攻略本を拾った悪役令嬢の兄は、智謀で妹の破滅ルートを潰す

雪沢 凛

序章 この世界には書かれた未来があるらしい

 ローラン家の図書館は、今日も薄暗く、静まり返り、そして退屈だった。

 ――まるで、俺の牢獄としては誂えたかのようだ。


 魔力ゼロの落ちこぼれ。

 家門の恥。

 何の役にも立たぬ長男。

 ……そんなふうに、陰で囁かれ続けていれば、たとえ聖人であろうと心が歪むだろう。


 俺は棚の上段へと手を伸ばし、乱雑に積まれた古書を押し分ける。

 その瞬間――指先に、異様な冷たさを感じた。


「……なんだ?」


 薄い感触。やけに整った角。紙でも革でもない、滑らかすぎる素材。

 引き抜いてみると、それは小さな冊子だった。


 この世界では見たことのない材質に、見たことのない文字。

 文字……のはずだが――


「……は?」

 目に入った瞬間、意味が脳に強制的に流れ込んできた。


 理解を望んでもいないのに、

 勝手に理解させられる――不快な感覚。


《分類:RPG+乙女ゲーム》


 読めてしまう。意味も分かる。

 だが、それはこの世界の言葉ではない。


 アール・ピー・ジー? 乙女ゲーム?


 どれもこれも、薄っぺらな音の羅列にしか聞こえない。


「……笑わせるな。」

 吐息とともに、ふっと笑いが漏れた。


 書き手のセンスは、最悪だ。


 この意味不明な記号の連なりも、芝居がかった言い回しも、

 どこか世界を見下すような、尊大な態度も。


 俺が何よりも嫌う、薄っぺらい語り口。


 だが――

 ページをめくった瞬間、背筋を冷たいものが走った。


《アリステラ婚約破棄 イベント》


 アリステラ。

 俺の妹の名が、まるで物語の項目のように記されている。


「……は?」

 怒気が一気にこみ上げてくる。


《侯爵三子アルフレッド、ヒロインを庇い好感度+30》

《悪役令嬢アリステラ、破滅ルート確定》


「好感度? ヒロイン? 悪役令嬢……?」

 どれ一つとして、気に食わない。


 この冊子は、俺の知らぬ「外側」から書かれている。

 まるで、己を「作者」とでも勘違いしているかのように。


 そして――

 俺の妹の未来を、勝手に「決定事項」として書き記している。


「……ずいぶんと舐めた真似をしてくれる。」


 笑いが込み上げる。

 冷たく、底の知れない笑いだ。


「よりにもよって、アリステラの破滅を『イベント』扱いか。」


 馬鹿げている。

 理解できぬ言葉ばかりだ。


 だが――

 直感が告げていた。


 これは、ただの冗談ではない。

 この冊子は――危険だ。


「……面白くなってきたじゃないか。」

 俺は冊子を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。


「作者気取りの、どこの誰かは知らんが……」

 唇が自然と吊り上がった。


「――俺の妹を『悪役』に仕立て上げるつもりなら、

 その物語ごと、潰してやる。」

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