃を撫でれば満足そうに体を揺らす。それが可愛くもあり、憎くもある。

「はぁ…」


 ジリリリリリリリリリリ


 ため息と同時に警報が鳴り響いた。

 緊急招集ではなく、管理局で拘束していた者が逃げ出したことを知らせるもの。

「ファーちゃん、行くよ。」

 佐原は立ち上がる。使えなくとも、管理局に勤める局員として仕事はしなくてはならない。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 十龍城砦

 妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造

 踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、

 閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)

 蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)

 内側に進むにつれ治安が悪くなる



 均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層

 人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、

     18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般

 妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織

     教官が可と判断してから入局


 リョウ 200〜300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身

 狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目

 普段の言動から、軽い男と評されているが、他人に対して(特に人間に対して)はなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属



 武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属 人間 蛾骸下層出身

 肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情

 若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。めちゃくちゃ無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。身体能力が異様に高く、戦闘能力に長ける。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた箱子。


 サザメ 1800歳 150cm 均衡管理局所属 雪女 閑黄朝出身

 雪のように白い髪、透き通るような肌、儚い美女

 白銀の着物、青銀の羽織。

 妖の中でもきっての年長者。古風な喋り方。


 佐原実 22歳 166cm 均衡管理局所属 人間 中梁層出身

 整えられた黒髪、純粋な目、健康的な体型

 やる気に満ちているが空回りしがちな青年。訓練生の時、リョウと武下が教官だった。

 武下のことは信頼も尊敬もしてるけど、何より怖い。リョウには懐いてる。

 小型の妖が相棒(埃の付喪神、愛称:ファサ、ファーちゃん)。

 本人の気が弱すぎるのでファサとの喧嘩でも負ける。


 加賀玲 19歳 155cm 均衡管理局 人間 中梁層出身

 茶髪のポニーテール、タレ目

 箱子。物怖じしない性格で、はっきりものを言う。しっかりしてる。

 先輩後輩関係はしっかり守るが、佐原に当たりが強いし尊敬してない。

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