第2話 ◆菊水の村◆弐

※(店主の体験談です)

※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)


亡き祖母との思い出。

おばあちゃんが話した怪談・弐。


※※※※※


祖母は若い頃、生まれ育った山を離れて都会に出て観光バスのバスガイドをしていました。

お金は堅実にためて、残りは親へ仕送りをし、数年は不自由は感じませんでしたが、両親が同時期に他界して、このまま都会に根付くか迷っていた時、どうしても【水が合わなくなった】と言っていました。

 

都会の雰囲気や風潮に合わないものもありますが、山奥で育った祖母は、住んでいた寮の蛇口から出てくる水道水の、塩素と泥のような異臭が混ざり合った不味い水に耐えきれなくなったそうです。


ふと、ある朝『あ、山に帰ろう』そう思い立って、同じく上京してきていた同期の説得も聞かず、自分の村へ舞い戻ったとか。

 

※※※※※

 

まだ暗い中、庭の鶏小屋で雄鶏が鳴いて目が覚めます。

夏休みはまだまだ続いていて、澄んだ空気の中で呼吸すると頭がはっきりしてきます。身支度をして庭へ出ると、祖母がぶっきらぼうに竹籠をひょいと渡し、


『鶏の卵を取ってきてくれ』


そう言ってから、縁側に座って朝ごはん前の一服、セブンスターを吸い始めました。

祖母のタバコは都会で覚えた訳ではなく、祖母の実家のお手伝いさんから一本もらったのが始まりで、家事の隙を見ては親にバレないように吸っていたそうです。

 

『失礼します』そう一礼をして、ワラの上にうずくまる鶏のお腹の下へ手を入れると、思いっきり手の甲を突っつかれました。

 

『いったぁ!』と手を引っ込める私を見て、祖母はガハハッと笑いガラスの灰皿にタバコを押し付けてから立ち上がり、

『コツを教えたる』そう言って、鶏の頭の部分をそっと片手で包み込み、空いている方の手で卵を取り出しました。


『すごい!!』

『鶏はな、目隠ししたらなーんもわからんようになるんや』


朝ごはんはいつも卵と海苔が定番で、あとは山菜の入った味噌汁、自家製のコンニャクが並んで、炊き立ての白米と一緒にいただいていました。


この海苔は、海に住んでいる親戚からの貰いもので、ひと月に数回山を下りて町に行く際に『持っていけ』と手渡されるので、買わずに済んでいるようです。


『タバコって美味しいの?』

『あ~!やめとき、やめとき。一生吸わなくても生きていけるもんや』

  

※※※※※

 

 祖母は布団を並べて横になりながら、


『怖くて、寂しい話したろか』と、


寝る前の怪談を話し始めます。


『今日はうちの村におった先生の話や』


先生は都会から来たほんまに奇麗な人で、村の男たちは『先生、先生』と声をかけて、どうにか振り向いてもらおうと、米や野菜、獲ってきたイノシシや鹿の肉もあげたりしていた。


そんでも先生の心を射止めたヤツはおったんや。


そんひとは昔は都会で暮らしてたんやけど、なんもかも嫌になってこの田舎で農業し始めた男やった。

もともとお互い都会で暮らしてたのもあり、性格や話も合ったんやろうな。二人で所帯を持って空いてた家で暮らし始めた。


しばらくして、お腹に子供ができて、お腹が大きくなるまで学校でみんなに勉強を教えてたけど、産休もろて、しばらく家でゆっくりすることになった。


そろそろ町の病院近くのアパートに行く話が出てた時や。


旦那は用事で海近くの町まで出てた夜に、先生が産気づいてしもうた。みんな慌てて車の用意したんやけど病院まで片道1時間以上かかる。


そやのに、赤子の片足が出てきてしもうてる。逆子やったんや。


村には産婆さんがまだおったさかい、慌てて婆さんを叩き起こして家での出産が始まった。そんでもなかなか出て来ない。初産の上、難産で明け方ようやく生まれた。

 

最初、産声あげへんかって、産婆さんが両足持って逆さにして尻叩いたら大きい声で泣き始めた。みんなホッとして先生に話しかけた。

 

『先生!先生!女の子やで!』

 

先生は返事できへんかった。産んだと同時にこと切れていたんよ。

 

※※※※※

 

帰ってきた旦那は赤ん坊を抱っこしながら大声で泣いて、泣いてなぁ。


背中をなでながらみんなで慰めたけど、旦那は何も聞こえてないみたいに、ずっと独り言を続けてたそうや。


次の日、学校の校長先生の家の前に、置手紙と何重にも産着にくるまれた赤ん坊が置かれてたんやと。

校長先生夫婦には子供がおらんかった。手紙の内容は誰にも話さず『自分の子供として育てる』とだけ言うて、夫婦の娘として受け入れた。

 

旦那は海で浮いてたのを漁師に見つけられた。

自ら命を終わらせてたんや。

 

先生と旦那の連絡先を探しても、親や、知らせる親戚も見つけられんかった。都会の施設で育って、学校の先生になってはったと、その時わかったんや。


このままではどこも行かれへんから、二人とも村で弔って村のお墓に入った。


そんなことが起こってひと月半ぐらい過ぎた頃、

修理や雑用をしていた「なんでも屋さん」と呼ばれてた人が、荷車を馬に引かせて村に戻って来てたときや、


日がちょうど落ちる直前で、馬が急に足を止めて、なんぼ手綱引いてもビクともしなくなった。小刻みに震えて汗びっしょりになっとる。


『おい、おい!どないした、足痛めたんか?』


馬の足を見ようとしたら、周りの空気が硬くなった。

「なんでも屋」の体も固まって動かなくなった。


そしたら、道の右、竹藪の向こうに塊(かたまり)が見えた。


音もなく藪から滑り出してきたのは、襖(ふすま)2枚分はある大きな女の顔。


そのまま顔は左側の谷、川の方角へ吸い込まれていくようにして消えた。



『大きな顔は、先生の顔をしていた』と。



「なんでも屋」はあちこちで言って回ってたけど、ほんまかどうかはわからへん。竹藪の奥は村の集合墓地やったから、勝手に色々想像して幻覚を見たかもしれんしな。


もし、それが本当なら、

生まれた子を胸に抱くこともなく、あの世に行かなければならない。

先生は、とても無念で、心残りであったのだろうと思う。


『先生が何を伝えたかったのかはわからへん。そんでも残された人間はこの先も生きていくんや』




=つづく=

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