ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた
恒例行事
第一章
01 充実した日々を過ごすマゾ、マゾ充
「があああああああああああっっ!!!?」
激痛。
腹部を刺し貫く歪な槍。
モンスターが手塩にかけて作ったそれは形が歪んでおり、蛇腹の如き凶悪な殺傷性を見せる。
ただ貫かれただけでは決してありえない複雑な傷。
腹が爆発したのかと思うほどの灼熱。
今後治るかどうかも不明、この場を生きて帰れるかさえわからない。治療が少しでも遅れれば、俺は間違いなく死ぬ。
それを受け止め、湧き上がる熱に意識を奪われそうになりながらも、歯を食いしばって吼えた。
「い……ま゛だあ゛あ゛あ゛あ゛!!」
文字通り血反吐混じりの咆哮にモンスターが怯んだ隙を見逃さず、即座に反撃が放たれる。
飛び出したのは紅蓮。
赤髪に紅蓮の装飾が施された軽鎧を身に纏い剣閃が瞬く。
──ザザザンッ!!
一、二、三。
刹那の合間に紡がれた斬撃が外殻を切り崩し脆い肉体を晒し、正確に筋を断ち切った。
「──風よ!」
魔術師の声に合わせ、魔力が蠢く。
彼女自身が持つ膨大な魔力と場に充満していた魔力が混ざり合う。それぞれの属性を統合し、変質させ、圧縮させた刃となって暴れ狂う。
その数、およそ三十。
モンスターの綻んだ外殻を打ち崩し、更に内部の肉にまで侵入し切り裂いていく。
『ウゴオオオオオオッ!!?』
俺の腹を破った槍から手を離し、モンスターは逃走しようとする。
だが、もう遅い。
そこは射程圏内だ。
「──逃がしません……」
極光が煌めいた。
風も、紅蓮も、俺も塗り潰す絶対的な光。
唯一神エスペランサの加護。
魔に対する拒絶に等しき一撃。
それが場を包み込み、視界が元に戻った時────モンスターは消滅し、戦闘は終わっていた。
流石、溜めに時間がかかる分圧倒的な威力だ。
神官の中でも選ばれた者しか扱うことの出来ない第5位階魔法、だったっけか。知り合いの神父さんがポンポン使ってたから今のパーティーに入ってびっくりしたのも今となっちゃいい思い出だ。
……さて、呑気にそんなことを考えている場合ではない。
いい加減この槍をなんとかしないと死ぬぜ。
モンスターが丹精込めて手作りした武器は基本的に粗い出来だ。
金属製の刃とかが無い分適当に削り出した岩石とかが大半なんだが、これがもう痛いのなんのって。モンスターの膂力から放たれたそれは当たり前のように腕を弾き飛ばすし腹を突き破るし顔面が砕ける。
当然、そんなものを受け止めなくちゃいけない壁役は不人気だ。
荒くれ者や死んでも対して痛くない田舎から出てきた三男坊とかがよくやらされて死んでいく。痛みと死の恐怖に怯えながら死んでいく同業者の姿は、嫌というほど見てきた。
──とは言っても、それは俺以外の人間にのみ当てはまる法則だ。
俺は自分から志願して壁役をしている。
仲間を信じて攻撃を受け止め、誰よりも死と接近している。他に選択肢がなかったわけではないが、俺はこの役職を選ぶしかなかった。
それはなぜか?
それは────俺が、どうしようもないドマゾだからだ。
意識が飛びそうになるくらいの激痛は、意識が飛びそうになるくらいの快楽。
目前に迫る刃を潜り抜けながら、隣に並んだ死と踊る戦い。
避けられる攻撃を受け止め無理やり攻撃するタイミングを作り出し、それを仲間が倒してくれるコンビネーション。
これがもうたまらんのだ!
何がいいって、俺はただ攻撃を受け止めて自分の性癖に従って気持ちよくなってるだけなのに仲間が敵を倒してくれるところだ!
