三毛猫ミルの深夜相談室

ねこの真珠

第1話 帰る場所

 深夜、東向き商店街の端にひとつだけ灯る小さな明かり。

 木札には手書きで《三毛猫ミルの深夜相談室》と書いてある。

 夜風がひらり、札を揺らし、鈴の音をころんと転がした。


 戸を開けると、香ばしいミルクティーの匂いと、

 カウンターの上で丸くなる三毛猫が目を細めてこちらを見た。


 名札には 所長・ミル 。

 ミルはあくびで喉を鳴らし、しっぽをゆるり。


 「……相談を」

 男が小さく声を落として席に座ると、

 ミルは前足をぺし、とメモ帳にのせた。


 それが 「聞くにゃ。」 の合図だった。


「妻と喧嘩してしまって。些細なことです。

 用事を頼まれたのに、仕事が忙しくてすっかり忘れてて.....気づいたら険悪で、帰りづらいんです。」


 ミルはゆっくりカウンターから降り、

 男の肩にそっと前足を置いた。

 爪はしまったまま。毛のあたたかさだけが触れる。


 そして、尻尾をひと振りして小さく鳴いた。


「仕事も大事にゃ。でもにゃ、

 人間は帰る場所があるから歩けるのにゃ。」


 男ははっとし、しばらく黙り、

 やがて照れたように息を漏らした。


「……帰ります。ちゃんと謝りに。」


 ミルは満足げに喉をぐるると鳴らし、

 帰り際の男の前に、小さな魚型クッキーと一枚の紙切れを渡した。



〈不器用な人は愛がこぼれやすいにゃ。気をつけるのにゃ。〉




 外では夜風が細く吹き、

 商店街の明かりは一つ、また一つと眠っていく。


 ただ一つ、ミルの鈴だけが ちりん、ちりん と深夜に余韻を残した。

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