伝説のドラァグクイーン・ミネルバ☆暴走ブルドーザの伝説
@kossori_013
第1話 死神局の危機
# 死神ドラァグ
## 第1章:死神局の危機
死神局総務部第三課の窓から見える風景は、いつも同じ灰色の空だった。桐生賭郎は、デスクに積み上がった書類の山を前に、深いため息をついた。眼鏡のブリッジを指で押し上げる。整った顔立ちは陰鬱な表情に覆われ、スーツの黒が周囲の灰色に溶け込んでいるようだった。彼の指先は微かに震えている。昨夜の麻雀の負けが、まだ体に残っているのだ。
死神局というのは、実のところ、あまり人気のない職場である。そもそも死神というものは、元々人間だった魂の中から、特に有能で徳の高い者だけがリクルートされる。責任ある仕事である上に、刺激的な要素はほとんどない。魂を正しい場所へ導く、地味で淡々とした業務の連続だ。しかも感情労働という側面もある。悲しみに暮れる遺族、未練を残す死者、行き先に不安を抱く魂たち。そういった感情の渦に日々向き合わなければならないのだ。
収支が合わなければ残業は確定する。幸せな場面に立ち会うことは滅多にない。むしろ、人生の終わりという、最も重く暗い瞬間に寄り添うのが仕事なのだから。
だからこそ、死神局は慢性的な人手不足に悩まされていた。
桐生が所属していた経理部と総務部では、彼は堅実な仕事ぶりで知られていた。数字に強く、細かな作業も厭わない。出世とまではいかないものの、順調に昇進を重ねてきた。上司からの信頼も厚く、同僚たちとの関係も良好だった。少なくとも、表面上は。
しかし、一昨年、すべてが変わった。
前任の広報部長が、急な体調不良で異動になったのだ。後任を探す人事部は、堅実で信頼できる人材を求めた。白羽の矢が立ったのが、桐生賭郎だった。
「桐生君、君に広報部を任せたいんだ」
人事部長の言葉は、桐生の耳には死刑宣告のように響いた。広報部。死神局の中でも、最も悩ましい部署である。華がない組織に華を持たせる。地味な仕事に光を当てる。そんな不可能に近い任務を背負った部署だ。そこは期待と焦りと絶望が渦巻く魔境だった。
断る理由も見つからず、桐生は広報部へと異動した。
最初の一年間、彼は本当に頑張った。雑誌の写真撮影では、角度や照明を工夫した。春には桜の下でお花見イベントを開催し、秋にはハロウィンのコスプレ大会を企画した。キャッチコピーの募集もした。「死神、それは魂の道標」「あなたの最期に、寄り添います」。どれも真面目で、そして驚くほど地味だった。アイドルグループにも広報を依頼したが、死神局のイメージとあまりにかけ離れていて、むしろ逆効果だった。
問題は、死神局に来るような魂は、もともと地味で目立つのが好きではないということだった。陰キャ率は百パーセント。それは働きやすい職場であることの裏返しでもあった。みんな静かで、控えめで、協調性が高い。だからこそ、華やかさとは対極にあった。
ハロウィンでは、ほぼ全員が黒ずくめに大鎌という、ステレオタイプな死神の格好をした。大型武器はこの世界ではありふれているため、特に目を引くこともない。写真撮影では、笑顔を作るよう頼んでも、どの顔も引きつっていた。キャッチコピーは堅物ばかりが書くものだから、どうしても面白みに欠ける。
一年が過ぎる頃には、桐生は完全に限界を感じていた。成果は出ない。上層部からのプレッシャーは増す。そして、広報部の士気は日に日に下がっていった。
「まあ、数年こなして、また異動すればいいか」
桐生はそう自分に言い聞かせていた。この部署で一生を終えるつもりはない。ただ、時間が過ぎるのを待つだけだ。そう思っていた。
それが、すべてを変える通達が届くまでは。
