第8話「自律型NPC」

 「スピードアクセルLV3!」誠のAGIが+30される。


 珍しく仲間内の時間が合わずに、一人で丘陵地帯のオーガ相手の狩りに出た誠は、現地に着くとまず力を込めて周囲に力場を作り、AGIを上げる「溜めスキル」を使った。


 回復は少量のポーションしかないので、クエストも抜きでのソロ狩りである。銀のナックルを拳に着けた赤い武闘服姿で、襲い来るオーガの棍棒の一撃を「見切り」でかわすと、その胴に左右の両拳を交互に入れて、足払いスキル「スネークカットLV1」でオーガをスタンさせて、片膝をつかせた。


 そして、オーガの顔面に再び両の拳を入れて、高威力スキルの「ガイアアッパーLV1」を顎に叩き込んで、これを打ち倒した。


「やはり、一人だと威力不足が否めないな…。いつの間にか味方の支援に頼りきりになっていたようだ。回避スキルを教えてくれた、エルミーナには感謝しておかないとな」


 そうしてもう2、3体のオーガを狩ると、白髪の薄汚れた白い服を着た少女が、驚くことに棒きれでオーガと戦っているのが目に入る。


「危ない!」


 とっさに長距離突進の蹴りスキル「スラッシュソバットLV1」をそのオーガに加えて、ノックバックさせてターゲットを取る。


 しかし、白い服の少女はお構いなしに、長いだけの棒きれで「スキル」を使う。


「トライスピアLV5…」


 ガス!ゴス!グシャ!


 その、突きの三段スキルで、オーガの顎を捉えると、これを仰向けに打ちのめして倒した。セル状になり、かき消えるオーガ。


 そして戦闘を終えた白髪で白服の少女は、真昼の丘の上で不思議そうに「援護、感謝。ところで、ここどこか分からない?」とあ然とした表情の誠に尋ねた。


 誠はこれには面食らった風で、こう提案する。


「自分の居る場所も分からないのか。それは困ったな。とりあえず、最寄の街まで送ろう」


「助かります…」


 白髪の少女は幼さの残る顔で、不愛想に礼を言った。誠はオーガ狩りを中断して、この謎の少女を首都ミラディまで護衛して送った。


                     ☆


 首都ミラディに戻った誠は、この少女の扱いに困った。少女は誠の武闘服の裾を掴んで「行き場がないの」と言って放さないのだ。放っておくのも躊躇われたので、とりあえず所属ギルドの「ロウライフ」の

 本部の洋館に連れて行くことにした。


 レンガ街の雑踏の中を抜けて「ロウライフ」の洋館の入り口をくぐり、ギルドメンバーの奇異の目を引きながらも、2Fにあるギルドマスターの部屋に入る。


 ギルドマスターのリティアは、前衛的なオブジェ集めが趣味でその部屋は、執務机と長椅子以外は、ほぼオブジェ置き場と化している。


 執務机についていた、黒髪ショートカットの女聖騎士リティアは、この「コンボマスター」の称号を得た武闘家と白髪に白い服の少女の組み合わせを見て「どういうことか」と尋ねた。誠が事情を話すと、リティアは少女に聞いた。


「行き場がない?ログアウトできないということか?それとも、何か他に都合でもあるのか?」


 すると、少女は悲し気にうつむいて冷めた声で言った。


「私は自律型NPCの「ミルラ」だからログアウト機能もないし、突然世界に放り出されて、どうしていいのか分からないの…」


 これに、リティアは思い当たる節があるようで、口に出してはこう言った。


「ふむ…自律型NPCの話は何度か聞いた事がある。運営が、何かのテストでワールドに送り込んでいるという噂だ。分かった。それなら、その少女の身柄は、うちのギルドで預かろう」


 …こうしてこの一件はギルド「ロウライフ」の預かるところとなるかに見えた。


                    ☆


 しかし次の日のログイン時に、誠は合流したPTごとリティアに呼ばれることとなった。ギルドマスター部屋に入る誠、レザリア、リフレ、エルミーナ。


 ギルドマスターのリティアが言うには、少女ミルラは助けてくれた誠の事を聞きたがり、その「PTリーダーの誠が武闘家として竜を倒す」という目的をもって冒険している事を知ると「私も一緒に戦う」と言って聞かず、最後には泣き出してしまったので、何とかして欲しいのだというのだ。


 誠のPTは涙ぐむミルラを連れて、今度はPTのプリースト、エルミーナのプライベートルームに場所を移した。この幼なさの抜けない白髪の少女に話を改めて聞くと、少女ミルラはこう言いだした。


