十龍城砦

@wao-panda

十龍城砦

 計画性なく上へ上へ伸びた鉄骨がひしめき合う。湿った空気のカビ臭さ、錆びたトタンの薄壁、踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、油膜の張った虹色に光る水。日の光が入ってこないほどに密度の高いこの街を照らすのは、薄暗い提灯と痛いほどに眩しいネオンのみである。


 庶民が暮らす中梁層ちゅうりゃんそう、その一角の酒屋にて怒号が飛び交う。言い争っているのは猫族の女と人間の男。頭を抱え、やりきれないと全身で表す男に、女は毛を逆立て耳を前へ向けて言い放つ。

「だから謝ってるじゃない!!」

「謝ったからってそんなすんなり許せるかよ!」

「あー! しつこい!!」

 店員や他の客が遠目に様子を伺うなか、猫族の女が爪を繰り出した。それは人間の男の目に一直線に向かう。男の角膜に触れようかという瞬間、女の手首を横から掴んだ存在がいた。

「はいはい。そこまでね」

 狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目。髪色によく似合う暖色の着物、その上に羽織った勾玉円紋の羽織りが目を惹く。

「均衡管理局ぅ? なんでここにいるのよ。」

 女は妖狐に掴まれた手首を無理やり振り解く。

「いやぁ、俺もゆっくりしたかったんだけどね?  痴話喧嘩してる猫族と人間がいるって通報があったからさ、そりゃあもう大急ぎで飛んできたってわけ。」

 妖狐の男はやれやれ、と両手を広げる。

「それで? 事情を聞いても?」

「そいつがしつこすぎるのよ。やっぱ人間はダメね、器が小さすぎる。」

「はぁ?! それは――」

 女の言葉に男が言い返そうとするが、妖狐に制される。

「なるほどね、まぁ大体予想はつくけどさ。他の人間を彼氏と間違えたんだろ?猫族は人間を見分けるのが苦手だもんな。」

 妖狐は自信ありげに笑みを浮かべる。

「そうよ。何か悪い?」

「当たり前だろ!! 何回目だと「はぁいはい、落ち着いて。」」

 再び言い争い始める二人の肩に手を置き妖狐が言う。妙にのんびりした喋り方に、二人ともテンポを乱される。

「取りあえず、悪いのは彼女さんね。」

「はぃ!?何で私が「まぁまぁ最後まで聞いてって、」」

 妖狐は人差し指を立てる。

「彼女と付き合うなら、猫族について理解して、何か対策をたてるのも彼氏の努め。例えば、お揃いのお香を身に付けたり!」

 パッと胡散臭さのある笑みを浮かべる妖狐に二人は顔を見合わせた。確かに、そうすれば顔で見分ける必要はなくなる。猫族は鼻が効くから、お香で十分区別がつくだろう。

「名案ね…」

 先に口を開いたのは猫族の女。

「ねぇ、アタシ達今度記念日じゃない? お揃いでいろいろ買いましょ?」

 上目遣いで強請る彼女に、男は顔を赤らめる。

「お香だけじゃなくて、ブレスレット、とか、も、買おうか?」

「最高じゃない!」

 女は気分を良くし、酒をあおる。

 そして、妖狐の方を向く。

「ありがとう坊や。流石、均衡管理局ね。」

 妖狐は苦笑を浮かべる。

「坊やは心外だなあ。俺、結構生きてるんだけど?」

「あら、貴方せいぜい200年かそこらしか生きてないでしょ? アタシからしたら十分坊やよ。」

 目を細めてにこりと笑う女に、妖狐は肩をすくめてその場を去った。


 均衡管理局。

 それは、人間と妖が共存するこの世界において、

 治安を維持する組織。人間も妖も所属しており、中立を主張する。人間局員は均衡管理局と背中に書かれたジャンパーを、妖局員は勾玉円紋の羽織を羽織る。それが目印だ。

 中梁層に拠点を置く管理局の仕事は、ちょっとした言い争いの仲裁から、暴走し周囲を破壊する存在の無力化まで多岐にわたる。


 管理局に所属してから50年ほど立つ妖狐、リョウは拠点に戻るため、下の階が見える足場を歩いていく。

 今にも崩れ落ちそうな頼りない柵、上の階から滴ってくる水、提灯で赤く照される道はネオンと混ざりあって不健康に光る。ふさりとした太い尾が、歩く度に揺れる。鉄板の上を下駄で歩いているのにもかかわらず、足音を立てず進んでいく。