これは瀕死ドマゾ男にとっては革命と言っていい。
死のリスクが極限まで低減された上に仲間の役に立ったという事実で自分の性癖を満たせるんだぞ! しかも治療までしてもらえるんだ、タダで!
おかげで彼女たちに会ってから、俺は毎日満たされた日々を送っている。
ドマゾなりに充実した日々を過ごす、略してマゾ充だ。
──それに加えてもう一つ。
俺がどうしようもなく気持ちよくなってしまう点がある。
膝をつき、流れ溢れる血を少しでも止めようとしていた今、汚れることも厭わず細くしなやかな手が伸びてきて傷口を綺麗な布で抑えてくれた。
感謝を述べようと顔を上げた時、悲痛な表情が映った。
「フィン……! そなた、また無理をしたな……」
「カ、ルラ……はは、でも、倒せただろ?」
紅蓮の剣豪、カルラ・ツカモト。
出会った頃は駆け出しだった彼女も成長し、今では剣聖の一人に数えられる実力者だ。綺麗な赤髪に動きやすいように関節部を開けた軽鎧。長い付き合いとはいえ、美しい女性に心配されて悪い気持ちになる男はいない。
「ちょっと大丈夫!? マリ! 早く!」
「はい! ごめんなさい、フィンさん。すごく、痛むと思います……」
エルフのアストレアに急かされやってきたのは神官のマリアンヌ。
先程強力な魔法を撃ったばかりだというのに彼女は全く消耗した様子がない。
長く苦しい道のりがあったのだが、死にかけている今思い出すことじゃない。
大事なのは、あの程度の魔法なら彼女は何百発でも放てるということだ。
そう、俺が損耗率が高く人気もない壁役をどうしてこのパーティーでやっているのか?
その答えは彼女にある。
「ああ……わかってる。やってくれ……」
「…………はい……っ」
座り込み刺さった槍をカルラが掴む。
悲壮な顔をして、だが決して目を逸らさないまま、彼女は俺に告げた。
「いくぞ。耐えてくれ……」
ブチ、ブチブチ……ミチッ、グチュ……!
「う、があ、ああ! うあああ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!!」
「ッ……フィン! がんばれ!」
「すまぬ、すまぬッ……!」
「すぐに治しますから……!【
「があああああああああああッ!!!! あ、ぎ…………」
「早く……早く治って……!!」
痛い──痛い痛い気持ちいい気持ちいいウヒョオオオオオオッ死ぬうううぅぅッ死んでしまう死んでしまうぞ俺ッッッ痛くて気持ちよくて死ぬッッ死が近付いてきて死ぬ流れていく血の一滴までわかる気がする俺の身体から命が流れていく興奮するやばい達する達する気持ち良すぎるッッ出る出るでちゃうううううぅぅ出ちゃいけないもの出ちゃううううぅぅッッ!!
────…………ふぅ。
「ああっ、フィン……! 無事か!?」
「ああ……いつも見苦しいものを見せて本当にすまない」
「そんな! 見苦しいだなんて……」
「そうだ、フィン。責められるべきは我らだ。いつまでもそなたに無理をさせ、成長することのない我らが……」
ふぅ……。
賢者タイムにみんなの心配が染みるぜ……。
だが勘違いしないで欲しいのは、俺は誰でもいいわけじゃないんだ。
出会った当初は誰でも良かったかもしれない。
というか、全員がそうだった。
冒険者を見下してる剣士。
慈善活動の一環で参加した見習い神官。
人間そのものを低俗だと言っているエルフ。
最悪の出会いだったよ。
それでも付き合いは続き、すでに五年は経っている。
紆余曲折の末に地元のトラブルとかも共に乗り越えたりしたし、よくわからんデカい怪鳥と戦ったりもした。最近は魔王軍幹部とかいうよくわかんない親玉みたいな奴とも戦ってるが、俺達は最早ただの仲間じゃあない。
絆で繋がった、かけがえのない大切な仲間だ。
俺はみんなを愛してる。
それは決して性癖によるものじゃない。
ドマゾだって人間だ、ただ痛みを与えられる以外にも、愛して欲しいと思うことはある。俺が愛するように、彼女らだってきっと俺を愛してくれている。
だから──流石にこの性癖は言えねえってマジで。
彼女らを心配させたいわけじゃないんだ。
究極、「まあこいつドマゾだし放っておいていいわよね」とかアストレアに言われたらめちゃくちゃ興奮するし、「変態が、貴様の始末は己でつけろ」とカルラに冷たい目で睨まれるのも興奮するだろうし、「どうしてあなたは浄化されないのでしょうか」とマリアンヌに言われるのも──マリアンヌが、言うわけないだろそんなことッッ!!