「私のこの力でPTの役に立って、誠に恩を返したい」


 これを聞いた、この白を基調にした部屋の主にしてベテランプレイヤーのセカンドキャラであるプリースト、エルミーナは逆に問い返した。


「ログアウトは出来なくても、ステータスは出せるでしょう?少し拝見させてもらっていい?」


「……どうぞ」


 ミルラがステータスを開く。エルミーナの目には、LV「-」クラス「-」となっていて不明。スキル欄は、戦士と騎士のスキルでぎっしりと埋まっているのが目に入った。


「なにこれ…。スキルが戦士と騎士の混合で、しかもLV5だらけじゃない。とても珍しいわ。でも一つも+αがないのは、NPCだからでしょうか?とにかく、尋常じゃないスキル量です」


「装備次第で、前衛で戦えるってことですか?」


 青いとんがり帽子の魔法使い少女、リフレが聞くと、


「でもこんな小さな子を、前衛で使えないわよ。怪我したら可哀そうだし」


 と銀髪ポニーテイルの女時魔術師のレザリアが返す。


 少女ミルラはこれに対して「大丈夫、にわかな冒険者より役に立つから」とレザリアとリフレに言ったので、二人は「じゃあ、どのくらい出来るか、見せてもらえる?」と、モンスターでの腕試しを提案した。


 エルミーナの倉庫から、スピアとショートソード、革鎧と丸盾を借り受けて、ミルラは手早く倉庫の影で着替えると、この「モンスターでの腕試し」に挑む事になった。


 この成り行きに、誠は何か釈然としなかったが、PTを組むのなら必要な事だとも思ったので、いざというときは助ける構えでこれを見届ける事にした。


                    ☆


「まずはこの森ね。ここで通用しないと話にならないわ」


 真昼の南の森エリアで、レザリアが真顔でミルラに言う。ミルラも頷いて、近くのオークリーダーに「スキル」を使った攻撃を仕掛ける。


「トライスピアLV5!」


 ザクッ!ザクッ!ドスッ!


 ミルラの槍のスキルよる三連突きで、オークリーダーがあっさりと崩れ落ちて、セル状になりかき消える。


「支援なしの「素」での状態でこれならなかなかの腕ね」とレザリアは言い、次のエリアに向かった。


 次は、これも天候のいい丘陵地帯のオーガ相手である。


「私が止めますから、上手く仕留めて!「バインドLV1!」


 リフレの魔法でオーガが光の環で締め付けられて動けなくなる。ミルラは頷いて、戦士の上位のスキルを使う。


「クリティカル・フィニッシュLV5!」CH+100%の鋭い突き攻撃が、動けないオーガの胸板を貫く。


 クリティカルによる防御無視+2倍ダメージに、スキルのATK補正もあって、オーガはHPが0になり、セル状になり、かき消えた。


「…この威力のダメージが出せるなら、この子の支援なし、素での攻撃は誠並みともいえるでしょう」


 エルミーナが感嘆する。本人が言うだけの事はあると認めての事である。


 しかし、ミルラにそれほど誇らしさはなく、少し哀し気に告げる。


「そうかもしれない。でも、私はNPCだから、これ以上強くはならないの。誠が「竜と戦う」段になったとき、足手まといになるかもしれない。でも、せめてその間までは、私も一緒に戦わせて欲しい」


 ミルラは切実な表情で言い募る。これを聞いていたエルミーナは、直感的に悟った。


 -この子は捨てられるのが恐くて、そのために役に立ちたくて、仕方ないのだ-


 豊富なプレイヤー経験から「使えない」と言われて他のPTから外されるプレイヤー達を、沢山見てきていたから。


「分かりました。私はあなたを認めます。後は誠とリフレとレザリアですが、ここまで戦わせておいて、まさか異論はないでしょうね?ちょうど、誠の1トップでは、乱戦に弱いPTだと、薄々思っていた所ですし、身寄りのないこの子をギルド任せにするのも、少々気が引けます。ここは私の顔を立てて、PTに入れてあげて欲しいのです」


 これに対して、誠は心外だとでも思ったように、真面目な顔でこう言った。


「俺は、反対した覚えはない。NPCでも「自我」があるなら、それは俺たち人と、ほぼ何も変わらない。それに、彼女を能力だけで見るつもりも無い。このままでは、あまりに不憫だしな。問題があるかないかは、これからで見て決めさせてもらう」


 レザリアもリフレも頷く。二人とも、同感のようだ。


「でも、ログアウト時はどうするのよ?私達、ずっと張り付いているわけにはいかないわよ?」


「私のプライベートルームを好きに使ってもらうわ。さすがに倉庫の鍵は渡せないけど。放置して、問題になるよりはいいとおもいますよ?」


 レザリアの懸念に、エルミーナが助け船を出した。


「ありがとう、みんな…。そして、これからよろしく…」


 こうして、話はまとまって「自律型NPC」であり「PTの前衛役」となる白髪の少女「ミルラ」が新たにこのPTに加わる事となった。







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