第1話 仮入学生ノア、問題児クラスへ

 魔術学園アルス・マギア――世界最高峰の教育機関にして、魔術師の登竜門。

 入学の日、巨大な魔術塔の前には新入生たちの期待と緊張が渦巻いていた。


 ノア・アルカディアは、その列の最後尾に静かに立っていた。

 制服は規定通り、表情は平凡。だが、その存在感だけは異様に薄い。本人が意図して“目立たない”ようにしているのだ。


(魔力ゼロの新入生なんて、注目を浴びるだけだ……できれば一学期くらいは静かに過ごしたいんだけどな)


 そんな願いは、一分後に砕かれる。


「えー、それでは新入生のクラス分けを発表しまーす」


 壇上の職員が魔術演算機に触れると、大ホールの上空に光字が浮かんだ。

 次々と名前が表示されていき、学生たちが歓声や悲鳴を上げる。


 そして――


「一年F組、ノア・アルカディア」


 ざわっ。


 周囲の空気が一気に重くなる。


「F組って……」「あそこ問題児ばっかの隔離クラスじゃん」

「魔力ゼロなら仕方ないか」「まあ、早々に辞めるだろ」


 噂は最悪だった。

 F組は“魔術の才能はあるが素行に問題がある者”か“異常な能力を持つ危険な者”が押し込まれるクラス。

 試験官たちの困惑も、今こうして分類されて理由がわかった気がする。


(……まあ、普通のクラスに入れられるよりはいいか。目立たないで済む)


 ノアが内心でそう呟いた瞬間――


「おーい! 君がノアか!」


 ドン、と肩を叩かれた。

 振り向いた先には、真紅の髪を逆立てた少女が立っていた。燃えるような目をした美少女で、制服の袖には補強布が張り付けられている。なぜか拳に包帯を巻いている。


「私はアリシア・ブレイズ! 炎属性の天才! F組同士、よろしくな!」


「あ、ああ……よろしく」


(……すごいの来た)


 軽く挨拶を返したが、周りが警戒する理由がよく分かった。

 彼女の魔力は周囲の空気を揺らすほど強烈だ。間違いなく“天才”の部類。


「君!!」

 今度は別方向から声が飛ぶ。


 紫紺のローブをすり抜けるように近づいてきたのは、銀縁眼鏡をかけた青年だった。落ち着いた雰囲気だが、手には分厚い魔導書を抱えている。


「私はルーク・アーヴィング。解析魔術の研究者だ。F組に配属されたのも何かの縁だし、仲良くしてくれたまえ」


(……いや、絶対面倒ごとしか起こらないだろこのクラス)


 ノアは早くも頭痛を覚えた。


 * * *


 F組の教室は、学園塔の最上階――

 “封印魔術陣”が張り巡らされた隔離空間だった。


「すげー! ここ、魔力制御の制限がめちゃくちゃだ!」

「……落ち着けアリシア。興奮すると教室が燃える」

「燃やしたことないわよ! 昨日までは!」


(……昨日までは?)


 教室の騒ぎを横目に、ノアは誰より静かに席に座った。

 机の上に視線を落としながら、内心でSCPの表示を確認する。


〔異常収容領域〈SCP〉:安定稼働中〕

〔収容対象:0件〕


 収容した“衝撃波”は試験後すぐに返却したため、現在は空だ。

 ここで力を使うつもりもない。


 しかし、担任教師の登場で教室は一瞬にして静まり返った。


 ガラッ。


「静まれ。今日からF組の担任を務める――

 ユリウス=カーヴェンだ」


 冷徹な目をもつ長身の男。

 彼は教室を見渡し、わずかに眉をひそめた。


「今年も……問題児の巣窟か。まあいい。早速だが、初日から実技だ」


「えっ!?」「まだ自己紹介も……!」


 ざわつく生徒たちを無視し、ユリウスは教室中央に魔方陣を描いた。


「君たちF組は危険だ。ならば危険に慣れてもらう。

 ――“魔獣討伐の授業”を今から行う」


(初日から魔獣……? 殺す気か?)


 ノアがそう思った瞬間、魔方陣が爆発的に輝いた。


 召喚されたのは――


本来、学園一年では扱われないはずの“中級魔獣”だ。


 生徒たちが悲鳴を上げる中、魔獣が暴れ回り、封印陣を破ろうと暴動を起こす。


 ユリウスは腕を組んで言った。


「――さあ、生き残れ。ここはF組だろう?」


 ノアは頭を抱えた。


(冗談じゃない……!)


 だが次の瞬間、魔獣の爪が一直線に自分へ迫る。


 視界に淡い文字列が浮かぶ。


〔対象:魔術構成生命体

 構成式を検知……収容可能〕


(……初日からこれかよ!)


 ノアは叫んだ。


「一秒だけ……見逃してくれ!」


 右手が光る。


〔局所現象を収容開始――〕


 F組の危険な日常が、こうして幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る