三ヶ月前のことだった。死神局長からの緊急召集がかかった。会議室に集められた各部署の部長たち。桐生も広報部長として、そこにいた。空気は重く、誰もが不安そうな表情を浮かべている。
「諸君」
局長の声が響いた。白髪の老人の姿をした局長は、深刻な面持ちで全員を見回した。
「これより、財政再建計画を発表する」
桐生の背筋に冷たいものが走った。
「各部署の業績を精査した結果、成果の出ていない部署については、給与の削減を実施することとなった」
ざわめきが広がる。
「具体的には、広報部の給与を三十パーセントカットする」
桐生の耳が、一瞬、何も聞こえなくなった。三十パーセント。それは単なる削減ではない。生活ができなくなるレベルだ。いや、桐生にとっては、それどころではない。
彼には、誰にも言えない秘密があった。
地獄の賭場。
正確には「煉獄カジノ&麻雀クラブ 紅蓮」という名の、地下深くにある賭博施設だ。そこには、仕事帰りの死神や、悪魔、鬼、妖怪、様々な霊界の住人たちが集まる。桐生は、そこの常連だった。
麻雀。それが桐生の、唯一の、そして最悪の趣味だった。
堅実で真面目、信頼できる桐生賭郎。それは表の顔だ。裏の顔は、重度のギャンブル依存症。鬼娘たちと夜通し麻雀卓を囲み、泥酔しながら一喜一憂する。負けが込めば、さらに熱くなる。勝てば、もっと賭けたくなる。
気がつけば、消費者金融「極楽直行悪魔ローン」から、給料の三ヶ月分を借りていた。その返済計画は、今後の給与を当て込んだものだった。三十パーセントのカット。それは計画の完全な崩壊を意味する。
会議が終わると、廊下では同情の視線が桐生に注がれた。しかし、誰も声をかけてこない。死神局の上の上の決定だ。誰も彼もなすすべがない。組織の巨大な歯車の前では、一人の死神など、塵のようなものだ。
桐生は自分のデスクに戻ると、頭を抱えた。眼鏡を外し、目頭を押さえる。陰のある顔立ちは、今やさらに深い影に覆われていた。
「どうすればいいんだ……」
呟きは、誰にも聞こえない。周囲の職員たちは、気まずそうに視線を逸らしている。
その日の夜、桐生は当然のように「紅蓮」に向かった。現実逃避。それ以外に理由はない。地獄への階段を下りながら、彼は自分の人生について考えた。真面目に働いてきた。堅実に生きてきた。それなのに、なぜこんなことになるのか。
「いらっしゃい、桐生さん」
店に入ると、鬼娘のアカネが笑顔で迎えてくれた。赤い肌に角を生やした彼女は、この店のエースディーラーだ。豊満な体つきに、どこか妖艶な雰囲気を漂わせている。
「今日は顔色悪いわね。何かあった?」
「……聞くな」
桐生は席につき、いつものように麻雀卓を囲んだ。相手は常連の悪魔と、別の鬼娘。そして、アカネ。
牌が配られる。カチャカチャという音が、桐生の神経を落ち着かせる。ここでは、何も考えなくていい。ただ、目の前の牌だけに集中すればいい。
しかし、今夜の桐生の運は最悪だった。一局目、二局目と、立て続けに振り込む。三局目では、リーチをかけたものの、他家の安全牌待ちに引っかかった。
「もう、全然ダメだ……」
桐生は泥酔していた。持ってきた金は、すべて失った。これ以上は借金が増えるだけだ。
「ねえ、桐生さん」
アカネが心配そうに声をかけてきた。
「本当に、何かあったんでしょ? 話してみなさいよ」
桐生は、もうどうでもよくなっていた。酔いと疲れと絶望が混ざり合い、彼の口は勝手に動き始めた。
「広報部の給料が、三十パーセントカットされるんだ」
「あら、それは大変ね」
「大変どころじゃない。俺、もう終わりだよ。借金返せない。首も回らない。どうすればいいんだ……」
桐生は卓に突っ伏した。周囲の客たちが、同情するような、でも少し距離を置くような視線を向けている。
「ねえ、桐生さん」
アカネが、少し考え込むような表情で言った。
「広報部って、要するに死神局を人気にすればいいんでしょ?」