 やがて、均衡管理局と書かれたネオンがでかでかと飾られた建物にたどり着く。古びた引き戸には勾玉円紋の暖簾がかけられている。ガラガラと音を立てながら開ければ、中は蛍光灯で薄暗く照らされている。


「おお、リョウ帰ったか!」

「お疲れさん。」

「リョウさん! ちょっと相談したいことがあって」

 デスクの並ぶ薄暗い空間に入るなり、人間や妖に声をかけられる。

「あぁ、後でもいいか?先に一服したい。」

「もちろんです!」

 待ってますね! と、声をかけてきた人間は笑顔を浮かべデスクに戻る。人間の肩に乗った妖がちろちろと手を振るのを横目に、リョウは屋上に向かう。


 カビかけた階段を登る途中、懐の煙管に手を伸ばし今日は何の葉にしようかと考えていると、フラフラと今にも倒れそうな人間を見つけた。均衡管理局と書かれたジャンパー姿の、伸びた黒髪を適当にまとめた細身の男にリョウは見覚えがある。

 上から降りてきたその男はいつ崩れ落ちてもおかしくなさそうだが、何とか歩いているようである。

「今にも倒れそうだな?」

 リョウが声をかけると男は立ち止まり顔を上げた。隈が濃く、血色の悪い顔。極端な睡眠不足。

「ははっ、隈すっげぇな。熊猫の妖にでもなるつもり?」

 リョウの冗談を無視し、男は再び歩き出す。その足取りは覚束なく危なっかしい。

「無視ぃ? 何か返してくれてもいいんじゃない?」

 揶揄うように言うと、男は振り返る。無表情の鋭い目がリョウを捉えた。

「黙れ。」

「辛辣だねぇ」


 武下律

 それがこの人間の名前。

 幼い頃に身売りに出された彼を管理局が買い取ったらしい。幼少期から訓練を積まされた彼は、いわゆる箱子という管理局で働くために育てられてきた存在だ。成績は優秀で、リョウと同じく教官であり、訓練生の育成も行なっている。


「ここで倒れたら死因は転倒? それとも過労?」

 再び階段を降り始めた背に問いかけるが武下は振り返らない。

「その伸ばしっぱなしの髪、いい加減切ったら?」

「相変わらずほっそいねぇ。死因に餓死も加えた方がいい感じ?」

「聞こえてる? 俺こんなに喋らない人間お前以外に知らないよ?」

 話しかけ続けるリョウに目もくれず、武下は歩き続ける。壁に手をつき、体を支えながら。


 仮眠室と書かれた札のかかった扉に、武下は手をかける。一本の蝋燭のみが光源の、よく目を凝らさなければいけない部屋にはベッドが並べられている。武下はジャンパーを脱ぎ捨て、倒れ込むようにベッドに沈んだ。

