第8話 いや、音楽一家って聞いてないんだが
家に帰ってシャワーを浴びたあと、ベッドに倒れ込みながら天井を見つめる。
「……いや、びびったわ。ものすごく、びびったわ」
思わず声が出た。
なんであのタイミングで白鷺さんが来るんだよ。
よりによって、俺が一番“素”で作曲してるところを見られるとは。
「しかも音楽一家って何……?!そんな設定、原作にはなかったよな……?」
両手で顔を覆う。
いや、ラノベのモブキャラに転生してる時点で設定が変わってても文句は言えないんだけど。
でも音楽一家って聞いてない。聞いてたら、初対面からもっと警戒してただろ俺。
しかもだ。
白鷺さん、音楽の話になった途端、瞳の奥がふっと色を変えたように見えた。
あれは――本気で音を好きな人の目だ。
「……感想も、やたら的確だったし」
自然とつぶやいてしまう。
“浮かび上がる感じがする”
“呼吸してるみたい”
“ずっと聴いていたい”
その言葉、どこかで見た気がする。
「……あれ? 最近そんなコメントついてたような……」
SNSで曲を上げた時、似たような感想があった気がする。
頭をガシガシと掻く。
「これで作品の流れ変わらんよな……? 俺、メインルートに絡むつもりないんだけど……」
言いながらも、心の奥はどこか落ち着かない。
いや、気のせい……だといいな。
——翌朝
教室に入った瞬間。
白鷺さんと目が合った。
一瞬だけ、あのクールな表情がふわっと柔らぐ。
そして――軽く会釈。
「……お、おはようございます」
小さくて、でもちゃんと聞こえる声。
俺は思わず硬直した。
「おいおいおいおい……」
横から伊織が肘でつついてきた。
「なぁ逢人。お前……澪ちゃんと挨拶してんじゃん。なにこれ仲良し?」
「いや、違う.......」
「うわー照れてるー。おはようって言われて照れてるー」
「うるせぇ!」
教室でふたりしてわちゃわちゃしてると、
白鷺さんがまたチラッとこっちを見て、すぐに目をそらした。
なにその反応。こっちまで心臓が変に跳ねるんだが。
——昼食後
トイレに向かおうとして、ふと階段の方から微かな旋律が聞こえた。
別館の屋上へ続く階段の踊り場だ。
(……あれ、あのフレーズ)
自分が弾いていた曲だ。
そっと覗くと、湊が階段に腰を掛けてタブレットとノートを開き、
イヤホン片耳で曲を流しながら淡々と分析していた。
中学生とは思えない集中力だ。
気づかれないようにしようと思ったが――
「……久遠さん、そこにいるのバレてますよ」
目線も上げずに言われた。
「いや、なんで分かった?」
「階段に乗ってから三歩目の足音が、久遠さんの歩き方でした」
「お前、絶対普通じゃないだろ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
湊はさりげなく腰をずらし、隣を空ける。
誘われたような気がして、俺もその横に座った。
「前の曲、また聴いてたのか」
「はい。気になった箇所があって」
湊はノートを俺の前に差し出す。
びっしりコード進行とメモが書き込まれていた。
「この転調なんですけど……どうしても違和感があって。
ただ、悪いわけじゃないんです。ただ、意図が読み切れなくて」
クールな口調だが、音楽に対する熱量だけは隠し切れてない。
「なら……Bメロで伏線入れたほうが自然かもな。ほら、ここ減五度にしてさ――」
俺がノートを指でなぞると、湊の表情がわずかに変わった。
驚きと、納得。それから少しだけ、嬉しそうな気配。
「……なるほど。そう繋げるんですね」
「まぁ一例だけどな」
「いいえ。答えが見えました。ありがとうございます」
淡々とした言い方なのに、目だけが輝いている。
やっぱり、こいつ本当に音楽が好きなんだ。
「久遠さんって……やっぱりすごいです」
「いや、そこまでじゃない。ほんと趣味レベルだから」
「その“趣味”に救われる人間もいますよ」
さらっと言われて、こっちが照れそうになる。
湊はノートを閉じると、軽く息をついた。
「……久遠さん。近いうちに、僕の家に来ませんか」
「え?」
「曲づくり、じっくり話したいんです。機材も揃ってますし。土日なら、僕ひとりなので遠慮しなくていいです」
クールな声なのに、どこか期待が滲んでいた。
作曲の話ができる相手は貴重だし、湊とは話していて素直に楽しい。
「まぁ……予定空いてたら行くわ」
そう言うと、湊はふっと笑った。
派手じゃないけど、本気で嬉しそうな笑み。
「……ありがとうございます」
ただ一言。それだけなのに妙に印象に残る。
……が。
(……いや待てよ、よく考えたら)
俺は階段に座ったまま、ふと天井を見上げる。
(どこの誰かもよく分からん“中学生の家”に行くって、ちょっとイベント感あるよな……?)
でも、
(まあいっか! どうせ作品の流れには関係ないだろ!)
と自分で自分に言い聞かせた。
むしろ調子に乗って、心の中で堂々と言った。
(中学生の家に行ったくらいで、ストーリーに大きな影響とか起きるわけないわ!!)
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