「そうだよ。でも、無理なんだ。死神なんて、地味で暗いイメージしかない。誰も憧れない。誰も来たがらない」
「だったらさ」
アカネは麻雀の牌を片付けながら、ふと思いついたように言った。
「とにかく目立つ人、頼んだらどう? ほら、ドラァグクイーンとか」
「ドラ……何?」
桐生は顔を上げた。酔った頭で、その言葉の意味を理解しようとする。
「ドラァグクイーンよ。派手で、華やかで、とにかく目立つじゃない。あたしも現世にいた頃、一度だけ見たことあるけど、すっごい迫力だったわよ」
「でも、そんな人、死神局にいないだろ……」
「だったら、連れてくればいいじゃない」
アカネは、まるで簡単なことを言うように、にっこりと笑った。
「この世には、いっぱいいるんでしょ? ドラァグクイーン。そういう人を、スカウトしてくればいいのよ」
桐生の頭の中で、何かが動き始めた。酔いが、少しだけ覚めたような気がする。
スカウト。ドラァグクイーン。派手で、華やかで、目立つ。
「……でも、どうやって」
「そんなの、あんたが考えなさいよ」
アカネは立ち上がり、桐生の肩を軽く叩いた。
「あんたは広報部長でしょ? 何か一発逆転の策を考えるのが、あんたの仕事じゃないの」
桐生は、その言葉を反芻した。一発逆転。そう、今の自分に必要なのは、それだ。
翌朝、二日酔いの頭を抱えながら、桐生は局長室のドアをノックした。普段の彼なら、絶対にしない行動だった。しかし、背に腹は代えられない。
「入りたまえ」
局長の声が響く。桐生は深呼吸をして、ドアを開けた。
「局長、お話があります」
「何かね、桐生君」
局長は書類から目を上げた。桐生の表情を見て、少し眉をひそめる。
「広報部の給与カットの件ですが……」
「ああ、それは申し訳ないが、決定事項だよ。覆すことはできない」
「わかっています」
桐生は、自分でも驚くほど強い口調で言った。
「ですが、条件があります」
「条件?」
「もし、私が成果を上げたら、給与を倍増していただきたい」
局長の目が見開かれた。広報部の地味な職員が、こんな大胆な提案をするとは思っていなかったのだろう。
「……倍増、だと?」
「はい。成果が出なければ、カットで結構です。しかし、もし成果が出たら、倍増。それを確約していただきたい」
桐生の声には、人生で初めてとも言える強引さがあった。目の前の局長ではなく、自分自身の背中を押しているような感覚だった。
局長は、しばらく桐生を見つめていた。そして、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。半年だ。半年で何らかの成果を出せば、給与を倍増しよう。ただし、成果が出なければ、カットは予定通り実施する」
「承知しました」
桐生は深々と頭を下げた。局長室を出ると、彼は廊下で立ち尽くした。震える手を見つめる。
「俺は、何をしてしまったんだ……」
しかし、もう後戻りはできない。賭けは始まった。半年。それまでに、何とかしなければならない。
桐生は、アカネの言葉を思い出した。ドラァグクイーン。派手で、華やかで、目立つ。
しかし、どうやってそんな人を見つけ、スカウトすればいいのか。そもそも、死んだばかりの魂をどうやって説得すればいいのか。皆目見当もつかない。
それでも、桐生の頭の中には、一つの確信があった。
「これは、最高の賭け事(ベット)だ」
彼は、自分の人生で初めて、本当の意味でのギャンブルに身を投じたのだった。勝つか、負けるか。成功するか、破滅するか。すべては、これからの半年にかかっている。
桐生賭郎の、そして死神局の、運命が動き始めた。
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