第6話 スーパードクター
鈴奈が時計を見ると、もう10時半を過ぎていた。
そろそろ交代の人が来る頃だ。
鈴奈は大きく伸びをして、交代を待つことにした。さきほど連絡があり、少し遅れるとのことだった。
本来なら9時ごろ交代して帰る予定だった。
先ほどまで少し騒がしかった場所も、今はだいぶ静かになっていた。
夜勤の人はもう一人すでに居たが、他の先生の対応をしている。
鈴奈がパソコンに向かっていると、足音が近づいてきた。
「あ、七瀬先生!これお願いしたい!」
振り返ると、にこにこと笑う高梨先生が立っていた。
「高梨先生、今日は夜勤ですか?それにご機嫌ですね」
「そうなんだよ!今日はすごいものが見れたから!」
「すごいもの?」
鈴奈は半信半疑で高梨からの書類を受け取り、薬の準備を始めた。
「たまたま帰国してたんだって!スーパードクター!」
“スーパードクター?”漫画の話のようで、そんな先生いたっけ?鈴奈の心臓が少し早まる。
「オペがあってね!さっき終わったばかりだけど、もう本当にすごかった。あっという間に難しい手術をこなすんだ。澤村先生!」
“澤村?”鈴奈は思わず病院名と結びつける。
そのとき、向こうでざわざわとした人だかりに気づく。
『先生!先ほどの手術の話を聞きたいです!』
『時間も早くて感動しました!論文発表などはないんですか?』
人だかりの中、数人の先生が歩いていた。周囲の人々がその先生たちを囲むようにしている。中心の先生たちは食堂に向かっていた。
鈴奈は遠くから見つめ、通り過ぎる人々から目をそらせなかった。
“あれは矢代さん?双子がいるってさっき言ってたから。もしかしたら。”
「ね!すごい先生たちでしょ!」
高梨はまだ興奮気味に鈴奈に話しかける。
「オーラがすごいですね……」
鈴奈は横で薬の準備をしながら、高梨に頼まれた患者の薬を整えつつ、心の中で先ほど通ったスーパードクターの姿を想像した。
「今日はオペがあって、久しぶりに澤村先生が帰国したんだって。それで教授や他の先生も、この時間まで見学していたらしいよ。」
「澤村先生…ですか?」
「そうそう。他にも3人いたでしょ?北条先生はちょっと違うけど…難しいオペのときはもう1人チームの人が居て3人がチームで手術するんだ。澤村先生は基本海外にいて、たまに戻ってくるんだよ。」
鈴奈はぼんやりと頷きながら聞き、すごい人たちなんだな、と心の中で思った。
「澤村先生の同級生は3人居て、1人は今は内科にいるよ。」
「高梨先生はご存じなんですか?」
高梨はうんうんと頷く。
「知ってるよ。高野先生だよ。」
高野先生か。鈴奈は納得した。
内科でも高梨と張り合うくらいのイケメンだと莉愛が騒いでたのを思い出してクスリと笑った。
高梨の興奮はさらに増し、説明が続く。
外科医 院内で最も腕の立つ外科医。
澤村院長の次男で、アメリカと日本の病院を行き来している。背はすらりと高く、整った顔立ちだが表情は淡々としており、感情はあまり見せない。孤高のオーラを放ち、他人には心を開かない。一つの手術で見学者があふれ、論文を出せば教授陣を震撼させる実力者だが、本人は論文には関心がなく、現在は手をつけていない。
外科医 美しく傲慢で我儘な外科医。蓮太郎の幼馴染で同級生。白百合商事のご令嬢で、学生時代はモデルも経験。ヨーロッパなどのショーなどにも出演ていた。長い髪がふわりと舞うと周りの男性は思わず振り向いてしまうと言う
麻酔科医 矢代和馬の双子の兄で、蓮太郎の幼馴染。第護製薬の社長の長男で、弟は製薬会社勤務。颯馬は麻酔科医を選ぶ。華陽の我儘には幼少期から慣れている。
内科医 蓮太郎、華陽、颯馬、和馬と高校時代の同級生。手術後の経過観察を担当し、手術中は必ず見学。高梨と同じ内科医で、高梨より1学年上。内科では高梨と張り合うほどのイケメン(高梨の主観)だが、本人は気にしていない。
消化器外科 日本人形のような佇まいでクールな美人。蓮太郎たちよりひとつ歳下で北条グループのご令嬢。大学時代に授業で顔を合わせる程度で幼馴染ではないが、蓮太郎を特に意識している。父親が澤村病院の理事長と学生時代の友人。
鈴奈は、苦笑いを浮かべつつ高梨に頼まれていた薬を手渡した。
「高梨先生、詳しすぎじゃないですか?」
「有名なんだよ。この話。だから大体の人は知ってるよ。七瀬先生、初めて?」
鈴奈は書類にサインをしながら答えた。
「こちらに来てからは、たぶん…初めてです」と、鈴奈は少し思い返しながら答えた。
「じゃあ知らないのも納得。きっとまた会えるよ。今日はラッキーだったね」
高梨はにこっと笑い、クスリを持って行った。それと入れ替わるように夜勤の人が到着し、鈴奈は軽く視線を送った。
「七瀬先生、ごめんね。遅くなって」
「大丈夫です。お疲れ様です」
鈴奈は申し送り事項を確認し、周囲の落ち着いた職場の雰囲気を一瞥してから、静かに職場を後にした。
澤村病院の澤村先生か。
今後はちゃんと顔を見られるといいな、と鈴奈は心の中でそっと期待を膨らませながら家路についた。
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