うさぎ愛好家になりたい。
復職し、また元気に働き出したわたしだが、生来仕事は嫌いである。
自分以外の責任は負いたくない。
その場で自分が一番上の立場の人間になると落ち着かなくなる。
自分がやるべきことが終わったなら人は見捨てて帰りたい。
会社ではちゃんとした社会人を演じているが、密かに考えていることはそんな幼稚なことばかりだ。
仕事なんてしたくない。
せめて正社員じゃなきゃ社会人として恥ずかしいなんて風潮とか、自分を縛る偏見とかがなくなれば、まだ生きやすいのに。
鬱病を患ってカウンセリングを受ける中、認知行動療法を勧められて学んだのに、まだ凝り固まった考え方は解けていない。
わたしが進んでやりたいことは、うさぎに関することだけ。
いっそのことうさぎが好きというだけで生きていければいいのにと思う。
そう、職業名をつけるなら……うさぎ愛好家とか。
うさぎを愛し、うさぎを育み、うさぎを慈しむことを生業とする肩書き。
それだけで食っていけるなら、わたしは一生食いっぱぐれる心配がない。
まあそんなんでお金を貰えるわけないのだけど。
うさぎの食べる牧草だってペレットだってお金がかかるし、住んでいる家のローンもあるし、世話をするわたしの食費や光熱費がかかる。
いくら切り詰めたって、気軽なアルバイトじゃ収支が合わなくなる。
終身雇用が当たり前じゃなくなった今、仕事についての悩みは尽きない。
そもそも肉体労働である洋菓子屋なんて、50歳や60歳になってまで続けたくないというか、続けられる体力なんてなくなるに決まってる。
一度メンタルを壊していることもあるし、同じ強度の仕事を続けたらまたどこかで無理が生じることもあるかもしれない。
だからって今更デスクワークができるのかと言うと……簿記3級くらいしか資格のない実務未経験の30代なんて、持て余されるに決まってる。
わたしにもっと「継続は力なり」の精神とか自己表現欲とか自己顕示欲とかがあれば、本当に『うさぎ愛好家』を職業にできるのかもしれない。
うさぎの正しい飼育法についての啓発を行うとか、うさぎのイラストやマンガを描くとか、ハンドメイド作品を作るとか……。
うさぎを愛好しているということを形にすることは難しくない。
だけど、わたしはうさぎを好きでいるだけで満足してしまっているのだ。
うさぎの飼育法?
自分のうさぎたちが幸せなら十分。すべてのうさぎが幸せであるべきと考えると、自分の非力を責めてしまう。
うさぎのイラストやマンガ?
わたしの目を通して描くうさぎには、必ずわたしの偏見が混じってしまう。それをうさぎの真実だと捉えられるのにはわたしの嫌いな責任がつきまとう。
ハンドメイド作品?
うさぎの素晴らしさはうさぎ自身にしか表すことのできないもの。趣味程度にしかハンドメイドを嗜んでいないわたしが作る模造品など、何の価値もない。
うさぎを愛好しているということを形にするモチベーションがわかないのが問題だ。
だけど結局、会社員をしながら「うさぎ愛好家で食っていきたい」なんて戯言をこぼしている今がちょうどいいんだと思う。
何の責任も負わずにうさぎを愛し、うさぎを育むと同時にうさぎに育まれ、そうした一対一の――もしくは一方通行でもいいが、そんな風に気兼ねなくうさぎを愛好していくことが、わたしのしたいことだ。
仕事の悩みは尽きないけれど、今は今、未来は未来の自分に任せるしかない。どんな働き方を選んでも、うさぎを愛している限り、わたしはどうにか生きていくだろうから。
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