第10話 いい音でしょう?火力が違いますよ 5歳 冬

 サウナの日から2日後。

 僕と父ちゃんは、海岸で村長一行を出迎えていた。


 冬の空は気が滅入るような曇天でかろうじて降雪なし。

 海から吹く冷たい風が幼い身体にしみる。


「ううっ。寒い…もう西風炉の火をつけとこうよ」

「まあ待て。ほら、もう長船が見えているだろう?」


 フィヨルドの奥から村長一行が、大きな船でやってくるのが見える。

 スキーで来ればいいのに。歩きたくないんだろうか。

 帆をたたみ多数の櫂を漕ぐ男たちが調子を合わせる声も段々と近づいてきた。


「向かい風なのに、わざわざ長船ロングシップを出すんだね」

「妙だな…来るのは村長だけと聞いていたが」


 長船は喫水が浅い。

 荒波を割く舳先と沿岸襲撃を両立した船体デザインだから、重しバラストにしている石を除けると相当に浅い場所まで行けるように作られている。

 その長船が、やがて浜まで来ると、軽く浅瀬まで乗り上げた。

 どうするのかな、と見ていると櫂を漕いでいた男たちがバシャバシャと冷たい海水に降り立ち、村長ヤールたちを載せたままで綱をかけて陸に長船を引き上げる。


「うわあ冷たそう…それにすごい力だなあ…」


 これは言うことを聞く力の強い男たちを抱えているという権力のパフォーマンスなのかなあ?そんなもの見せなくても、こちらは全然譲る気なんだけど…。


 村長の長屋敷ロングハウスに僕は入ったことはないのだけれど、屋根に船を被せたようなデザインの長くて大きな長屋敷には、家族の他に戦士、郎党、奴隷に家畜まで同居しているらしい。家族以外の人と住むのは、僕はちょっと嫌だなあ。


 今、長船を漕いだ上に浜まで引き上げた人達も、そうした権力を支え戦力になる男達なんだろう。村の防衛や略奪行では活躍が期待されている人達だ。


 筋骨逞しい漕ぎ手の男達に支えられながら、偉い感じの人達が陸に引き上げられた長舟からよたよたと降りてくる。動きにくい服装をしているためか、舷側を跨ぐのに手間取って男達に助けられている。ちょっと格好悪い。


 このあたりの偉い人というのは視覚的にわかりやすくて、羊毛の帽子を被り髭と髪が立派に整えられていて、栄養たっぷりに太っていて、輸入された絹布のチュニックに太く豪華なバックルのついた剣帯ベルトをして、たっぷりしたズボンを履き、豪華な刺繍がされた長いマントやコートを肩のところで青銅製の輝くブローチで留め、金の腕輪や指輪、ペンダントなどの装飾具をたくさん身につけている人のことだ。

 鞣した毛皮を革のベルトで止めただけの漕ぎ手達とは、身分からして違うことを外見で主張しているわけだね。


村長ヤールのエイギルだ。此度は新しい製塩法とやらの視察に参った」

自由農民カルルのグリームルでございます。こちらにいますのが…」

「グリームルの子、トールステインです」


 村長ヤールが名乗ったので、父ちゃんと僕も名乗る。

 狭い村で互いの名前を知らないということなどないのだけど、視察の形式というやつなんだろう。

 偉い人は、偉そうに振る舞う必要があるので大変そうだ。


 それよりも気になるのは、村長にくっついて来た3人ほどの取り巻きだ。

 3人共が村長よりは劣るものの髭と服装と装飾品が立派で、それなりの有力者であることを身形が示している。

 1人は腕を怪我しているのか三角布で吊っていて、次の人はひときわ立派な髪と髭でほとんど目が隠れている。残りの1人は、ひょろりと背が高い。

 3人を仮に、腕つりおじさん、片目隠れてるおじさん、のっぼおじさんと心の中で命名しておく。

 腕を三角布で釣っている人は特にこちらを見る目つきが険しい。たぶんだけど、あの怪我は父ちゃんの仕業な気がする。気の所為だといいんだけど…。


「ここは風が冷たいですから、狭いですが家の方で蜂水酒でも…」

「いや。風向きが変わらないうちに炉が動くところを見たい」

「はあ…」


 腕吊りおじさんが、せっかちに口を挟んだ。

 なんとなく家で歓待する、という流れじゃないな。

 視察に来ただけにしては、ちょっと変な雰囲気だ。


「父ちゃん…どうする?」

「別に構わんだろう。とにかく火を着けてしまおう」


 予め用意しておいた火種から、改良型の西風路に火をつける。

 おりからの西風で、削った小枝がすぐに燃え上がった。

 ごうごう、という普通の焚き火とは異なる強い燃焼音が響くと、なんてことだ!オーディン、と小さなどよめきが上がった。


 予め汲み置きして凍結濃縮で濃度を上げておいた海水を、今日は石鍋でなく奮発して家から持ち出した鉄鍋で沸かす。

 今日はパイロット用のデモンストレーションなので、鉄鍋に入れた濃い海水の量は少なくしてある。予め炉には多めに燃料の小枝を詰めていたこともあって、強い火柱が鉄鍋を炙り続けると、すぐに海水から小さな泡が上がり始めた。


「炎が上がるのが早いな…」

「それに燃焼が強い。あの激しい音が聞こえるか」


 しゃがんで炉の入口に小枝をくべ続けていると、背後から覗き込んだ偉いおじさん達が驚きの声が頭上から聞こえてくる。


 そうそう。もっと驚いてもいいぞ。


「いい音でしょう?余裕の音だ。火力が違いますよ」


 と、鼻息荒く自慢したくなるのを我慢するのが大変だった。

 たぶん口の端がひくひくとしていたはず。

 変な子供だと思われただろうか。

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