消えろ、闇の俺!
「はぁっ、はぁっ、はぁ……ッ!」
「どうかしましたか? もしかして、まだ治ってない……!?」
「いや! 大丈夫だ! 少し、少しだけな……(変な想像をした自分が)怖くなった」
マリアンヌがそんなこと言うわけない。
彼女は本当に神的にいい人だから。
当時の汚らしい同年代のガキだった俺にも差別とかせずちゃんと一個人として接してくれてたし。一人でも多くの人を救いたいから神官になった清らかな心の持ち主だぜ?
でも……そんな彼女も、俺がドマゾと知れば……
言えない……!
流石に、言えない……!!
「──……よし。大丈夫だ、切り替えた。帰ろう。依頼は終わっただろ?」
「……ああ。そうだな」
「はいはい、全く。こっちの気も知らないで呑気なもんよね」
「はは、ありがとうアストレア。お前は優しいな」
「ふんっ! 仲間が毎度死にかけてたら心配にもなるでしょ!」
人間とか全員下等生物だし近寄んないでくれる?
大真面目にそう言い放った彼女がここまで変わるとは……。
これには俺もホロリだ。
「なによ」
「ふふっ、なんでもありませんよ。ね、フィンさん」
「ああ、なんでもないな。お優しいアストレアばあば」
「ぬあんですってぇ!? まだ私は若いわよ!! ガキンチョが!」
ヒートアップするアストレアと、それを揶揄う俺。
そんな俺たちを見て笑う、カルラとマリアンヌ。
──いい、帰り道だ。
こんな日常が、いつまでも続いてほしいもんだぜ。
「グオオ……ガゴゴゴ……」
「……寝たか?」
「寝たわね」
「寝ました」
討伐依頼を終えた後。
共通用として購入した王都一等地の屋敷で行われていた晩酌中に寝入ったフィンを起こさないように三人は小さな声で会話した。
「はぁ……今日も肝が冷えたわ、ホント。相手は
「……それが我らのやり方だ。フィンが抑え、我らが討つ。これまでずっとそうしてきただろう」
「そうだけど! ……カルラ、あんたもわかってるんでしょ。このままだと、あいつ、死ぬわよ」
アストレアの言葉にカルラは顔を顰める。
「マリの防護魔法にも限界がある。あいつの硬さと防護魔法に加えて打ちどころが良かったから死ななかったけど、もしあれが頭に当たってたら……」
「……めろ」
「ここ一年、ずっとそうよ。あいつは、フィンは、死ぬかも知れないとわかっていて受け続けてる。私らが敵を討つためにはそれが最も効率がいいから。フィン自身が、最も役に立てるからって」
「やめてくれ……」
「どうするの? このままフィンが、呆気なく死んじゃったら。ただでさえ短い間しか生きない人間が、フィンが、そんな死に方したら。それに……あいつ、怖いって。怖くなったって、言ってた。怖いのに、あんなことしてるの。どうしよう。フィンが……死んじゃったら……」
「やめろ!!」
怒号が響く。
「私だってわかっている! 彼奴が、フィンが、いつだって死ぬかもしれない恐怖と戦っていることを! どうにかしてやりたい! どうにかしたい! 他の誰でもない、私が、フィンを救ってやりたい! ──……彼奴の隣に、並びたいと思っている。でも、足りないんだ……」
カルラは、世界に二十人といない【剣聖】だ。
もはやその剣技において比肩する人物は数えるほどで、純粋な戦いであれば絶対的な強さを誇る。
だが、それはあくまで人の中での話。
ただ息をしているだけで津波を起こす海竜。
空を飛ぶだけで大地が抉れる黒竜。
伝説上で語られる、空と宇宙を自由に行き来する大空より飛来する生物。
