第5話 詰め寄られる魔力0

 衝撃的な“黒剣による一刀両断”からしばらくして、実技試験はすべて終了した。


 受験生たちは解散の合図を受けて帰路につく――はずだったのだが。


「おい、アークライト」


 背後から、不機嫌さを隠さない声が響いた。

 ノアが振り返ると、そこには三人組の受験生が立ちはだかっていた。


 先頭の金髪の少年は、名家の紋章入りのマントを羽織っていて、見るからにプライドが高そうだ。


「……なんか用?」


「決まってんだろ。さっきの試験だよ。どうやったんだ?」


 金髪の少年は詰め寄るように一歩踏み出す。


「魔力ゼロだって噂の雑魚が……どうしてあんな攻撃できんだよ。ゴーレムを一撃とか、ありえねぇだろ」


 周囲の受験生も、こっそり距離を取りながら見守っている。

 好奇心だけでなく、警戒すら混ざっていた。


(……あー、やっぱこうなるか)


 ノアは内心でため息をついた。


「別に……普通にやっただけだよ」


「ふざけんな! あれのどこが普通だよ!」


 金髪少年がノアの胸ぐらを掴もうと手を伸ばす――が。


「……やめておけ、その手」


 凍りつくような声が割って入った。


 黒髪の少女――リア=エルファリアが、いつの間にか隣に立っていた。


 さっきまで試験官レベルの観察眼でノアを見ていた天才少女だ。


「ナ、ナニ見てんだよ、エルファリア!? これは俺らの問題で――」


「試験後の私闘は禁じられている。規則を忘れたのか?」


「ッ……!」


 金髪少年は悔しそうに歯ぎしりをするが、リアの肩書きと実力を思えば強く出られない。


 それでも彼は食い下がるようにノアを睨んだ。


「……いいか。学院に入ったら、絶対に正体を暴くからな。お前が何を隠してるのか、全部な」


 吐き捨てるように言って、三人組は去っていく。


 ノアは肩をすくめる。


(正体も何も、言ったところで信じてくれないと思うけどな……)


 その横で、リアがじっとノアを見上げていた。


 無表情。だけど瞳の奥は、明らかに“興味に満ちている”。


「……何か言いたいことでも?」


「あなたの攻撃……魔力の流れが“ほとんど存在しなかった”。

 物質創造とも違う。剣の質量は……収束の瞬間まで観測できなかった。

 ――あれは、本当に“魔法”なの?」


「ただの……小技だよ」


 ノアは笑って誤魔化そうとする。

 だがリアは一歩も引かない。


「嘘ね」


(……この子、めんどくさいな)


 リアの瞳がさらに鋭く光る。


「あなた……“収容系の魔術式”に似た何かを使ったわね?

 普通の人間に扱える技術じゃない。

 あなたは――一体何者?」


 核心にいきなり踏み込む。

 ノアは軽く目を細めた。


(収容……か。さすが天才、感覚だけでそこまで近づくか)


 だが、今ここで正体を明かすわけにはいかない。


「何者でもないよ。

 ただ、魔力がないくせに無茶する……ちょっと運のいい受験生ってだけ」


 リアはしばらく沈黙した。

 ノアの表情を細かく観察するように見つめ、やがて――


「……いいわ。今はそれで。我慢してあげる」


「“今は”って言ったよね?」


「校内に入れば、解析の機会はいくらでもあるから」


「やっぱりめんどくさい子だ……」


 ノアは頭を抱えた。


 リア=エルファリア。

 学院随一の天才。

 そして――“真相に触れてはいけないタイプの探究者”。


 こうして、危険な少女に興味を持たれてしまったノアは、入学前から早々に厄介事を抱えることとなるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る