「靴ぐらい脱いだら?」

 革靴もスラックスもシャツもネクタイも、銃さえも身につけたまま眠りにつく武下に、リョウは声をかける。が、反応はない。すでに意識を手放したらしい。

 まあいいか、と一服しに屋上に向かおうとすると、無線機が鳴った。


「本部より連絡

 中梁層西で天狗が暴れていると通報あり。死傷者3名。武下律、リョウの2名は至急、現場に急行せよ」


 リョウは今さっき眠りについた男の方を見る。既に武下は脱ぎ捨てたジャンパーを羽織っていた。

「3秒くらいは寝れた?」

「…」

 武下はリョウを一瞥し、駆け出した。


 武下は速い。

 柵を飛び越え、鉄骨を掴み身を翻し、時には飛び降りる。明らかに寝食不足なのにも関わらず、足場や鉄骨をうまく使い最短距離で現場に向かう。

 その速さは、妖のリョウが置いていかれるほど。


 リョウが追いついた時、武下は既に戦闘を始めていた。逃げ遅れた者を庇うように立ち、武下が銃を撃つ。赤い面をつけた天狗は団扇で風を起こし弾丸を弾いた。

 竜巻が起こる。柵が舞い上がり、鉄骨が軋み、トタンの壁がめくれる。鉄錆、油、カビ、排泄物。

 あらゆる匂いが混じり合い、ドブ臭さが辺りを覆った。

 逃げ遅れ、吹き飛ばされた妖や人間の悲鳴が響く。武下は不安定な足場を駆け回り、悲鳴の主が叩きつけられる前に救出する。落ちてきた妊婦を膝を曲げて受け止め、両手で抱えたままスライディングする。小型の妖を足で受け止め、足場に叩きつけられるのを防ぐ。

 リョウも落ちてきた子供と怪我人をそれぞれ片手で受け止め、小型の妖を尾で救出する。


 逃げ遅れた者がこの場から離れていくのを確認し、リョウは天狗と向き合う武下に近づく。

「遅い。」

 武下に睨まれ、リョウは肩をすくめる。

「お前が速すぎるんだよ。まったく、妖より速い人間って何だよ。」

 武下が銃を構える。

「援護しろ。」

「はいはい。仰せのままに。」


 天狗が再度団扇を振り下ろした。再び強風が生まれ、周囲を吹き飛ばさんとする。竜巻に巻き込まれた武下が上空に飛ばされる。天狗は飛ばされていく武下を見つめ、フッと笑うが、すぐに視線誘導されたことに気づく。


『狐火』


 天狗の背後に回り込んだリョウが炎を放つ。炎は天狗の妖気を、団扇を、面を燃やしていく。

「こざかしい…!」

「ははっ、褒められちゃったよ。」

 天狗がリョウを切りつけようと短刀を抜いた時、

 吹き飛ばされ、上空から急降下してきた武下が天狗に銃口を向ける。黒いジャンパーが、はためいていた。

「後ろ、ちゃんと気をつけなきゃ。」

 リョウがそう言うと同時に、銃弾が天狗の後頭部を撃ち抜いた。


 天狗の半分燃えた面から、見開いたまま固まった目が覗く。撃ち抜かれた後頭部からはとめどなく血や脳髄が溢れる。辺りに飛んだ血が腐った水と混ざり合い、下の階に滴り落ちる。

「うわぁ、グロ…」

 リョウはわざとらしく顔を顰めるが、武下は無表情に天狗の死体を見つめる。リョウの狐火は未だ死体の妖気を燃やしている。武下は燃える死体に手を伸ばした。妖気が燃やし尽くされてしまっては天狗の死体は崩れて無くなる。そうなる前に調べておく必要があった。

 妖華などの過激派組織と関わっていないか、違法薬を持っていないか、過去に犯罪を犯したことを示す刺青は入ってないか、一通り確認し、武下は立ち上がる。

「盗人の刺青が複数。」

「なるほどねぇ」

 リョウは再び天狗の死体を見る。妖気はもうほとんど残っていないようで、手や足は崩れ始めている。

「暮らしに困って、盗みをして、それも行き詰まったから自暴自棄になって、てところ?

 あるあるだねぇ。」

 かつては神と崇められた存在も、今ではただの犯罪者となりうる世界。御愁傷さま、と軽く言うリョウに背を向け、武下は歩き出す。



 管理局拠点に帰り、武下は再び仮眠室で眠る。

 今度はジャンパーすら着たまま、気絶するように意識を手放した。

 とりあえず仮眠室に辿り着くまでぶっ倒れなかったことを見届け、リョウも今度こそ一服しようと屋上に向かう。

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 十龍城砦

 妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造

 踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、

 閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)

 蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)

 内側に進むにつれ治安が悪くなる



 均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層

 人間局員:スラックス、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、

 妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織


 リョウ 200〜300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身

 狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目

 普段の言動から、軽い男と評されているが、他人に対して(特に人間に対して)はなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 妖の中では若い方。


 武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属 人間 蛾骸下層出身

 肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情

 若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。めちゃくちゃ無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはやる。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。身体能力が異様に高く、戦闘能力に長ける。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた箱子。

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