そういった怪物を始め、超常の存在も入れた指標の中では、カルラは弱者に分類される。
それを彼女はよく理解していた。
故に嘆く。
「まだ、未熟なんだ。足りないんだ。フィンの隣に立つために、真の意味で仲間になるためにはッ!! まだ、私は弱すぎる……!!」
「……カルラ………」
「──私も、同じ想いです」
心情を吐露するカルラに、マリアンヌが頷いた。
才能に欠け、身分も卑しいと冒険者ギルドへ送り出された彼女にとって、この出会いは奇跡そのものだった。
手の届く全てを救いたい。
そう願っていたマリアンヌに力が宿ったは偶然でも何でもなく、このパーティーを組んだからだ。驕り高ぶる東方の剣士に、人間嫌いのエルフ。そして田舎から出てきた少年と、未熟な神官の四人組。
時に衝突し、時に手を取り合い、時に──まあ、他の女には言えないようなちょっとした思い出を積み上げながら、ここまでやってきた。
「私は……絶対にフィンさんを死なせません」
誰も死なせたくない。
誰も死なせない。
そういった思いは、力を得る度に薄れていった。
マリアンヌは、自分の力は一人では得られなかったと理解している。
かけがえのない仲間と共に冒険してきたからこそ手に入ったのだとわかっている。だからこそ、有事の際。
二者択一の選択を迫られた時は、なんの躊躇いもなく仲間を選ぶだろう。
「カルラさんも、アストレアさんも、フィンさんも……誰一人として、死なせまん。それが、【聖撃の聖女】としての、私の覚悟です」
「……ならば私も今一度誓おう。【紅蓮の剣聖】は、必ずやお主らを守る矛となると」
「──私も。【ハイエルフ】として誓うわ。風はわたくし達を必ずや守ると。自然の、大地の加護があると」
三人の想いは同じだ。
もう、フィンに辛い思いをしてほしくない。
やりたくてやってるわけじゃ無いのはわかっている。
仕方なく、そしてそれが最も効率がいいからしているのだ。
最も死ににくい自分が攻撃を受け止め、生まれた隙をついて三人が攻撃してくれれば確実だから、と。
そうなっているのは全て、自分達の力不足が招いている。
(──見ていてくれ、フィン。そなたの隣に並び立つのは、私だ)
(──見てなさいよ、フィン。あんたは老衰で、英雄として送り出されるべきなの。戦いの中で死ぬことなんて、許さないんだから……)
(──見ていてください、フィンさん。あなたのことは必ず守ります。あなたが傷つかなくても良くなるように、安心して眠られる日が来るように、私がやってみせますから)
三人は眠るフィンを見る。
「グゴゴ……う、あぁっ、やめ、やめてくれッ……ちが、ちが…………助けて……」
「──……う、うぅっ。ごめん、ごめんねフィン! 私が弱いからっ!」
「泣くな! 泣くのはダメだ! 泣きたいのは我らではないのだから……っ」
「……少しでも、安らかに眠れますように。【スリープ】……」
泣き崩れるアストレア。
必死に堪えるも目尻に涙が浮かぶカルラ。
そして、涙を流しながら、フィンを安眠へと導くマリアンヌ。
各々は、フィンの慟哭を聞き決意を固くする。
必ずや、フィンを救って見せると。
フィンに並びたって見せるのだと。
「う、あぁっ……(ドマゾに引いたからって治療しないのは)やめ、やめてくれッ……(あ、でもそれはそれで……)ちが、ちが(違うだろ! マリアンヌはそんなこと言わないだろ!)…………助けて……」
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